ありがとう
「ありがとう」と言うのが苦手だった。
子どもの頃から、とくに近しい人に対してなかなか言えなかった。
「わりぃ」とか「すまない」とか
トンチンカンな言葉でその場を取り繕った。
二十代になっても、なかなか「ありがとう」と言えない、とくに親には。
仕事では一日何十回と言ってるくせに
"素"の状態では「サンキュ」と発するのが精いっぱい。
我ながら情けない。
ところがある人物の登場で、そのアリガトウという言葉は、僕の口から素直に出るようになる。
それは息子。
もう10年以上さかのぼるけど、僕と妻の間に子どもが生まれた。
息子は早生まれで、僕に似て成長に少し時間がかかり、単語をうまく言えるようになるのに時間がかかった。
心配する程ではなかったけど、僕は息子と早く会話をしたいと思い、ひとつずつ、丁寧に、言葉を教えていった。
なかでも「ありがとう」は楽しかった。
教えるというか、ジェスチャー付きで、目の前で何度もやって(言って)見せた。
息子はそれを見てケタケタ笑う。
永遠に続いても良いひと時かもしれない。
それから息子は「ありがとう」を気に入った。
だから、それ以来僕も気に入ることにした。
スプーンを取ってくれて
「ありがとう」
着替えさせてくれて
「ありがとう」
迎えに来てくれて
「ありがとう」
髪を切ってくれて
「ありがとう。」
「お父さん、ありがとう」
って。
・・あれはたしか息子が小学2年生になった頃、学校から帰って来ておやつの袋を開けながら僕にこう言った。
「なんでそんなにいちいちあアリガトウって言うの?って女子に言われた。僕ついクセで言っちゃうんだよなぁ。」
「・・そのクセ直したい?」
僕はそう尋ねた
「ぜんぜん。」
息子が答えた
自分の家を建ててから、実家の母はよく野菜や果物を持って来てくれるけど、僕はいつのまにか素直に「ありがとう」と言うようになっていた。
それからありがとうがスラスラ言えるようになると、不思議と「ごめん」も言えるようにもなる。
みなさんにとって「ありがとう」という言葉が、何の抵抗も無く発せられる言葉だとしても、気の小さい僕にとってはいささか勇気のいることでした。
今ではごく自然に言えるようになりました
・・なんて自慢することじゃないけどね。
僕は半分大人になった息子に、
あらためてこの言葉を贈りたい
ありがとう。