スノウメイカー
やりすぎたか。
護衛の依頼を受けての入国。凍死体から衣服を奪う追い剥ぎに襲われ、
咄嗟とはいえ、腹を強く叩きすぎた。男は一向に目覚める気配がない。
「すまんな。地元民に怪我を」
「構いません。ここの住人は丈夫ですので」
言葉は丁寧だが、案内役の女の視線は冷たい。
目を逸らすように空を見上げる。
空を埋め尽くす黄金色の雲。天より降り注ぐ紙幣が顔にかかる。
「ようこそ黄金の国へ。Mr.ギル」
「この目でこの景色を見るのは初めてだ」
降っても降っても、カネの雪は降り止まぬ。
ある一人の男が作った超自然の雲は、止む事の無い紙幣の恵みを世界に齎し、紙屑の重みで街と経済を押し潰した。
「早速御案内します。スノウメイカーの元へ」
女が送迎用のリムジンに乗り込みエンジンを噴かす。
この国でこれほどのマシンを所有し、乗りこなしているのか。
「ガイコク車か」
「ええ。新マネーの持ち合わせがありまして」
後部座席に乗り合わせると、女は荒っぽくアクセルを踏んで走り出した。
カネに足を取られる事もなくリムジンは進む。
斜め後ろから目に映る女の表情は凛々しく、噂どおりの美貌。
「あんたがあの、スノウメイカーの秘書か?」
「秘書。愛人。相棒。情婦。お好きにお呼びください」
「今日は世界の有名人に二人も会えるのか。最高だ」
窓の外から住人の姿が見える。
島全域が火気厳禁。地平の果てまで"カネ捨て場"。
彼らは寒さを凌ぐべくカネに潜って生活し、埋もれた家屋を見つけ出して住処とする。
彼らは新マネーを持たないので一般的な売買の権利すらない。
痩せ細った身体を支えるものは、己は大金持ちであるという誇りだけだ。
世界はこんな、好きなだけ拾えるカネに価値など認めないのに。
だがそれを哀れとは思わない。
「スノウメイカーに伝えな。契約は、このカネ全てと引き換えだと」
俺は秘書に対してハッキリと宣言した。秘書の冷たい瞳が微かに動いた。
「こんな端金で交渉成立とは、なんと欲の無い」
【続く】