朝の一コマ
その女は夢の中で映画館にいた。
一番後ろの席で足を伸ばしやすい。
女がスクリーンから視線を少し下に落とすと、みんながスクリーンに夢中になってるのが分かった。
スクリーンの中では年若い青年が公園でハトに餌をやりながら、ベンチに座っている。
レンズと顔の隙間から目線と眉を上げ、視線で何かを取ろうとでもしてるようだ。
その映画はずっと朝が続いた。
同じ場所の朝の一コマが、ずっと流れ続けるだけの映画だった。
晴れの朝。曇りの朝。雨の朝。
途中、度々娘と思わしき少女が男性を迎えに来るようになる。
次第に青年は歳を取り、良い感じにダンディになったかと思うと、次には腰が丸くなり杖を持ち老け込んだ姿になった。
その次には何故だか頭部側面に白いコットンを付けていた。どうやら怪我をしたようだ。
何時の間にかスクリーンの中の空気は黒く淀み、男性の座っているベンチの周りもゴミだらけになっていた。
「しくしく」
「ひっく…」
劇場内の観客たちは、この単調な映画に見入り、今のシーンでは涙ぐみさえしている。
(こんな退屈な映画に泣いてくれるなんてみんな優しいな。)
女は心の中だけで思った。
映画が終わりモノローグが流れると、劇場はで拍手喝采となった。
劇場上部の照明が点き。みんな感嘆の声を上げて外へ出ていく。
「どうでした?」
清掃員の男が女に声をかけてきた。
その男はスクリーンの中いた男性だった。
青年の姿だが、その笑顔には功労者特有の年季がある。
「お父さんはどうだったの?」
女性の両目からは涙が止めどなく溢れていた。
「最高の人生だったよ。」
清掃員の男と女は手を繋ぎみんなと反対の方向の出口から出て行った。
そこで、リディは目覚めた。
母の葬儀を終えた翌日。父母の使っていたベットで目覚めたところだった。
「起きなきゃ」
葬儀の翌日も日常は続く。
リディはリビングでトーストを齧りながら、壁にかけられた家族の写真と賞状を見渡した。
父に死後送られた賞状が目に留まる。
リディの父は毎朝、診療所を開ける前に、公園に赴いては、目の前の工場に入ってく人間を観察していた。
工場は50年経ってやっと、工場の有害物質と、工場業務員達の肺癌の関連性を認めた。
その証拠となったのが、リディの父の毎朝の観察日記と患者の症状のカルテだ。
毎朝公園へ行って、帰って夜まで診療をする生活で幸せだったろうかと疑問に思う。
「死人に口無しね。」
リディは父から引き継いだ診療所で、今日も仕事を始める。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?