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銀の庭
意識が途切れてからどれくらいの時間が経ったのだろう。自分の身体の感覚はなく、ただ視点だけで俺は世界を俯瞰していた。俺がいなくたって世界は変わらず息をして、人は営み、太陽は昇るのだ。その空虚さを感じることもないというのは幸福なのかそうでないのか。俺はただ揺蕩うエーテルの塊でしかなかった。
涼しげな音、蓋し耳がないので己が魂を貫いた、波長。その瞬間、灰色の世界に目も眩むばかりの白が舞い散った。背中から衝き上げる衝撃が指先や爪先に満ち、長い耳の先端へと抜けていく。
――視線が合った。
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花に囲まれた庭にピアノだけが置かれていた。楽園にも監獄にも見えるその箱庭には、俺と同じ顔をした青年が佇んでいた。意味を成さない旋律を奏でていた指は今や動きを止め、硝子越しの薄青い瞳は見開かれている。
「やあ、おはよう」
咄嗟に口から出た言葉がこの状況に相応しいかは定かではないにしろ、彼が唇を開こうとしている様子を見ると意思疎通は可能なのだろう。彼は暫し唇を戦慄かせた後、双眸から露玉を零した。
「ニアさん」
その名に於いて己の魂は完全に形を得る。白い髪と長い耳、薄青の瞳、目の前の彼と何もかもが同じ、何故か純白の翼を持ったもの。狭間の世界に降り立った、白い死神。
「やっと迎えにきてくれた」
彼が唇の端を引き上げた。伸ばされた指が頬に触れた。切れるように冷たく、それでも確実な熱をもって俺の髪を撫でていく。
「ずっとここにいてくれますか?」
生でも死でもない、この世界で。
ただ貴方と存在していたい、そんな切なる願い。
俺は。
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――何ですか。悪いですか。
耳慣れた声に意識が引き戻されていく。なにか温かなものが髪の間をすり抜けてはまた戻りを繰り返す感触を覚える。
そのまま仰向けになり、ゆっくり瞼を上げた。青い、青い空。目に突き刺さる日差し。次にそれは遮られ、俺と同じ顔が呆れたような、安堵したようななんとも言えない表情をしていた。
「おはようございます」
それがなんだか可笑しくて、俺はつい頬を緩めていた。そうすると彼――ノアくんは怒るということを俺は知っている。
「やあ、おはよう」
案の定ノアくんは眉根を寄せて。
「おはようじゃないですよ。ニアさんが4限中ずっと寝てたせいでもうお昼ですよ」
「なんだ、起こしてくれても良かったのに」
「起こしましたよ。起きなかったじゃないですか」
現実でも夢でもない、この世界で。
「もう少しだけ、こうしててくれない?」