【短編小説】紅葉鳥 #シロクマ文芸部
紅葉鳥。
鹿でも鳥でもないけれど、紅葉といえばこのあたりじゃやっぱりもみじ饅頭だ。
宮島への出張帰り、妻が好きだというもみじ饅頭の名店『じいじい堂』を探してフェリーに乗り、島へと渡った。
気持ちを言葉にするのは苦手だが、俺は妻を愛している。ひと言「好きだ」と伝えるかわりに島中を歩き倒してじいじい堂を探し回るのが俺のやり方だ。
手持ちの時間の全てをつぎこんで必死こいて島を巡ってみたのだが、じいじい堂はみつからない。
「いったいドコだ。じいじい堂ってドコにあんだよっっ」
結局俺はじいじい堂をみつけることができず、しかし手ぶらのまま帰るのもナンだしなと思って、適当な饅頭屋に飛び込んでもみじ饅頭を1箱購入し、家路を急いだ。
🍁🍁🍁
「ただいまあ」
玄関で靴を脱ぎながら声をかけると、おかえり〜と妻の声が返ってくる。
あたりに漂う香ばしい香りにつられて腹がぐう〜〜っと鳴った。
ああ、腹減った。喉もカラカラ。
そういえばじいじい堂に気を取られて水も飲んでない。
リビングへ入ると一足先に妻がイッパイやっていた。リュ○ジばりに飲みながら料理をすんのが我が妻の流儀である。
「おかえり。宮島どうだった?」
ハイどーぞと手渡されたビールをあけてぐぐっとあおる。
「かーー、うまいっっ。ビール最高」
死ぬほどノドが渇いていたところにコレだ。結婚15年。知らず知らずのうちに我々は阿吽の呼吸ってヤツを体現し始めているように思う。確実に。
紅葉は色づいていたかと問われるが全く記憶にない。
「あ、そうそう。これお土産」
もみじ饅頭の入った紙袋を手渡すと、
「わあ、じいじい堂!! ありがとう」
と、妻に喜ばれた。
「なにっ、じいじい堂!?」
そんな名前じゃなかったハズだ。
慌てて紙袋の店名を確認してみればーーー
『翁堂(おきなどう)』
「えええ、じいじい堂って・・・・こういうコト??」
・・・・ま、いいか。喜んでもらえたならそれで。
もみじ饅頭を手に取り、ビールのアテにとひとくちかじる。
「あー甘すぎる。ビールには合わねえな~~」
しかし俺ら、あと20年もすれば波平とフネくらいにはなれんじゃねーか、なんて。そんなことを思った夜であった。