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【短編】白昼夢

すうっと、やさしく私の長い髪に指先を通す。目の前にある彼の瞳は、愛おしく自分の子供を見ているようにも見えた。

いつもはあるはずの左手薬指の指輪も、私を気遣っているのか、それとも独身のフリでもしているのか。私に会う日は決まってつけていない。

私の前でだけは、言わずとも、わたしが一番だと思わせてくれるような優しい眼差しで私を見つめるし、逞しい腕で私を力いっぱいに抱き、壊れ物でも扱うかのように優しく指先を這わすものだから、私は何度もこの関係をやめようとしたのに、また何度もやり直してしまった。


「……好き」

彼の胸の中で小さく溢す。この声が彼に届いたのかは分からない。だけど、彼からは返事はなかった。きっと、聞こえていなかったのかもしれない。

すると、聞こえていなかったのかも、と思おうとした私を抱く彼の腕の力がさらに籠る。

それが彼の返事だった。きっと、聞こえていたんだと思う。

「キス、して」

返事はいらなかった。そんなもの、求めてはいけなかった。

彼は、彼なりに私の事を大切にしてくれていることは分かっていたし、でも、それでも彼には最も大切なものがあることも知っていた。

私のほうが後に出会ってしまったのだから、仕方がなかった。


ちゅ、とリップ音が静かな部屋に何度となく響く。

どうしようもない気持ちを紛らわせるように、私たちふたりは、強く、深く、お互いを求め合った。


彼といれば、苦しいことも多かった。

たけど、一ヶ月に一度、こうして求め合う瞬間だけは、その苦しさも不思議なほど和らいだ。まるで、夢でも見ているような、わたしにとって唯一、幸せに包まれる瞬間だった。

だけど、それも今日で本当に最後にしてしまうね。


「さよなら」


わたしの隣で眠る愛おしい彼の瞼にそっとキスを落とす。

キスを落としたと同時に、私の視界はぐらぐらと揺れ、気づけば頬は濡れていた。

私が、一番になりたかった。

本当は、私を選んでほしかった。

だけど

この恋を、きれいな“秘密”で終わらせてあげるから、誰よりも幸せになって。

世界で一番だいすきな人。





( ※ my hair is bad / 綾 にインスパイアされたショートショートです )

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