【雑記】人間万事塞翁が馬

中国の北端、国境の「塞(とりで)」の近くに、占いが得意な老人「翁(老人)」が住んでいました。あるとき、彼の飼っていた馬が逃げてしまったので、みんなが同情しましたが、彼は「これは幸運が訪れる印だよ」と言います。そして、そのとおり、逃げた馬は立派な馬を連れて帰ってきました。そこでみんなが祝福すると、今度は「これは不運の兆しだ」と言います。実際、しばらくすると彼の息子がその馬から落ち、足の骨を折ってしまったのです。またみんなが同情すると、彼の答えは、「これは幸運の前触れだ」。息子はその怪我のおかげで、戦争に行かずにすんだのでした。

「淮南子―人間訓」より


不幸に感じることがあっても、それが結果的に幸せにつながることもある。また逆も然り。「本当に不幸な出来事」なのか「本当に幸福な出来事」なのかどうかは、その瞬間にはわからないので一喜一憂してはいけないよ、というものです。

人間、誰しも未熟者です。痛い目に合わないとわからないこともある。こっぴどく怒られないとわからないこともある。

痛い目にあったり、怒られたりした瞬間は「なんで自分がこんな目に」ってイヤな気分になりますよね。

でも、人生を振り返ったとき、それがあったお陰で成長できた、幸せにつながったと思うこともあるんじゃないでしょうか。

でも、それは時間が経過してようやくわかるもの。

「不幸に感じた時」に人生を終えてしまったら、本当に不幸のままで終わってしまう。

「不幸」を「幸」に変えることができるのは、生きてる間だけです。

這いつくばってでも生き続け、中堅ジョッキーになってから「若い頃は、周りに迷惑ばかりかけた。本当にバカだったと思う。そんな時でも自分を見捨てずにいてくれた人達のお陰で、今の自分がある。感謝してもしきれない。今後は自分も誰かを助けることができる人になりたい。」とインタビューで答えて欲しかった。

角田大河ジョッキーのご冥福を心よりお祈りいたします。

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