見出し画像

【ショートショート】再び


「ねえ、もう一度やり直さない…?」


あー
なんてこと言ってしまったのだろう。

やり直せるわけないじゃん。
相手は一昨年結婚したばかりで去年は子供も生まれている。
有名商社に勤め、仕事も順調のようだ。

そんな幸せ絶頂の男に私はなんてこと言ってしまったのか。




彼との出会いは大学1年生の時。
サークルが同じだった。

私たちが所属していたのは音楽系のサークル。

高校時代に趣味でギターを独学で始めた私は、大学でバンドを組めたらいいなと思い入部。そしていざサークル内でバンドを決める集まりが。構内の隅にある薄暗い建物のそう広くない部室に幹部数名と新入生16名が集められた。

人見知りの私はまず友達ができるのかという心配をしていた。しかし、あろうことか周りは既にグループがほぼ決まっていた。というのも、この前の飲み会で既に話が進んでいたのだ。私はこの飲み会、急遽実家に帰らなくてはならない用事ができて不参加だった。
しまった。完全に出遅れた。
ワタワタする私を見かねて先輩が声をかけてくれた。

「ギター探してるグループない?」

しかしギターは買い手市場。

「ギター2人になるけどよければおいでよ!」

そう言ってくれる女の子達のグループがいた。
そこに行きかけたとき、彼はやってきた。

「すみません。授業があったので遅れました。」

そう言って入ってきた男が早川勇也だった。
後々聞いたのだが、彼はこの日の前日に飛び込み入部したらしい。

「お!お疲れ様!早川君だったよね。今バンド決めてるところなんだけど…何志望だっけ?」

さっきの先輩が彼に声をかける。

「一応ボーカルなんですけど」

「あれ?さっきの子…佐伯さんって決まった?」

私が返事をする前に別の先輩が声をあげる。

「2人組めば?ギターとボーカルっしょ?男女コンビでさ。」

「いいじゃん。うちのサークル男女2人で組んでる人いないからさ、新鮮!」

本当は女の子数人でバンドをやりたかった私だが、私の大きな欠点は断れないことだった。

「俺、なんでもいいです」

自分の意志を持たないところが勇也の長所だった。

ギターの女性とボーカルの男性というちょっと珍しいコンビが誕生。

周りに流されて偶然組んだ私たちだったが、我ながら良いコンビだったと思う。女子校育ちの人見知りである私は、久々に接する初対面の男性に最初こそぎこちなかったが、彼は非常にあっさりした性格で、すぐに打ち解けた。

当初ガールズバンドを組みたかったものの、この2人でカバーできそうな歌手は何かと考えた結果コブクロやスキマスイッチといった男性ユニットの曲に落ち着いた。もちろんオリジナルで歌を共作することもあった。

2年目の夏も終わる頃、学祭でのステージに向けて2人で大学近くの喫茶店で打ち合わせをしていたときのこと。いつものように男性ユニットのカバー曲と自作の曲の2曲でいこうかと調整していた。

「ねえ、みりちゃんガールズバンド好きだよね。カバーやってみない?」

勇也からの突然の提案に私は驚いた。
その発想は私の中にはなかったからだ。

「え、でも、歌える?」
「キー変えればいけるでしょ。」
「勇也はそれでもいいの?」
「俺はなんでもいいよ」

でた。

そして勇也がせっかく出してくれた提案を却下するのも気が引ける私。
それに当初やりたかったガールズバンドの曲を弾けるチャンスだ。

「じゃあ…やりたい曲ピックアップしてみるよ。」


そして我々が選んだ曲は
SHISHAMOの『魔法のように』

いくつか案を出したのだが、例のごとく勇也は意思をはっきり示さないのでこの際一番ガーリーな歌にしてやろうと私が推した。
すると彼はすんなり受け入れた。
さすがにこれは少し難色をみせるのではないかと期待したのだがこちらの期待に反して希望が通った。

1週間後、本当にこれでいいのかと思いながらも、『魔法のように』をアコースティックで落ち着いた雰囲気にアレンジし、2人で合わせることに。

「キラキラキラキラ魔法のように 毎朝私は女の子になる」


勇也が歌った瞬間衝撃が走った。

彼の持ち歌なのではないかと思うほどぴったりだったのだ。

男性が、いや、勇也が歌うこの歌がこんなにいいとは正直思っていなかった。

彼がこの歌を拒否しなかったのはただ自分の意思がないからではなく、むしろ自信があったからなのではないだろうか。

サークル内でも我々が『魔法のように』を演奏すると発表したらかなり驚かれた。しかし勇也の歌を聴けば誰もが賞賛した。

学祭での演奏も大成功。

それからというものの、我々は女性アーティストのカバーも定期的に行うことにした。




卒業から5年。結婚し子供も生まれ、仕事も順調な勇也。絶賛婚活中、仕事もマンネリ化してきている私。

このままじゃいけないのはわかっているけど、何かを始める気力もない。そんな日々をだらだらと過ごしている。

いつもと変わらないルーティンワークをこなし帰宅した8時前。
作り置きの夕飯をレンジで温めながらテレビを付ける。
もはや長寿番組となった音楽番組が流れている。
知らない歌手も多くなってきたくらい、最近は音楽から遠ざかっていると実感。

難しい横文字のバンドが歌っているのを見て呟く。

「勇也だったらどう歌うかな…」

卒業してからは大きな出来事がなければほとんど連絡を取らなくなっていたのにふと気付けば彼の歌声を思い起こしていた。

新しいことを始めるには重い腰も、もう一度始めるということに関してはすぐに上がるかもしれない。部屋の隅でずいぶん触られていないギターに目をやって、勢いで勇也に連絡を入れた。



あの頃の喫茶店で待ち合わせ。

少し早く到着する私。時間ぴったりに来る勇也。

「久しぶりだね、ここ。最近どう?」

ひとしきり世間話をしたあと、勇也が切り出した。

「で、なんか話があるんじゃないの?良い報告とか?」

「いや…あの…そうじゃないんだけどね…

ねえ、もう一度やり直さない…?」

これだけで彼は全てを察した。さすがだ。

「おお。良いじゃん。やろうよ。やりたい。」

「本当?やったぁ…。なんか勇也、ちょっと変わったよね。」

「そう?どこが?あ、今度はみりちゃんも歌う?」

「いや、私は歌わないけど。」

「えーもったいないなぁ。歌ってほしい。」

「私はギター専科です。」


私たちのユニットが5年ぶりに動き始めた。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?