あなたの感性、いただけませんか ~フィクション・ストーリー~ 2
一、小学校時代
「吉野さんは、うちの学校には入学せず、松木(まつのき)の薮女(やぶめ)小学校に入学するそうですね。」
小学校入学前にある、体験入学なる行事に参加した日、その学校長から掛けられた言葉である。私は困惑した。聞いてなかったのだ。後で聞くと、私はどうやら今の地から松木というところへ引っ越しをする予定らしく、小学校はその引っ越し先が校区に入る学校へ入学するらしい。いわば私は、当時六歳にも満たぬ年齢にして、一種の転校生になったのである。忘れもしない、あの日私は確かに、他の子どもたちと一緒に植木にチューリップの球根を植えた。育つのを楽しみに植えていたのに、あの日私が植えた植木は一体どこへ行ったのか。残念で仕方がない。
引っ越しを終え、私も無事に薮女小に入学した。入学当時の私は、人見知りこそするが、それを度外視しても我ながらとても社交的であったと思う。むしろ、人見知りの度合いは今よりこの時の方が少なかったのではなかろうか。少なくとも、人とふれあう積極性の面で言えば、断然この時の方が何倍も可愛げがあっただろう。友達を作りたいと自ら積極的に話しかけ、同級生達に名前を聞きに行っていた。こんな立派な勇気、いつ私の中から消え去ったのだろう。今では到底あり得ない。
そんな愛嬌のおかげか、小学校入学からの滑り出しは素晴らしく順調だった。おにごっこやハンカチ落としなどのゲーム性のある遊びはこの時から好みでなく、レクリエーションも嫌いだったが、そんなに苦にはならなかった。先生の言う事にも忠実で、クラスに対して次に先生がどう注意してくるのかを的確に予想し、行動に移した。それでも周囲の児童は変わらないため、いつも通り注意が飛ぶ。そんな時は、自分の事と捉えて、更に指示に忠実に従おうと努力する。そう、私のその特性はこの時からのものだ。だが、誰も私のその努力に気付く大人は現れない。だから私は苦労した。
小三に上がると、私にとって人生初めてのクラス替えが待っていた。二年間同じメンツの教室からの脱却は、とても新鮮だった。初めて同じ教室で学ぶ子の存在は胸を弾ませ、嬉しくてたまらなかった。これまでとそれほど何ら変わらない、そこそこ楽しい日々をこれからも送るつもりだった。
でもその一方で、生活が変わってきたと感じたのもこの頃だった。これは私が感じたことだから、実際にはもっと早くから私の学校という社会における立ち位置は変わっていたのかもしれない。ある日、教室の中でこんな会話が流行り始めていた。
「ねぇ、○○さんのこと、好き?」
初めは私も何も思う事はなかった。恋愛話でも女子グループ特有の悪口大会でも、適当にあしらっておけば良い。それくらいのものだった。
ある日、クラスメートの女子二人のうち一人に声を掛けられた。小三になって初めて同じクラスになった子だった。どんな内容だったかは細かくは覚えていない。確か、昨日の何時のテレビ観たよとか、何が面白かったよとか、そんな他愛のないどうでも良い話だったと思う。声を掛けられて、私はそれに答えた。掛けた方はふーんなんて言いながら、その後すぐさまもう片方の女子に分かりやすく耳打ちした。私と彼女たちの距離は五メートル前後だったと思うが、現場が教室だったこともあってか、はっきり聞こえた。
「ねぇ、吉野さんのこと、好き?」
耳打ちされた方は、入学当時から同じクラスの子だった。その甲斐あってかその子は、
「別に、普通。」
と軽くあしらったようだった。
「本当?わたし、あの人嫌い。」
言ったのは、声を掛けて且つ耳打ちした方だった。本当に嫌そうに言っていた。この時の心境としては、傷ついたというよりは今の時間は何だったんだろうという疑問の思いの方が大きかった覚えがある。ただそうとは言え、それが私の心のどこかに、小さくもはっきりとしたヒビが入ったことには間違いなかった。
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