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第9話 親父 〜小説「包帯パンツ物語」〜

決して短い時間ではなかった。あの日の稲本選手のゴールから───4年。その時間の中で凝縮された思い出が次々と蘇った。自然と歩調は速まる。会社に着くと、誰よりも先に会いに行った。

「親父…」

乱れた呼吸を整える。その様子をいつもと変わらぬ表情で見つめる親父。できるだけていねいに言葉にした。

「いけたで。包帯パンツ」

その瞬間、少しだけ時間が止まったような気がした。

「あぁ、ホンマか」

親父はいつもと同じようにそう答え、視線を外した。胸に熱いものが込み上げた。長かった。諦めるタイミングは山のようにあった。その度に、周りがオレを支えてくれた。会社の仲間のおかげ。協力してくれた人たちのおかげ。みんなが「お前がやれよ」と言ってくれているように、無謀であることを承知でついてきてくれた。

「よかったやんけ」

背中を向けながら親父は言った。知ってる。オレにはわかる。親父は感情を表に出さないタイプだけど、誰よりも包帯パンツの成功を喜んでくれている。その時、ようやく気付いた。誰一人として文句を言わず、みんながオレに協力してくれていたのは親父のおかげに違いない。周りの協力がなければ、もしかしたら途中で諦めてたかもしれない。いや、きっと諦めていたはずだ。情熱が絶えなかったのはみんなのおかげ。「これはお前のプロジェクトや。お前がやるんや。がんばれよ」と仲間がオレに言ってくれた言葉の向こう側で、親父が「失敗してもええから、志郎にやらせろ」と周りに言っている姿を目に浮かんだ。目の前の光景が涙で滲んだ。親父の姿が霞んでいく。

包帯パンツができたら、はじめに報告する相手───ありがとう、親父。


***


原型となる包帯パンツはできた。そこから何度もサンプルの制作と試着を繰り返し、改善に改善を重ねた。包帯は基本的に使い捨てのためレーヨンのくずに近い素材で編まれている。そのよれよれの糸をポリエステルに変えた。さらにはエステルの糸も加えた。包帯にこのような高級な糸を使用することは未だかつてなかった。そのようにして、ある程度、形が整ってきた。

「これで勝負できるかもしれない」

ようやく目標とするレベルまで品質が向上してきた。この商品でどのようにブランド化していこうかと考えていた矢先、専務である叔父が口を開いた。

「ワコールに提案に行こう」

日本の縫製工場のほとんどは、大手企業の下請け的なポジションとしてOEM生産によって会社が成り立っている。売れ残って在庫になるリスクの高い自社商品をつくるよりも、利益は少ないけれど、大量に販売できる大手企業のOEMを選択する工場が多かった。そこで、叔父はOEM先であるワコールに提案することで、事業の拡大を図ろうとした。

父親の会社自体はワコールの下請けを30年以上続けている工場だった。徳島県とベトナムに自社工場があり、生産規模としてはどこでも販売できるキャパシティーがあった。ただ、オレには叔父の提案がどうしても解せなかった。苦労してつくった商品が大手企業の手柄として世の中に出て行くことに対して強い疑問を抱いていた。

何度も何度も社内会議を開いた。しかし、「オリジナルで勝負したい」と言ったのはオレだけやった。最終的に、オリジナルで進めることになったものの、OEMと競合することになるという問題にぶつかってしまった。

そうなった以上、この「包帯パンツ」を持って独立するしか方法はない。
親父との相談の末、オレは独立して勝負する道を選ぶことになった。


【今日の格言】
周囲の協力によって自分が育てられる。感謝の気持ちを忘れずに。


(挿絵:KEI TAKEUCHI)
(テキスト:嶋津亮太

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