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重なる時間

「バスが来ない。」
 今は一二月。
 かみなの目の前には、冬の澄んだ空気の中できらめいているダム湖。
 休みを利用し、私鉄の先っぽの駅に訪れていた。
 都内と思えない程、空気が澄み、ゴミ一つ落ちていない。
 ダムの水は底が見える程透明で、富士の湧き水のように水嵩に柔らかみがあり、見るからにのど越しが、てぅるん。としてそうだった。
 バス停と、ダム湖を挟んだ向こうにはこんもり高い山があり、その下に慰霊碑が見える。
 雲の影が、玻璃の焼き物のように煌めく水面の上を通り、山を超えていく。
「ぢょう良いながめ。」
 一時間以上同じ場所に立っていても見飽きる事がない。
「ごめん…私が焼き芋食べたいって言って、さっきのバス乗んなかったから。」
 かみなは小柄な身体を更に小さく縮こまらせた。
 ダム湖を回った後、調度バス停の反対側に石焼き芋のトラックが停車していた。
 それを見た素直なかみなの腹時計は、おやつの時間をお知らせした。
「う~ん、ほらこうやってゆっくり眺める時間が出来たし、良い小旅行だったよね…バスう来ないけど。」
 必死のフォローを入れる浩馬こうまだが、バスが来ない不安を拭い切れていない。
 かみなはバス停のベンチに腰かけるのを止め、ダム湖周辺の煉瓦道を歩き始めた。
「どうするの?」
「一つ先のバス停まで歩く。」
 かみなは鼻水をすすりながら、ずんずん歩いた。
 すると、道行く先の足元に、鉄の装飾を見つけた。
 その鉄の装飾の周りだけ、約30センチ幅ほど窪んでいる。
「なにこれ」
 かみなは駆け寄り、鉄の装飾の上でしゃがみ込んだ。
 鉄に窪んだ文字で『日時計』と書かれている。
「あれ?こういうのうちの小学校にもあった気がする。」
「今日の日付に近いところに立つと、影の向きで時間が分かるんだよな。」
 かみなは日時計の中央にある線を見た。
 ここを正中線として立つらしい。
 中央の線には、まちまちの日付が書いてあり、一番下に『冬至』とあった。
「今、調度三時くらいか。」
 浩馬が日時計の端からかみなの影を覗き込む。
「何かここ立ってると暖かいよ。」
「日が当たってるからね。」
 浩馬がかみなを後ろから抱きしめ影が重なる。
「寒い?」
「暖かい。」
 影が4時に近づくまでバスは来なかった。
 どうやら、先のバスで駅に向った他の観光客が、バスの中でお酒を飲んでバカ騒ぎし、地元の人と大喧嘩になったらしい。
「出くわさなくて良かったね。」
「かみなは優秀な時計だな。」
 帰りの電車がくるまで二人は手を繋いでいた。

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