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タミル語のこと #1:やっててよかった言語学!
最近またタミル語を勉強しています。初めて勉強したときのことについてはこちらを見ていただけると(言いさし)。
タミル語を全然知らない方のために雑に言っておくと、けっこう日本語とか韓国語に似ている言語です。
さて、タミル語は授業で習ったときから白水社様の『ニューエクスプレス タミル語』で勉強しています。第11課では「未来形」と呼ばれる動詞の形が登場します。未来形の接辞はいくつか異形態があるのですが、サムネの例文に未来の接辞が使われています。
பீர் குடிப்பேன்.
pīr kuṭi-pp-ēṉ
ビール 飲む-未来-1人称
「わたしはビールを飲む」
この未来の接辞の説明を見ると、このように書いてあります。
未来形は、確実な未来の出来事を表したり、強い意志を示したりする時に用います。また、習慣(過去の習慣を含めて)や習性を表す時にも用います。
いやいやいや、未来と習慣って全然違うやないかい!と。百歩譲ってこの2つが同じ形態素で表されるとしても「過去」の習慣はもう未来なの過去なのどっちなんだい!って、なかやまきんに君さんも言ってました。
だがしかし、ここで取り乱してはいけない。大丈夫。俺にはなにはなくとも言語学がある。冷静になれ。この不可解な状況を打破する鍵は必ずあるはず。
そう、言語学者ならおおよそ全員読んでいるであろうComrie (1985) "Tense" にその答えは書いてありました。
More generally, habitual meaning lies on the boundary of the three systems of tense, aspect, and mood.
ざっくり言えば、習慣の意味は、「〜た」のようなテンス、「〜ている」のようなアスペクト、「〜だろう」のようなムードの範囲にまたがっている、と言っています。習慣が時間に関わるテンスやアスペクトにまたがるのはわかるとして、どういうことかざっくり説明すると、習慣というのは、ある特定の時に限定されるわけではなく、不連続的に起こる出来事をまとめて、これは習慣なのだ、と推論する必要があります。そのような意味が前面に出てくると、習慣が話し手の頭の中にある推量のような意味との間にまたがることになるということです。
例えばわたしは毎日のようにビールを飲むので、習慣的にビールを飲んでいると言えるでしょう。しかし厳密には毎日ではありません。ワインしか飲まない日もあれば、体調が悪くてそもそもお酒を口にしない日もあります。それでもそういったことを全部ひっくるめて、えいっ、と習慣にまとめあげるような頭の中の処理が加わるというわけです。
タミル語の場合は「未来」と言っていましたが、未来のことは誰にもわからないので結局は推量に近い、ムードの範疇に入ることが多いです。なのでタミル語の未来形が習慣を表すのも無理はないことなのですね。
語学を勉強していると、しばしば納得のいかない事実に直面しモヤモヤすることもあると思いますが、言語学を知っていると納得しながら学んでいくことが可能です。
ここで述べたことはやや専門的なことですが、語学をやるうえで当然言語学の知識は役に立ちます。まったく言語学に触れたことがない方は、黒田龍之助先生の『外国語を学ぶための言語学の考え方』(中公新書)などから入門してみるのもよいかも知れません。
言語学に乾杯🍻