プロレスを■した者たちへ(改訂版)
あなたは忘れるはずもない。『獅子』プロレスリングの無観客王座戦。『獅子』王者・益荒男の死という結末を。突然に訃報に泣き崩れる、友人の姿を。
あなたは忘れるはずもない。「先日のリング禍は演出である」と説明する役員達を押し退け、マスクマンのケビイシが会見の場に現れた事を。その場でマスクを脱ぎ、素顔を晒し記者団と向き合うケビイシの姿を。
「俺は益荒男さん達を殺した犯人を、絶対見つけます」
あなたは忘れるはずもない。彼の正体を知る者は、この世界にあなただけだ。
興行、当日。セミファイナル。
ケビイシの対戦相手サム・ルィーが、持ち出した刀でレフェリーを斬り捨てた。反則行為!ゴングが鳴るも、ルィーは構わずケビイシに斬りかかる!
だがケビイシはその場で跳び上がった!振り下ろされる刀より更なる高みから、頭を両脚で蹴り抜いたのだ!友人に見せられた映像が脳裏に浮かぶ。これはあの益荒男が得意とした、落雷ドロップキック!会場大歓声!
「死んだ王者の技を」
興奮の余り友人が涙した。ケビイシに出来ない事は無い、と語る友人の言葉に嘘偽りは無いようだ。
勝利したケビイシがマイクを取る。負けると腹を切るルィーの人気パフォーマンスも、今夜ばかりは注目されない。
あなたは会場にいる。だからあなたは知るはずもない。あなたの自宅にチャンピオンベルトが届けられた事を。ケビイシは一言だけ、告げた。
「犯人!お前の盗んだベルト、絶対取り返してやるからな!」
決意の口上だ。万雷の拍手と歓声が、全ての音を掻き消した。
心から圧倒されている。初体験のプロレスに。肉体と激情が織り成す臨場感に。高揚、そして胸騒ぎに。この興奮の波は治まらぬ。だが時はメインイベントの開始を告げる。
今夜は『獅子』対『怪傑』の王者対決の予定だった。だが『獅子』はもういない。証明が消える。豪雨をサンプリングした入場曲が鳴る。
『疾鷹』王者、ウィルオ・ウィスプ。代役の王者が姿を現した。
【続く】