放課後の渡り廊下で
学校を舞台にした怪談は数多くある。
七不思議がある学校もきっと多いだろう。
わたしが通っていた学校にも七不思議があると言われていたが
興味がなかったのでよく知らない。
10代の頃、家に帰りたくなくて
放課後遅くまで学校に残って友人と遊んでいた。
遊ぶといっても喋ったりマンガを読んだりトランプをしたり。
今と違ってインターネットも携帯もない。
それでも仲の良い友人と一緒に過ごす時間が心地よかった。
家に帰れば家事が待っている。
そんな現実から少しでも長く逃げていたかった。
時には見回りの先生に見つからぬよう
息を潜めて隠れて施錠後もコッソリ残ったこともある。
そんな時は一階の鍵の壊れた場所を知っていてそこから抜け出て帰ったりした。
見つかって職員室でこっぴどく叱られることもあったのだが
我ながら呆れるほどに堪えていなかった。
そんなある日。
いつものように友人たちと居残りしていた。
喋りながら意味もなく学校中を歩き回るということも
わたしたちには珍しいことではなく、その日も2階の渡り廊下から
テニス部の練習を眺めていた。
その渡り廊下には大きなショーケースが置いてあり
中には男女のマネキンが制服を着せられていた。
七不思議の一つ「渡り廊下のマネキン」である。
夜になるとマネキンが動き出す、というものだったと記憶している。
そもそもそんな時間に学校で誰が目撃したというのか、と当時も一蹴した記憶がある。
高台にある学校で周囲に民家はあるものの、渡り廊下があるのは中庭の部分。
ここは校内に立ち入らないと絶対に見えない場所だ。
校舎の中をマネキンが彷徨いたとしても通りから校舎の中までは見えない造りになっている。
作り話はなんでもアリだよな、と冷めた反応をしたものだ。
そのマネキンの正面に友人たちと立ち、改めて眺めてみた。
昔よく見かけたタイプのマネキンで、自分たちと同じ制服を着てはいるが
西洋の顔立ちなので違和感しかなかった。
そこでまた七不思議の話になるのは自然な流れだったと思う。
へー、ふーんと眺めていたところで1人が「マネキンが動いたあああぁぁあ!!!」と叫ぶと同時に走り出した。
いつものイタズラだと頭の中では理解しているのに釣られてきゃーっと走ってしまう。
渡り廊下の真ん中から自分たちのクラスのある校舎へ走り、突き当たりを左に曲がる。
わたしも同じように左に曲がろうとした、その時。
右肩に強い衝撃を受けてわたしは弾き飛ばされるように転んでしまった。わたしの後ろを走っていた友人が強さのあまり肩でタックルするような形でわたしを突き飛ばしたのだ!
冗談だとわかっていたはずなのに、ここまでするとはやり過ぎだ。
わたしは大声で講義した。
この子にこんな力があったのかと思うほどの衝撃だった。
本気で突き飛ばしていくなんて酷すぎる。
そんなわたしの反応を見て2人の友人は顔を見合わせた。
何を言っているのかわからない、という素振りで2人は言った。
「あんたずっと一番後ろを走ってたよ」
思わず耳を疑った。
そんなことあり得ない。
当時のわたしは俊敏でクラスでも走るのが早い方だった。
仲の良い友人たちの中でも一番早く走ったのはわたし。
マネキンの前でもわたしは友人たちの間に立っていた。
ヨーイドン!で駆け出して友人たちに遅れをとるはずがない。
何より真後ろで走る足音を聞いている。
わたしは2人を疑った。
見かけよりずっと短気なわたしのことを面倒くさがって2人で演技しているのだと。
ふざけないでよ!とイラつくわたしに対しても2人の反応は変わらなかった。
最初に走り出した友人が怖いから帰ろう、と根を上げてそれきりになった。
今でもわたしはハッキリと覚えている。
後ろを走る足音も、肩にぶつかってきたあの感触も。
わたしがぶつかったのは何者だったのか…
(ここだけの話だが、わたしは今でも友人たちにしてやられたと思っている…)