騎手・藤田菜七子が駆け抜けた8年半に思いを寄せて


1.はじめに

先日、藤田菜七子騎手が突如引退を発表したというニュースが流れた。
その発端となったのは昨今競馬界を揺るがしている「スマホ事案」である。2024年10月9日に週刊文春の記事で2023年4月以前(スマホ6事案より前の時期)に調整ルーム内でLINEを使って関係者とやりとりをしていたことが判明。本人がこの事実を認め、2024年10月11日から裁定委員会の議定で定められた日まで騎乗停止になることが発表された矢先であった。
この数日前に発覚した関東の若手騎手2名の事案は直近の開催日に起きた出来事で、しかも調整ルームに滞在していた職員からの通報で発覚したものだった。しかし、この事案は1年半以上前の出来事で、週刊誌へのタレコミによって発覚したものであり、個人的には何か闇があるのではないかと感じている。
詳しく詮索することはこの記事では避けたいが、それ以外にも彼女を困らせている何かがあり、今回の事案があったことで「引退」という選択に舵を切らせたのではないかと思う。
調整ルーム内でスマホを使ったことについては本人が悪い。これは言うまでもない。しかし、泣きながら引退届を書いたり、競馬サークルからは離れると師匠に伝えたりするような精神状態に彼女を追い込んだという事実が許せない。
それはさておきとして、藤田菜七子騎手はJRAで再び女性騎手が活躍する機運を作った偉大な人物であることに変わりはない。逆境を乗り越え、新たな記録を次々と樹立していく彼女の姿に自分は憧れを抱いた。ここからは藤田菜七子騎手が騎乗した2頭の馬と自分の思い出を書き綴っていこうと思う。

2.コパノキッキング×藤田菜七子と自分

藤田菜七子騎手を語る上でこの馬の存在は欠かせない。2019年から2020年にかけての9戦で手綱を取り、重賞2勝とGⅠで1着と0.1秒差の2着という結果を残した。
このコンビを見るために当時14~15歳の私は2度競馬場を訪れた。1度目は初コンビを組んだ2019年のフェブラリーSであった。インティ、ゴールドドリーム、モーニンら現在は種牡馬として活躍する実力馬相手を倒し、初のGⅠ騎乗でGⅠ制覇という偉業を成し遂げてくれると信じたが、結果は5着。もちろん馬券は買えないので、ただ祈っていただけだったが、悔しかったことは覚えている。
そして2度目が2019年のカペラSであった。前走のJBCスプリントを浦和まで見に行こうとしていたが、当時受験生であった私はそれを理由に塾を休む選択ができなかった。そして塾へ向かう前にテレビで見た惜しい2着に歯痒い思いを感じていた。この時コパノキッキングはゴールドクイーンに次ぐ2番人気という評価を受けていた。個人的には1番人気になるものだと思っていたので、驚いたが、絶対に勝つと確信してウィナーズサークルの前で待機していた。結果は皆さんがご存知の通り快勝で、1着でゴールを駆け抜けた時にはグッと握りこぶしを作るほど嬉しかった。

当時自分が撮影した写真(ゴールの瞬間は興奮して撮れず)

これ以降3度乗って勝つことができず、主戦を下ろされてからは藤田菜七子騎手にGⅠ制覇どころか重賞制覇のチャンスは訪れなかった。
藤田菜七子騎手にとって、そして彼女を応援していた自分にとって大きな舞台を見せてくれたのは間違いなくこの馬だと思う。

3.マルーンエンブレム×藤田菜七子と自分

もう1頭自分にとって思い出深い馬がいる。その馬の名はマルーンエンブレムである。300キロ台の小柄な馬体で芝の中距離を走っていた牝馬である。
2戦目の福島でコンビを結成し、大外を回して鮮やかな差し切り勝ち。牝馬クラシックには間に合わなかったが、福島と新潟で走った3戦では①→②→①、その上で毎回上がり最速の脚で走り抜ける姿に成績を右肩上がりで伸ばす藤田菜七子騎手と似通ったものを感じた。
このコンビでGⅠを取ってくれることを信じ、次走に選択した東京の2勝クラスのレースを見に行くことにした。その日はマイルCSの裏開催で、マルーンエンブレムは最終レースに登場した。

11月の最終レースなのでだいぶ日は暗くなっていました。

この時も2番人気だったが、いつも通り上がりの脚を使えれば勝てると信じていた。しかし、前半1分1秒のスローペースで逃げた1番人気のダノンキングダムを捕まえられなかった。
勝ったダノンキングダムは後にオープンまで昇級したほどの馬で、それを離れた2番手からスローペースの展開で1馬身差まで追い詰めた内容は非常に良かった。もう少し位置取りを工夫する必要はあったと思うが…。
この負けを糧にさらに強くなると信じていた。しかし、これ以降マルーンエンブレムは勝つどころか3着以内に入ることもできなかった。間隔を開けながら出走しないといけないほど体質が虚弱であったため、まともな調整過程を踏むことができなかったのが理由だと思う。
藤田菜七子騎手を応援していた14~15歳の自分に競馬の難しさを痛感させてくれたこの馬のことは今でも印象に残っている。

4.さいごに

  • 3897戦166勝(そのうち重賞1勝)

  • 民法競馬記者クラブ特別賞受賞(2016年)

  • 中央競馬騎手年間ホープ賞受賞(2017年)

  • フェアプレー賞受賞(2019年、2020年)

  • 女性騎手1日最多勝記録(4勝:2019年10月5日新潟競馬)

  • 女性騎手として初の競馬場年間リーディング(2019年新潟競馬場)

  • JRA女性騎手最多勝記録(2024年10月11日時点)

  • 京都、阪神を除くJRA8場での勝利

以上が藤田菜七子騎手が8年半の間に積み上げた記録である。残した数字は他の男性騎手と比較すれば、取り立てて言うほどのものではない。しかし、1度は途絶えたJRAにおける女性騎手の歴史を再び動かしたこと自体が偉大な功績だと私は考える。
競馬サークルという村社会に縁もゆかりもない家庭に育った1人の女性が単身で飛び込んでいき、16年ぶりの女性騎手として注目を集め、大きなプレッシャーを背負いながらも騎手としての8年半を駆け抜けたことに敬意を表したい。どうかお元気で。


いいなと思ったら応援しよう!