本能を取り戻すための歌声
2022年3月15日
透明な水槽の中にピラニアを数匹入れる。何週間も餌を与えずにおいて、飢えた頃にちょっとした細工を施す。ガラスの板を水槽の真ん中に入れ、板で隔てられた逆側に、丸々と太ったフナを入れる。ピラニアたちは目にも止まらぬ速さでフナに飛びかかろうとするが、ガラス板にぶつかるばかりで一向にその牙は相手に届かない。血走った目で何度も何度も虚しい攻撃を試みるが、やがては諦めてしまう。最初は鬼気迫る勢いのピラニアの群れに怯えきっていたフナも、相手の牙が決して自分に届かないことがわかると、安心したように水槽の中で旋回を始める。
ここにきて、もう一つ細工を施す。水槽を二つに隔てていたガラス板を取り除いてやるのだ。もうピラニアとフナを隔てる壁はない。
にもかかわらず、ピラニアはフナに襲い掛かろうとせず、ただ痩せ衰えていく。本能を忘れてしまったのだ。
この状況を劇的変える方法が一つある。別の水槽から、飢えたピラニア一匹を連れてくるのだ。水槽に放り込まれたピラニアは、自分の置かれた状況を考慮するまでもなく、ただ一目散に太ったフナに飛びかかり、我を忘れて貪り食う。哀れなフナは、虚をつかれたようにその場で動けなくなり、声にならない叫び声を上げながらただただ食べ尽くされていく。逃げる本能を忘れてしまっていたのだ。
その様子をじっと見つめていた他のピラニアたちは、目の前で食事を貪る見知らぬ仲間を見て、ようやく我にかえる。何のために自分たちは生きているのかを思い出す。何のためにこの鋭い牙はあるのかを思い出す・・・
そういう実験を、何かの本で読んだ。
良薬は口に苦しというけれど、状況を変えるには、その変化は決して心地よいものばかりではないかも知れない。
変化をもたらすものは、何か異形の形をとっているかも知れない。
見知らないパターンだから、今の私たちに馴染まないから。らしくないから。
そんな理由で拒絶するのは間違いだと思っている。
本能を取り戻せ。
何かを期待させる歌声、その産声を聞き漏らしたくはない。
なぜ、彼女たちの歌声は、雑踏の中を縫うようにして耳に届き、響くのか。
その歌声が持っている不思議な力は、いつもいつも、僕を魅了する。
公式で「Actually...」をあげてほしい。