内藤礼展、(偉くなっちまったガールへ)
礼ちゃん、礼ちゃん、 新作展やるって聞いたからきたけど、なん
でこんな石の建物でやるの ここ、博物館だよ、昔のものを保管し
てくれている場所だけど、なんでここ、 ここは以前、長谷川等伯
展があったときに来たことあるけど 日本とか、帝国とか、伝統と
かそういうものが好きそうな場所なんだよ 礼ちゃんみたいにガー
リーなアートはここには似合わないと思うなあ 佐賀町で時間制限
のあるなかで一人ずつしか入ることのできない部屋ではきみは 自
分の感受性の地図を広げていて そこでは繊細が繊細のままで照れ
ることなくじっとしていて 忘我は忘我のままで我を忘れたままで
困る様子もなくじっとしていたよね きみがそんなに自分をそのま
ま見せるから いいいのかな、女の子の部屋の中に今から行くから
とも予告せずにいきなり闖入してきたみたいで いや、まぢ、こっ
ちが困惑だからってば ガーゼを垂らした薄物のテントのような中
にこじんまりとした手作業の制作物たちが肩寄せ合っているのを見
たのはあれ、いつだっけ、1991年だってさ、33年前かあ 地上に
あるひとつの場所ってそれ、きみのことなんだよな 別にこの作品
のことじゃないんだよな勇気の代わりの率直さで作品を作っている
かけがえのないきみが 礼ちゃん、これ、なに なんか吊るしてあ
るけど え、なにしてんの 世界史の教科書の折り畳み年表みたい
なものを作ろうとしているの 時間軸を導入すればこれまでに喪わ
れてきたものたちとこれから喪われていくものたちを俯瞰できるか
らそれを全体として産出する自然としての母というもので括ろうと
しているということなの、 そうなの、礼ちゃん、これ、どーゆー
こと やー、久しぶりじゃんって会いにきたらさ、校長室みたいな
黒いソファのある応接室に通されて、どうぞご遠慮なくおくつろぎ
くださいなんて、敬語でねぎらわれているみたいな気持ちなんだけ
ど どーすればいいの、おれは そりゃたしかにいつまでもガール
ではいられないさ でもさ、おもかげぐらい残しておいてもいいっ
ていうか残ってるものだろ、捨てなければ あんまりの出来事で訳
がわからないのでとにかく一回出て、おれたちさ、読んだよ展示物
の説明書を 鈴とか枝とか書いてある説明書を で、あれがこれで
これがこれで なーるほど、そーなってんのかっていいながら照合
してんだよ、照合 そんなことしたくてここに来たんじゃないんだ
よ おれは礼ちゃんに会いたかったんだよ ガール、いったいなん
でこんなことになっちまったんだよっておれは言いたかったよ い
や、むしろ、おれは泣きたかったよ笑 礼ちゃん、おれの知ってい
る礼ちゃんはいなくなったんだよ もう展示物の猪骨の横に ガー
ルっていうのを展示してほしかったよ きみはいなくなったんだな、
礼ちゃん、 きっと偉くなったんだろ 貧乏で売れないままでいる
よりそのほうがいいけどな いいけどさ、おれは悲しいんだよ 友
人がひとりこの地上から消えたんだよ おれはおれのガールに呼び
かけるよ また、生まれておいで 生きておいで ガールとして
ガールのままで ガールから成長できないガールのままで ね、
ガール
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