Da Slockit Light / 題名のない愛の唄
初めて入った居酒屋で日本酒を幾分か飲んでいたときである。この店では昭和っぽい歌がBGMで流れていた。有線放送だったようだ。さだまさしの歌が聞こえてきた。聞き馴染みのある声で、メロディも聞いたことがあるけれど、はて。
私はさだまさしのファンであるけれど、ここしばらくは新しいアルバムも追いかけていないので、最近の曲はテレビで聞いたものをあやふやに知っているくらいである。昔は日々聞いていた。コンサートで歌のど迫力に衝撃を受け、また、繊細なギターのフレーズにしびれ、その影響でギターを弾いてみたいと思ったのだ。今でもギターを持てば無意識にさだまさしを弾き出すと言っても過言ではない。
なぜその店に入ってみようかと思ったのか。お店の名前は「ぼーすん」という。名前が気になった。ボースンというのは船の用語で、「甲板長」のことを差す。甲板長とは何か、というのを正確に説明できるわけではないが、船の中で、道路工事の現場監督みたいな人、という雰囲気はそんなに外れていないと思う。甲板作業を行う部員たちの尻を叩いて指示する人だ。学生時代、観測船に乗ったことが少しだけあって、そのときにボースン、チョッサ、とかそういう単語を聞いた。私は船に乗るとすぐゲロゲロになるし、そもそもゆらゆら揺れることに恐怖心を抱いてしまうので、船乗りになろうと思ったことはないが、そういう単語にはちょっと反応をしてしまうのだ。
さて、なんの曲だったけ。あの曲に似ているけど、まさかね。酔いがまわっているのかなあ。あ、間奏になっちゃった。うーん。あ、あれ、やっぱりあれだよね。これ歌ってたの?歌詞つけたの?なんで?どうして? Da Slockit Light だよね。知らなかったよ。
慌てて 「さだまさし」「Da Slockit Light」で検索するが、あまり情報が出てこない。どうやら松崎しげるが歌っているらしい、という更に混迷を深める情報が出てくる。彼に提供したのだろうか。タイトルは「題名のない愛の唄」というらしいことはわかるが、実に情報がない。さださんのことだから、アルバムのライナーノートに多少の経緯は書いてあるだろうし、これは持っておかないといけないので、収録アルバムをとりあえずポチる。
「Da Slockit Light」については、城田じゅんじ氏がブログで書いている。シェトランドのフィドル奏者の作った曲で、無粋にごくかいつまんで言えば、静寂の増す故郷の風景に亡くなった妻の思い出を重ね合わせて作られた曲である。これがなぜか Shetland air (air はここではゆったりとした旋律の曲を指す言葉)としても知られている。城田さんは、「最近、クラシック畑の人が“シェトランド・エアー”と名付けてこの曲を演奏していたりする」「出どころを知らないらしい」と嘆いている。
さて、さださんのアルバムのライナーノートを読んでみたのだが、そこには、城田じゅんじ氏の説明と同じことが、編曲を担当した人のネット検索でわかったこととして、記されていた。一方で、作曲者は明記されずに「Traditional」と記されていることや、松崎しげるバージョンは「Shetland air」の副題がついていたりすることから考えるに、歌詞を書いた当初はシェトランドの民謡として認識していたのだろう。それが、自分のアルバムにセルフカバーとして収録する際に編曲担当のピアニスト倉田さんが調べたところで、どうやら Tom Anderson 氏の作になる「Da Slockit Light」という曲らしい、と認識された様子である。ただ、確信は持てなかったようで、慎重な書きぶりになっている。あるいは、著作権上の何かはあるのかもしれない。
さて、問題は歌詞である。ライナーノートでも触れられているし、仲間内でも同じ話が出たのだが、まるで曲の経緯を知っているかのような歌詞である。ここは、全て知っていてそういう歌詞を書いたのだ、と推察することもできるだろうが、そういう嘘を言ってもあまり意味はないだろう。曲の力がさださんにあの歌詞を書かせたのだ、と私は思う。
また、多くのさだファンもすぐにピンと来ただろうが、「流星雨」という歌の歌詞とそっくりである。出だしが、内容が、同じである。この歌詞だと、私はどうしても先に聞いた「流星雨」の方が頭から離れないし、そちらの歌詞のほうが好きで、特に、「あなたのためだけに私は生きた」という歌詞は強すぎると感じてしまう。ただ、これもライナーノートで書かれているが、どうしてもこの歌詞は動かせなかったらしい。その気持ちはわかるような気がする。出だしの「いつかあなたに会えたら」というところと、Bメロの出だしの「振り返れば人は誰も花のよう」は、おもわず口ずさんでしまうよさがある。歌詞も、故郷の港の風景を眺めながら若い日を思い返す人の、例えば物語の架空の登場人物の歌の歌詞として違和感は感じない。
さださんの歌には、いつかあなたに会えたら、という内容の歌詞が多い。大事な人と別れる際に、あるいは、何か辛いときに、またいつかあなたと会うときには、という思いを希望にしている様子がある。もう発売されて10年くらい経つ歌のようなのだが、私の中でも思っても見なかった人が、不意に海辺の居酒屋に現れたような気がしてならず、こんなことがあるのか、と未だ夢うつつのような気がしているところである。それにしても、なぜ Da Slockit Light を使ったのだろうか。そこはまだ知らない。