英語字幕で楽しむおうち映画レビュー5「ナショナルシアター:フランケンシュタイン (National Theatre at home: Frankenstein)」
今回は、映画ではなくて、舞台の映像配信レビュー。
イギリス・ロンドンのナショナルシアターが、stayhomeのための企画で、過去の舞台を一週間ずつ配信しています。(ロゴがなんとも粋!)
今週は「フランケンシュタイン」しかも、主役がベネディクト・カンバーバッチ版と、ジョニー・リー・ミラー版の2パターンあるんです!なんてにくい。
まずはカンバーバッチが「Creature」を演じるバージョンを見ました。
当然のことながら日本語字幕はなく、英語字幕だけなので、万が一わからなくても、巻き戻して日本語確認できない、という一抹の不安はありましたが、前半、セリフ少なっ!
フランケンシュタインに製造された「Creature」(怪物)が、立つところもできない状態から、歩き、食べ、人と出会い、言葉を覚えるまでが、前半じっくりじっくり表現されます。もちろんそれは身体表現と声。前半はまるで演劇じゃなくモダンダンスのような世界。この表現の幅というか、境界線なく役者が身体表現をここまでできるというところに、とにかく圧倒。
そして舞台ならではのアナログな装置。円形舞台に雨も降らせば草も生やす、火も起こす、という擬似世界をステージ上に生み出してしまうところもまた、なんともいえない舞台の醍醐味。美しい照明も回転のしかけも、客席の目の前で演じられる花道(ん?外国ではなんと呼ぶんだろう)も、何もかも、「ああこれが舞台だ!」と懐かしく観ました。本当に総合芸術。
この世界のトップレベルの総合芸術がYoutubeで見れるなんて。
フランケンシュタインって、読んだことなくてイメージでしか知らなかったのですが、「Creature(怪物)」の苦悩にしっかりと焦点を当てていて、それが普遍的というか、現代にも通じるというか(それは原作がそうなのか演出なのかわからないけど)、とにかく、いちいち突き刺さる。
なんで彼が人を殺すのか。命ということを知らない創造物が、殺すという本当の意味なんてわかってないこと、命という概念を知るために何よりも知らなくてはいけない「愛」をものすごく知りたがっているんだ、ということ。それは、現代の様々なひずみを当てはめて考えてしまうような設定でした。
そして、ヨーロッバやアメリカの作品っていつも思うのですが、「Who I am」を問う作品が本当に多い。この作品もまた、自分が何者なのかということを常に問いかける作品でした。そこをテーマに育つか、集団に馴染むことを重視して育つかは、価値観ものすごく違うよなあ・・・。
英語学習的には、恐れていた舞台のあらすじがわからないなんてことはなく、部分部分で追いつかないことはあるのだけれど、圧倒的な舞台としての情報量を借りて思いっきり楽しむことができました。
復習で主役交代バージョンを観ようと思います。役交代ってマニアックな楽しみ方ができるのも幸せ。
一週間限定なので、イギリス時間で7日くらいまでだったと思います。
決してハッピーな結末じゃないけど、「観てよかった」という満足度は確実。
満足は物質的にドネーションに結び付けないと胸に溜まったものを処理しきれないので、peypalでドネーションしました。