【シロクマ文芸部】北風とサウナ
北風とサウナ。
「ねえ、おっちゃん。なんでこんな名前にしたの?」
「え? うう~~ん」
駅前でおでんの屋台を営むおっちゃんは手を止めてしばし首を捻った。
「フィーリングってやつかな?」
「ふーん」
世の中に存在する不思議の全てに答えがあるわけじゃない。リアルな学びを得た山田が好物のつくねに手を伸ばす。
「そういえば、中山さんこないだの会費払ってくれた?」
「まだ! てかあれ払う気ないんじゃないかな。田中がもらってきてよ。俺もうあの人と話したくない」
「あ、そうだ。派遣の山下さん、やっぱり彼氏がいるんだって」
「えーーー! ・・・まあでもそんな気はしてたヨ」
パカっと割ったたまごの黄身がおつゆにとける。
味はたまご。ごく当たり前のたまご味。おっちゃんのおでんはいたって普通の味付けであった。
ごくごくふつうのおでんとビール。
これが他の何よりも好きだったのに、コロナのせいで駅前から屋台が一掃されてしまって早数年。いまだにおっちゃんの姿はない。しかし、久しぶりに駅前まで足をのばした俺と山田は見覚えのある四角いテントに目をみはった。
「おっちゃん元気やったんかっ」
「おでん食えるぞ!」
厚手のビニールカーテンをくぐりながら山田がマフラーをとる。
でも寒いからコートは脱がない。寒いのとあったかいのと、両方味わえるのがおでん屋「北風とサウナ」なのである。