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ユカが誘いに乗ってくれたのは意外だった。初めて同じクラスになったのはちょうど一年くらい前、三年生になって進学クラスに入った時だ。市内から帰る方向は同じだったけれど、彼女が住んでいたのは鳴海ニュータウンよりさらに先、僕が言うのもなんだけどまあかなりの田舎だ。
鳴海ニュータウンは国道からそれて迂回する形になる。だから鳴海ニュータウンを通るバスはそのほとんどが、団地の中のバス車庫が終点となる。ユカは烏帽子岳行きのバスに乗るし、そもそも部活もやっていなかったから、帰りのバスが一緒になることは無かった。
地方の進学校らしく、ほとんどの生徒は高三の六月には部活を引退する。夕方の補修を終えた後、ダラダラとのんびり帰るとちょうど、鳴海ニュータウン経由烏帽子岳行きのバスが来る。そういうわけで、ユカと僕はたまに同じバスで帰ることになった。

彼女はかわいくて学年の中ではちょっとした有名人だった。でも気軽に話しかけるとトコトン素っ気ない反応が返ってくるから、仲良くしている男子はごく一部だけ。いつも仲のいい女の子と三人で過ごしていた彼女と仲良くなれたのは、僕にとっては身に余る僥倖だ。
話してみると実におかしな面白い女の子で、僕はいつも翻弄されっぱなしだった。たまたま僕の卑屈な笑いのセンスが彼女にヒットしたみたいで、学校で隣の席に座って大きな声で彼女と冗談を言い合う時間は、ちょっとした優越感をくれたりもした。

部活を引退してからの半年あまりは飛ぶように過ぎて行って、言われるがまま受験勉強をするうちに夏は過ぎて、秋はあったんだかなかったんだか知らぬ間に終わっていて、緊張とあわただしさのうちに冬もどこかへいってしまった。そして三月の初め、また春の訪れを告げる風が吹き始めた頃、僕は鳴海ニュータウンで過ごす最後の春休みを過ごしていた。一応、多分、希望通りの大学に合格して、僕は四月から福岡で一人暮らしをする。
卒業式の後のクラス会で聴いたら、ユカは今年浪人することを決めたらしかった。そこは配慮しろよと今になると思うけれど、僕は落ち着かない春休みにここが最後のチャンスとばかりに、ユカを鳴海ニュータウンに誘ってみることにした。
「暇なら遊びにでも来る?なんもないけど」
冗談めかして送ったメッセージに「いいよ、いついく?」と返事が来たときは内心飛び上がりそうな気持ちだったし、実際に部屋のベッドの上でちょっと飛び跳ねたかもしれない。

約束の日、僕は鳴海ニュータウンのバス停でユカを待った。手持ちの服で一番おしゃれな服を着て、もし同級生の誰かに見られたら恥ずかしい、なんて言い訳しようと思っていたところにバスは到着し、ユカが降りてきた。彼女はいつもの冷たい顔をしていたけれど、僕を見るとすぐに明るい笑顔を浮かべた。
「よう。」
「ヨッ。何か面白いこと期待してるよ!」
軽やかに言うユカに僕は苦笑いするしか無かった。
僕たちは並んで歩き出し、町の中心にあるスーパーグラシアスでお昼ご飯とおやつを買って、僕の家へ向かった。道中、ユカは自分の生活や最近の出来事について話し続けた。いつにも増して話の内容は次々と変わり、ついていくのに精一杯で、家につく頃には緊張もあって喉はカラカラだ。
「そういえばさ、この前、駅前で知らんおっさんに話しかけられてね。そのまま一緒にカフェでお茶したんだけど、めちゃおもろかったよ。」
「え、大丈夫それ?」
「どうやろね?めっちゃ連絡先聞かれたけど教えんかったけん大丈夫やろ。」
彼女は時々そんな風に、どこか投げやりな言動をすることがある。彼女のそんな態度は、気軽に話しかけてくる知らない男に向ける敵意と、何か同じスイッチのような気もする。

家に着くと、リビングのテーブルで食事をしながら再び話に花を咲かせた。平日の昼間、両親も兄弟も家にいなくてユカと二人という状況に僕は緊張でいっぱいだったけれど、ユカはそんなことを気にする様子も無く、大学の話や僕の新しい大学生活、予備校ダルいとか、そんなことについて語り合い、時間はあっという間に過ぎていった。

おしゃれさのカケラも無い自分の部屋にユカを呼ぶ勇気が無くて、僕たちは町を散策することにした。
「ほんとになんもないなあ。」
「田舎の人に言われたくないけどね。」
そんな軽口をたたきあって、街を歩く。ユカと二人で歩いているのを中学の同級生たちに見られたいような、でも恥ずかしいような、不思議な気持ちだ。
「ねえ、小学校見たい。」
ユカに言われるがまま、ニュータウンの入口にある小学校へ連れて行った。コンクリートの四角い校舎。一時期随分生徒数が減っていたけど、最近はまた増えてきていると両親が言っていた。桜の花が咲いて、校庭では小学生がサッカーをしている。
「いいなあ、福岡。」
ユカが言った。
「来年来るやろ?」
「さあね、いかんかもよ。」
「え、来てよ。」
僕は勇気を出して言った。
その言葉に、ユカは少し安心したようだった。ちょうどいいから、そのままニュータウンを出て、国道沿いのバス停まで送っていくことにした。しばらくの間、無言で歩く。トラックが走る国道の信号はなかなか変わらなくて、ビュンビュン走るトラックに、僕の勇気はすっかりかき消されてしまいそうだ。
「どうせすぐ彼女とか作るやろ。」
ユカが言った。トラックの音にかき消されそうな小さな声で。
「いや、作らんよ。」
信号が変わって、春風がひとつ吹いた。僕の曖昧な勇気がユカに伝わったかはわからないけど、バスが来るまでの間ユカはまた楽しそうにあれこれしゃべって、じゃあまたね、と僕たちはいつもみたいにさよならをした。

〈了〉


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