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記憶

 最後に物語を書いたのがいつだったのか思い出せない。書き終えたと同時に、それは私から跡形もなく流れ出て、名前の数々や雑多な記憶、退屈な、取るに足りない時間の片鱗にいたるまで、ありとあらゆるものを根こそぎ奪い去っていった。だから私には書くべきことなど、もう何も残ってはいないように思える。書くべきことが、というより、私にはもう、何も、なすべきことも行くべき場所も何も、残っていないように思える。一日の仕事を終え、くたびれて、寝につこうと重い体を動かした瞬間、思わずこみあげるあくびみたいなものだ――何がって? 私が、だ。どうしようもない惨めな一日を締めくくる、行為主のいない、最終的な乾いたあくび、それが私なのだ。せめて涙がいっしょにこぼれてくれたらと思う。とはいえ、私には何かを書こうって気がまったくないというわけでもない。そこうするうちに、また何もない一日をただ過ごしているだけの亡霊のような存在を、ここに見いだすだけなのだが。


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