【才の祭】ホワイトクリスマス(ショートショート)
「明日行くね」
「新幹線、何時?」
「東京発、10時34分発」
「結局、休み取れなかった」
「いいよ、観光して待っているから、仕事終わったら探しにきて」
「また、迷子になるよ」
「どう?ホワイトクリスマスになりそう?」
「っだね、もうすでに今も降っているけど」
「また明日ね」
「りょうかいです(スタンプ)」
「また明日ね」は、別れ際の私の口癖だった。
それはきっと、私自身への安定剤のようなものなのだろう。
私には家庭がある。
1人息子はもう大学4年で就職もすでに決まっていた。
夫とは息子が生まれる前から関係がない。
とっかえひっかえ仕事を変えて、とっかえひっかえ趣味が変わる。
いろいろなものが短い期間に変わる。
私はもう笑顔の作り方さえわからなくなっていた。
「もう俺らダメなわけね!」
夫の堕落さに嗚咽をしながら泣き出した私に、言い放った夫の言葉が、私を裸足のまま扉の向こうへ誘った。
外は雨が降っていた。
水の感触を感じとった私の足の裏は宙を舞い、地面に頭を打ちつけて救急車で運ばれた。
「ごめん」
夫は謝ったが、私のつくり笑顔は能面にも近いほどぎこちなかったに違いない。
「頭、どうしたんですか?」
「喧嘩して、家出しようとしたら、玄関先で転んで3針縫った」
「ナニやってんすか⁉︎」
その日、やたらと来る夫からのLINEは全て返信しなかった。
『心配しているのに、返事ないわけ?』
結局また怒ってる…。
「昼行きますよ」
「食べたくないから、いい」
「また、縮みますよ。背」
彼は戯けてみせた。
ランチの店に向かう途中、
「怒られる電話してもいい?」と言うと、
キョロリと目を丸くして頷いた彼は、私の1メートル先をゆっくり歩いていた。
遠くなく近くなく、遠慮がちなその距離は、
十分に彼の体温を感じることができた。
その日から、
そして今もまた、
愛の言葉など交わすことはないけれど
彼と私の間には、見えない糸があることは
間違いないと思う。
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2回目の応募です。
才の際、とてもいい企画ですね。本当にとても楽しませてもらっています。
他のみなさんの高度な小説に毎回感動しています。