カムイン!第3話
今回は数ある神経内科領域の病気の中からパーキンソン病というものについて少し語らせてもらいたいと思う。
パーキンソン病は1817年にイギリスのJames Parkinsonという人が初めに報告して以来、彼の名前を取って「パーキンソン病」と呼ばれるようになった。脳のドーパミンという神経伝達物質を作る場所が変性して、脳内のドーパミンが不足することで引き起こされる病気だ。なぜこんな病気になる人がいるのか、その詳しい原因はわかっていない。ドーパミンは体の動きを調節するのに重要で、これが脳内で不足すると体が固くなったり、手足が振るえたり、身体を動かそうとしても動かなかったり姿勢が保てなかったりする。体の動きに関する症状以外にも便秘、睡眠障害、精神症状、認知機能障害など全身に色々な症状が出る厄介な病気で厚生労働省の指定難病にも指定されている。治療法は今でこそたくさんの種類の飲み薬が発売されていたり、身体に機械を埋め込む手術があったりと選択肢も増えてきたが、俺が医者になった頃はまだあまり薬の種類も多くはなかった。有名なボクサーやハリウッドスターとかもこの病気になったりしていると言われているし、パーキンソン病を題材とした映画も何作かある。日本における有病率は1000人に1人位だから、神経内科医をしていると時々診ることになる。
「おはようございまーす」
いつもと変わらぬ景色の診察室。朝のルーティーンであるNFTクエストもつつがなくこなし、今日もDEPを稼いだ俺は本業の診療に戻るため診察室に入る。
「おはようございます。もう曽根さんがお待ちですよ」
ベテランの金田さんが早く診療を開始するように促す。
「今日は曽根さんからか、曽根さん、どうぞー」
曽根和子68歳、女性。パーキンソン病で俺の外来に通院している。主婦だった曽根さんは数か月前から左の手が振るえて動かしにくいということを主訴に俺の所に来た。典型的な症状で薬への反応も良く、パーキンソン病と診断するのはそれほど難しくなかった。パーキンソン病と診断されて、初めは落ち込んだりもしたが、前向きな性格で几帳面に決められた用法を守り内服をしているおかげで治療のコントロールは良好だ。
曽根さんが、やや前傾姿勢の小刻みな歩き方で診察室に入ってくる。
「お待たせしました。曽根さん、調子どうですか?」
診察室に入ってくる歩行の様子から観察し、手足の固さを見たりしながら診察をする。
「いつもと変りないです。薬もちゃんと飲んでますよ」
曽根さんは仮面様顔貌という症状のせいで表情に乏しいが穏やかな様子で話す。
「良かったです。じゃあいつもと同じ薬また一か月分出しておくね」
いつもと変わらなければ同じ薬を処方して診察は終わる。
「あ、そういえばね、先生。最近いいことがあったの」
曽根さんは表情こそ乏しいが口元に笑みをたたえながら話す
「何、どうしたの?宝くじでも当たった?」
俺は冗談交じりで曽根さんのいい事を聞く
「それがね、私こんな病気になったじゃない?今まではスーパーでの買い物も一人で行ってたんだけど、夫が付いてきてくれるようになったの。転ばないようにって手までつないでくれて」
曽根さんは嬉しそうだ。
「へー、優しい旦那さんで幸せだね」
曽根さんののろけ話に耳を傾けながらカルテを書く
「今まで家事なんかしなかったのに、家事も手伝ってくれるようになったし、病気になっていいこともあるものね。あら、まだ待っている方がいるのに余計なこと話してごめんなさいね」
曽根さんは俺の後ろに積まれたカルテを見て気を遣う。
「大丈夫大丈夫、いい話聞かせてくれてありがとね。お幸せに!また来月聞かせてよ」
朝イチからほっこりする話を聞いてなんだか得した気分になった。
パーキンソン病になることは人生において「Unlucky」なことかもしれない。でも考え方一つで「Happy」になれるのだ。そういえばパーキンソン病になったハリウッドスターの自伝の題名が「ラッキーマン」ってのもあったな。何事も考えようである。神経内科医は患者さんから人生を学ぶことが多い。治らない病気が多い分、患者さんとの付き合いは何年にも渡り、その人の人生を垣間見せてもらえることは仕事のやりがいの一つだと思う。病気になってからも健気に生を全うする人はたくさんいて、健康な我々もネガティブなことが人生で起きたとしても決して悲観せず、ポジティブに変換して生きて行かなきゃなとしみじみ思う。診察室を出る曽根さんを見送りながらボーっと人生について考える。
「先生、まだ一人しか終わってないんですけど!」
時間を気にして金田さんがボーっと人生について思いを馳せる俺を現実に戻す。神経内科医の面白みとかどうでもいいから待っている患者をさっさと捌けと言わんばかりに。
「ああ、ごめんごめん。次の方どうぞー」
そうだ、しんみりしている暇はない。迷える高齢者達の悩みを聞かなければ。
患者さんから何かを貰うことは時々あって、ばあさんから「いつもありがとう」なんて書いてある手紙をもらったり、病棟を回診していると、ベッドに座っている高齢者から手招きされ「これ後で食べな」なんて言われて小さいチョコレートや飴をもらったりすることがある。高齢者達のちょっとした気遣いは俺たち医者の忙しい毎日に一服の清涼剤となってモチベーションを上げてくれるのだ。ドラマで悪い奴だが腕のいい外科医が患者から札束の入った封筒をこっそりもらい懐に入れるなんてシーンが昔はあったものだが、残念ながらそんな経験はしたことがないけれども。バリバリのキャリア志向の若い医者には理解してもらえないかもしれないが、こういう心温まる介護・医療の現場もあるってことは知って欲しいなと思っている。
「先生!さっきから何と話してるんですか!今日、ちゃんと終わります?!」
ほっこりする思い出に浸る俺に今日の金田さんはイライラし通しだ。
そんなこんなで午前の診療も終わり、昼休みになる。午後は入院患者の診察やカンファレンス、病状説明などをする。昼休みが俺の情報収集の時間だ。いつものようにTwitterを確認した後、カムイバースのコミュニティアプリを開く。
『職業活動募集!カムイバースのスピンオフを作りませんか?』
カムイバースはPlayMiningのメタバースプロジェクトで世界観の元となるのは「ゾディアックリボルバー」と言う漫画だ。ゾディアックリボルバーは神々がまだ人間と共存している時代の話。様々な魅力的な神が描かれ、暦を決める神々のレースが行われる・・・ざっくり言えばそんなストーリーだ。今回はその世界に存在する3人の神々の関係性を掘り下げてスピンオフストーリーを作ろうという企画である。
カムイバースの活動範囲はこのところ日に日に増えてきている。音楽、動画作成、イラストなどそれぞれが得意なことを持ち寄って楽しんでいた。いつしかそれは職業として「アーティスト(音楽・イラスト・動画作成等)」「プランナー(イベント企画)」、「調査団(カムイバースの情報編集)」、「アンバサダー(情報の拡散)」「遊び人(ゲームやイベントを楽しみ盛り上げる)」などそれぞれが好きな職業に就き国民活動を楽しんでいた。今回はカムイバースに関わるストーリーを作る「発明家」という職業グループの仕事募集だった。
PlayMiningのブロックチェーンゲームはプレイすることで報酬が貰える仕組みが特徴で、初めはカムイバースもLand NFTを持てばDEPを稼ぐことが出来ると思って集まってきた人は少なくなかった。だが、カムイバースは活動しても直接的にはDEPは稼げない。それに落胆したユーザーもいたのは確かではあるが、報酬が無くてもコミュニティには色々な才能を持った人が集まってきていた。
学生時代に付き合っていた彼女が読書好きだったので、話を合わせるために色々と本を読み漁っているうちにいつの間にか読書が趣味となった俺は発明家の活動に参加してみることにした。その彼女には残念ながら1年もしないうちに振られてしまったが、俺を読書好きにしてくれた出会いには感謝している。
「スピンオフ作り、してみたいです!よろしくお願いします!」
リアルの俺は少しくたびれた中年のおじさんであるが、なるべく快活に見せるため語尾に「!」をつけるようにしている。
「よろしくお願いします!物語を書くなんてドキドキしますね!」
同じく発明家の活動に参加してきてくれたアカウント名Offさん。男性か女性か、年代もわからない。
今回のスピンオフ作りのメンバーはあまり集まらず、結局マネージャーのzeniさん、Offさん、俺の3人でスピンオフを作ることになった。
ここで、スピンオフに登場する神様の設定を少し紹介したい。
心は乙女で牛の頭を持つ屈強な戦士ミノ、ケンタウロスのように下半身が馬のケント、下半身が山羊(だと思う)のパニーの3人の関係性を掘り下げる物語。3人は創造神アンマを守る戦士たちだ。
俺たち3人は毎日のように話し合いを繰り返し、3人の物語を紡いでいく。とは言え、文章を書くことを本業としてない3人だ。紆余曲折しながら、それぞれのアイデアを持ち寄り何とか形にした。出来上がったのは、3人の神が事故で異世界に飛ばされ、子供になり元居た世界に戻るために奔走する過程で成長し、絆を深める物語。人からしたら失笑してしまうような出来かもしれない。でも自分たちなりに一生懸命作った物語だ。自分たちにとっては特別な物語となった。
作っている時は「これめっちゃ面白いんじゃね?」なんて思ったりして書いているが、完成したスピンオフストーリーを他の人に見てもらうために投稿する時は「馬鹿にされたらどうしよう・・・」とか少し気弱になったりもした。せっかく作ったものだし、最悪笑われても顔も知らない人たちだしなと開き直れるのはそれぞれ顔も知らないコミュニティーの強みかもしれない。翌日、診療が終わってから、コミュニティアプリを開く。
「めっちゃ面白いです!!」
「もしかしてプロの方ですか?!」
「感動しました!!」
タイムラインには俺たちが書いたスピンオフストーリーを読んでくれた国民達から賞賛の言葉が次々と寄せられていた。もちろん「何これ?」って思う人はわざわざ酷評しないだろうし、お世辞であることは百も承知ではあるが、この年になって物語を書いたり、人に読んでもらって褒めてもらう経験なんて無かったので何とも言えない充実感を得ることが出来た。これが俺のカムイバースにおける初めての職業活動だった。以降、俺はカムイバースにおいて「発明家」として職業活動していくことになる。
仕事に対する報酬には大きく分けて「内的報酬」と「外的報酬」がある。「外的報酬」は外から与えられる報酬。例えば給料や昇進、社会的な地位とかだ。PlayMiningにおいてはゲームをして得られるDEPは外的報酬と言えるだろう。
一方、「内的報酬」とは仕事そのものから生まれる報酬だ。例えば仕事のやりがい、キャリア開発の喜び、職場の仲間やコミュニティーで知り合った人たちとの繋がりから得られる社会的満足感などだ。さっき話したパーキンソン病の診療を通して得られた学びや、ばあさんがくれる手紙、小さいチョコレートなんかはまさに内的報酬と言える。
カムイバースではNFTを買ってもDEPはもらえない。だが他のブロックチェーンゲームや普段の生活では経験できない人との繋がりや妄想の共有、色々な人から褒められたりする喜びといった内的報酬がたくさんある。
今回はカムイバースで物語を作って得られた内的報酬は自分にとってはとても大きかったって話。
PlayMiningのプラットフォームも今では「Jobtribes」に加え、ハンバーガーを作る「Cookin’Burger」、農地を買ってコインを落とすコインプッシャーゲーム「Lucky Farmer」、モンスターを倒して手に入れたし食材でラーメンを作るゲーム「麵屋ドラゴンラーメン」、塗り絵をしてレースをする「Graffiti Racer」と複数のゲームがローンチされている。俺が始めた頃はJobtribesしかなかったが今ではすっかりゲームのプラットフォームとなった。プレイで得られるDEPという外的報酬とweb3コミュニティで築き上げられる人間関係、スカラーシップ制度などで人を支援することで得られる承認欲求、カムイバースの創造活動を通して得られる充足感という色々な内的報酬が得られる場となっている。
すっかり信者となった俺はこの後もカムイバースでの活動にのめり込んでいくことになる。そしてついにカムイバースはこの後、外的報酬まで得られるようになるのである。今日は大分語ってしまって長くなったのでその話はまた次回に。