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秘密の場所

梅雨入り前の朝、町は静かな目覚めを迎えていた。空にはまだ薄い雲がかかり、東の空がわずかに明るくなる頃、僕は窓を開けて外の空気を吸い込んだ。爽やかな風が頬を撫で、遠くから鳥のさえずりが聞こえてくる。

鳴海ニュータウンは、1970年代に造成された計画都市だ。海に突き出た小さな山塊を切り開いて作られたこの住宅地は、田舎的な暮らしと都会的な暮らしが交錯する独特の雰囲気を持っている。住民の数は減少し、僕が小さかった頃に比べるとずいぶん静かになっているが、それでも町は息づいている。

今朝も、通りにはほとんど人影がない。僕はいつものように、朝の散歩に出かけることにした。鳴海ニュータウンの北の端、海の見える公園が目的地だ。雑草が伸び放題のこの公園の奥には、かつて子供たちの秘密基地だった場所があるけれど、今はもう、誰も使っていないみたいだ。

公園を離れて、眺めのいい坂を登って、静かな海を眺めた。東側には鳴海川の入り江が広がり、西側には山なみが続いている。この風景は、僕が子供の頃から何も変わっていない。

ガシガシ歩いていると、懐かしい顔を思い出すことがある。幼馴染の二人だ。明るく元気な体育会系の少年、内気だが鋭い観察眼を持つ友人。僕たちはよく公園で遊び、秘密基地を作ったり、お手製の釣竿で釣りをしたりして過ごした。

変わっていくんだな、と僕は心の中でつぶやいた。大切だった思い出。時間の流れと共に変わっていく町の姿に、少し寂しさを感じる。

坂を上りきって、今度は団地の中央にあるスーパーグラシアスに向かった。かつては賑わっていたこのスーパーも、国道沿いにできた大きなスーパーに押されて、今では訪れる人も少なくなっている。スーパーの前に差し掛かると、小学生の二人組が目に入った。

二人はSwitchを手に持ち、楽しそうに画面を見つめている。ふと耳を傾けると、「秘密基地作ろうぜ」という声が聞こえた。僕は自販機の前で立ち止まり、彼らの様子にしばらく耳を傾けた。

彼らは画面の中でキャラクターを操作し、バーチャルな世界で秘密基地を作っていた。その光景を見ていると、不思議な気持ちになった。僕たちがかつて実際に作った秘密基地と、彼らがゲームの中で作る秘密基地。その違いに驚きながらも、どこか嬉しいような、おかしいような感覚が湧き上がってきた。

浮かんでくる笑みを、なんとかおさえた。昔と今、形は違えど、子供たちの遊び心は変わらないのかもしれない。その事実に心が温かくなった。

僕はそのままスーパーを通り過ぎ、再び公園へ向かった。雑草だらけの公園に戻ると、今度はベンチに座り、静かに目を閉じた。雑草が脛をくすぐる。風が吹き、あちこちからまた、鳥のさえずりが聞こえる。町が起きる。木々も海も、ようやく目を覚ましたようだ。

この町も、そして僕も、少しずつ変わり続ける。だけど変わらないものもある。思い出と共に息づくこの場所が、これからも静かに見守り続けてくれることを願いながら、僕は朝の散歩を終えた。

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