ハンス・ホフマンの余韻
先月、「琳派と印象派 東西都市文化が生んだ美術」に展示されている屏風絵目当てでアーティゾン美術館へ足を運んだ時のことだ。
目当ての展覧会自体がまず興味深いものだったことは確かなのだが、もう一つの予期せぬ出会いがあった。この展覧会とは別で展示されていたある抽象画が、どうも気になって仕方がない。恥ずかしながら抽象画に関しては非常に無学であるし、今までも抽象画に特別な関心を持ったことが無かった私であるが、突然、なぜか、足を止めて向き合ってみたい気持ちが沸き上がってきたのだ。
その作品というのが、ハンス・ホフマンの油彩画≪プッシュ・アンド・プル2≫(1950)である。
普段は写真OKでも極力撮らないようにしているが、この時ばかりは早速帰ったら調べるぞ、と息巻いてパシャリ。結局面倒くさがりの自分なので、帰宅後すぐに調べなかったのだが、なんだかんだ心の隅っこに、もやっと居座り続けて早数週間。そろそろ気になってどうしようもなくなってきたので、画集を探したり、ネットで調べたりしてみた。
この文章は題名にもある通り、「ハンス・ホフマンの絵画を見た時の余韻」のままに書いているというわけである。
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そろそろ、本題に入ろう。
以下、ごくごく簡単にではあるが、私と同様ハンス・ホフマンという画家を全く知らなかった人向けにまとめてみたい。
ハンス・ホフマンとはどんな人物なのか?
ハンス・ホフマン(1880–1966)は、ドイツ出身の画家・美術教育者である。若い頃はミュンヘンで過ごし、パリでの生活を経た後40年間はニューヨークで活動していた。(※1941年にアメリカに帰化。)西洋のモダニズム芸術の流れを汲んで、1940年後半から50年代にかけてアメリカで隆興した芸術様式、”抽象表現主義”の発展における最重要芸術家の一人に数えられる。その一方で、カリフォルニア大学で教鞭を振るい、ミュンヘンやニューヨークに自分の学校を設立するなど、熱心な絵画教育を行った人物としてもよく知られている。
ハンス・ホフマンの画風はパリ時代に出会ったマティスやピカソ、ブラック、カンディンスキー、ドローネー夫妻など20世紀を代表する芸術家たちの影響を受けたものと思われ、特に1935年以降、抽象表現主義の最盛期を駆け抜けた彼の抽象画における激しい色彩表現や抽象的な形態は非常に印象的である。代表的なホフマンの絵画は、色とりどりの長方形が画面いっぱいに敷きつめられた「幾何学的な要素からなる絵画」と、同じく抽象表現主義に含まれる芸術家、ジャクソン・ポロックのドリッピングを思わせるような「不定形の要素からなる絵画」の二つに大きく分けられるが、ホフマンはこれらの作品の中で大胆で実験的な形態や色彩を生み出し続け、西洋の20世紀を代表する芸術とは異なる、アメリカ独自の絵画表現の成立に大きく貢献した。
”プッシュ・アンド・プル”って何?
先程紹介した作品のタイトルにもある「プッシュ・アンド・プル (Push and Pull)」はハンス・ホフマンの絵画理論において重要な概念である。
※プッシュ・アンド・プル:
画家ハンス・ホフマンが提唱した絵画理論。「面」として析出された画面内の要素が「押し」合い「引き」合う視覚的効果のことを指す。1933年にニューヨークにハンス・ホフマン美術学校を開設し、非具象的傾向を強めながら展開したホフマンの自作に応用された理論であると同時に、セザンヌやキュビスムなどの絵画を解釈する鍵概念としても援用された。
(Artscape アートワード 「プッシュ・アンド・ブル」の一部を引用)
私自身もこの概念を完全に理解しているとは言い難いが、ともかく、ホフマンは絵画に描かれた複数の面を動態的に捉えていたということがポイントらしい。ホフマンによれば、絵画を見た時、絵の平面は受け取った刺激とは反対方向に自然と反応し、こうした平面の出没、すなわち「押し引き」の効果は絶え間なく続く。実際、1950年代を代表するホフマンの抽象画を見ると、交差し、重なり合う大胆な色彩の長方形が相互に影響し合う関係にあって、一義的な位置関係を持たない絵画的空間を創出しているのが分かる。
なるほど、ホフマンが提唱した”面の運動”という観点での絵画平面への視点が、広い色面が印象的なセザンヌの絵画や、彼に続くキュビスムの平面性と関連付けて語られるのも納得だ。「プッシュ・アンド・プル」の理論は、批評家クレメント・グリーンバーグや、”アクション・ペインティング”という用語を生み出したことで知られる画家ハロルド・ローゼンバーグらに影響を与えたとされている。このような点からも、ホフマンが抽象表現主義の最重要人物であったことが窺える。
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今回は抽象表現主義の画家ハンス・ホフマンの特集でした。
簡単にではありましたが、少しはホフマンの絵画を知ることができたのかなと思います。そして、無性に惹きつけられる作品や”もっと知りたい”と感じるような作品との出会いを大切にしたいと改めて感じました。
Hans Hofmann Estate というサイトで彼の作品がいくつか見られるので、興味を持った方は是非覗いてみてください!!
参考資料
・Hans Hofmann Estate
・Hans Hofmann Biography: Guggenheim Collection (New York)
・artscape HP アートワード
・BANPFA HP