アーカイブ:【ウェン・ワン・ドアー・シャッツ・アナザー・オープンス】
1.
「イヤーッ!」
それは突然現れた。突然……否。予兆はあったのかもしれない。少なくとも、彼女の両親は、命を落としていた。本来なら、彼女もまた、共に死ぬはずであった。心中。まだ幼い彼女にはよくわからない概念だった。両親だけが死に、彼女は生き残った。生き残って、しまった。
「ドーモ……アァ?ガキだけ?クソ親共は……ほはっ、成る程な!」扉を蹴破り、彼女の前に現れた男は。ニンジャだった。男は侮蔑的な目で彼女を見下ろした後、冷たく横たわる二人の成人した男女を見る。「心中か!ガキは死にそびれたようだなぁ!これはいい!」
男は、ニンジャは、俯く彼女の髪を掴み、顔を上げさせた。彼女は目を閉じている。「はん、いいか、よく聞けガキ。お前のクソ親共は派手な借金だけ残していったんだ……お前にはそれを払う義務がある!非合法商業施設行きだぞガキ!ほはっ、ほははっ!」ニンジャは下劣に笑う。
「……」彼女は、何も喋らない。状況の把握は出来ていないだろう。「ほははっ!ほは……む?お前……何故俺を畏れぬ?」ニンジャは訝しんだ。彼女は目を閉じている……。「畏れよ!俺は」「ニンジャ」「そうだニンジャだ!俺は恐るべき……え?」「イヤーッ!」
「グワーッ!?」ニンジャの腹部をカタナが貫いた。カタナは彼女の額すれすれで止まる。「な、グワ、ナンデ……」ニンジャは彼女を離し、振り向く。そこには、茶髪の男が居た。得物と同じか、或いはそれ以上に鋭利な目がニンジャを睨んでいた。「……ドーモ」
男は軽く頭を下げ、アイサツをする。「ヘルハウンド=サン。ブラックチューターです」「グワッ、ド、ドーモ、ブラックチューター=サン……ヘ、ヘルハウンドです……」ヘルハウンドは息も絶え絶えにアイサツを返した。「な、何故俺の名を」「セクトのデータベースを舐めるな」
「セクト?セクトナンデ?お、俺は、俺も、セクトのニンジャで特に何も非は無く実際粛清の必要性は無い!」「ああ。そうだろうよ」ブラックチューターはカタナを捻る。「グワッ、アバーッ!な、ならばナンデ!?」「俺はセクトのニンジャじゃねぇからな」「え」「イヤーッ!」
「アバーッ!」ヘルハウンドが断末魔の叫びをあげる。ブラックチューターはカタナを抜き、その様を見届けようとした。が、床に倒れこむ彼女を見ると、ヘルハウンドを掴み、蹴破られた扉の方へと投げ飛ばした。「サヨナラ!」ヘルハウンドは爆発四散した。
ブラックチューターはヘルハウンドの爆発四散を一瞥すると、倒れ込む彼女を立ち上がらせた。彼女は目を閉じている。「アー……おい。大丈夫か」「……」彼女はコクリと頷いた。目は閉じたままだ。「……お前。目。見えてないのか」「……」彼女はコクリと頷いた。
◆◆◆
「アー……ドーモ。俺は……ミグチだ。ミグチ・ケー。お前は」「……ドーモ。アヤミです……マコリ・アヤミ」アヤミと名乗ったその少女は、消え入りそうなか細い声で言葉を紡ぐ。それを聞きながら、ブラックチューター……ミグチは先を憂いていた。(どうすっかねぇ……)
彼は元セクトの者だ。大した階級でもなく、実際セクトの目の敵ということもない……が、追っ手は勿論存在している。為に彼は、ニンジャ性を抑え日々を慎ましく生きることに努めていた。彼に憑依したソウルは格が低く、ニンジャ性の発現の心配性も無かった。
しかし彼は、今日この時、ウカツというべき事をしてしまった。偶々通りすがったこじんまりとした家。荒っぽく破られた跡が目立つ扉。その中で広がる光景。ニンジャが、幼い少女に危害を加えようとしている……気がつけば彼は、アンブッシュを仕掛けていた。
ヘルハウンド。アマクダリ・セクトの末端。知らぬニンジャではなかった。セクト所属時代に顔と名は見たことがある。向こうはブラックチューターを知らなかったようだが。(末端とはいえ、セクトのニンジャを殺っちまったのはウカツだったな)「……おじさん」
「ア?」ミグチはアヤミを見る。「……あの……」「なんだ」彼は多少面倒そうな顔で言う。(なんで助けちまったんだろうなぁ、こんなガキを。盲目をサイバネで治すカネもない家のガキ……)ミグチは冷たく横たわるアヤミの両親を見る。心中。彼は舌打ちをした。
「おじさんは、どんな人なの?」アヤミが消え入りそうな声でミグチに問う。「どんな人?」ミグチは聞き返す。「えっと、悪い……人?」「……アー……どういうべきかね。まぁ、寝たきりのブッダ殿よりはマシだと思うよ」頭を掻きながら彼はそう答える。アヤミは微笑んだ。
「よかった」アヤミは安堵の息と共に胸をなで下ろす。そのバストは平坦であった。「えっと、ありがとう、おじさん」「……ミグチだ」「あ……ごめんなさい。ありがとう、ミグチ=サン」ミグチは答えない。ただ、アヤミの手を掴み、家を出た。セクトの網は大きい。
ヘルハウンドのバイタル反応の消失は既に近隣の追っ手に知られているだろう。彼は出来るだけ遠くに離れることにした。「ミグチ=サン。どこいくの?」「遠くだ」「遠く」「遠くだ」答えながら、ミグチは自らの行動に疑問を持ち始めていた。何故、自分はアヤミを連れている?
追っ手の目的は自分だ。アヤミは何ら関係は無い。放っておけばいい。非ニンジャ、それも十代程の少女。手荷物になることは確実。「……ミグチ=サン?」アヤミが消え入りそうな声で、不安げに呼び掛ける。「……残りたいのなら残れ。ただ、ついてきた方が安全ではあるが」
それを聞き、アヤミはコクリと頷いた。「うん。ついてく。だって、ミグチ=サンは悪い人じゃないんでしょ?」「……」ミグチは答えず、アヤミを連れ、ネオサイタマを駆けていく。
◆◆◆
「フーム……」暗い部屋。戦略チャブの置かれたその部屋に、ニンジャが一人。彼はロブストボア。アマクダリ・セクトの恐るべきアクシス・ニンジャである。彼は壁に掛けられた『不如帰』のカケジクを見ながら顎をさする。禍々しいメンポが鈍い光を放つ。
メンポ同様、鱗じみたニンジャ装束も鈍い光を放っている。「ヘルハウンド=サンのバイタル反応の消失。近いのは……ポイズナー=サンか」彼はIRC通信を繋げる。彼と同じくアクシスに位置する凶悪なニンジャ、ポイズナーへと。彼は業務的に、無機物的に指令を出した。
ポイズナーもまた、機械的返答をし、通信を切ろうとしたのをロブストボアは止めた。そして考え込む。「あの辺りには確か……ブラックチューター=サンの潜伏疑惑があったな。彼がセクトのニンジャを殺めるなどというウカツをするとは思えん。別な野良ニンジャの可能性……」
彼はポイズナーに、見込みある野良ニンジャならスカウトせよ、反抗するようであれば容赦なく殺害せよ、と伝えた。ポイズナーは機械的に答え、両者の通信は終了した。「最近は野良ニンジャの増加が目立つことよ……む?」彼は再びIRC通信機を取った。
通信相手は……末端のニンジャ。ロブストボアはそのニンジャと通信を繋げる。ニンジャの名はムエボーラン。アマクダリに恭順するヤクザクランのヨージンボを勤めているニンジャだ。ムエボーランは、謎の野良ニンジャによって所属するヤクザクランが崩壊したことを報告した。
そして、その野良ニンジャを追うための増援要請をした。「フーム。ヘルハウンド=サンを殺った野良ニンジャではないな。位置が遠すぎる。フーム……まぁ、増援は寄越してやろう。ムエボーラン=サンでは少々の不安があるでな。ペリノア=サンを遣わそう」
ロブストボアはその旨をムエボーランに伝えると、通信を切った。顎をさする。「野良ニンジャ……実際目障りなものだ。システムによる秩序の世界には邪魔な……僅かなエラー……故に早期の対処をせねばならん。つくづく面倒なことであるよ」彼は目を閉じた。
◆◆◆
ミグチはアヤミを連れ、廃墟へと忍び込んだ。人の気配はない。ヨタモノの溜まり場の形跡も無い……ヨタモノがいたところで、ミグチはニンジャであり、何ら問題は無いのだが……安全に越したことはない。こちらにはアヤミがいる。極力戦闘は避けねばなら無い。
「おい。着いたぞ。休……め……」ミグチはアヤミを振り返り言う。言おうとした。そして、溜息を吐いた。微かな寝息。アヤミは既に眠っているようだった。「おいおい……安心し過ぎだっての……」彼は半ば呆れたように独り言を放った。
(……なにしてんだろうねぇ、俺は)ミグチは物思いにふける。ニンジャになる前の時期の事。ニンジャになった直後の事。アマクダリ・セクトに所属していた時期の事。システムによる秩序というものに重圧を感じ、セクトを抜けた時期の事。そして、今。
衝動的だった。フシギだった。自分は、ニンジャなのに。か弱き少女を助けるなど。ニンジャなのに。義憤に駆られるなど。ミグチはアヤミを見る。安らかな寝顔だ。あの時ミグチが助けなければ、アヤミはあのままネオサイタマの闇に蹂躙されていたことだろう。
「なぁ、おい、ブッダ殿。こんな事になっちまってからよ。頼むから最後まで見届けてくれよな……」ミグチはヒビだらけの窓ガラスから覗くドクロめいた月を見る。『インガオホー』。そう月が呟いた気がした。
ミグチもまた、休息を取った。アヤミがいるため、眠りはしない。周囲に警戒を張り巡らせる……ニンジャが一人、それ以外に複数の気配。ニンジャではない。クローンヤクザだろう。ミグチは立ち上がる。「もう割れちまってんのか。休息の暇もありゃしない……」
立ち上がったミグチは羽織っていたジャケットを脱ぎ払った。そしてそれをアヤミに被せ、ヒビだらけの窓ガラスの側に立つ。眼下には……やはり、ニンジャが一人に、クローンヤクザが……六人。クローンヤクザの人数にだけ注目すれば、大した戦力ではない。
だが問題は、ニンジャだ。たった一人のニンジャだが……その身体はスモトリめいており、四肢は丸太めいて太い。まず間違いなくビッグ・ニンジャ。(面倒な奴が来やがったなぁ、おい……ブロンズゴーレム、だったか奴は?)ミグチは注意深く観察を続ける。
ブロンズゴーレムは、ミグチには気づいていないようだ。アンブッシュを仕掛けるべきか。彼はカタナを握る手に力を込めた。彼に宿るは名無しのソウル。装束もメンポも生成できなければ、スリケンを生成することも叶わないサンシタのソウル。ジツも無し。
故に彼はカラテを鍛えた。ノー・カラテ。ノー・ニンジャ。かつて彼のメンターを務めたカラテ戦士たるニンジャの教えだ。ミグチは窓ガラスをゆっくりと、音を立てずに開く。そして、一度深く息を吸い、吐き……キッと目を見開くと、開けた窓から飛び降りた。
落ちる。落ちる。彼はカタナを突き立て……「イヤーッ!」「グワーッ!?」アンブッシュ!しかしやはりビッグ・ニンジャ。大した傷はつけられぬ。「「「「「「ザッケンナコラー!」」」」」」クローンヤクザが一斉銃撃!「イヤーッ!」ミグチはカタナを荒っぽく抜く。
「イヤーッ!」スモトリめいた巨体の、山のように盛り上がった肩を踏み台にミグチは跳躍。クローンヤクザの一斉銃撃の数発が巨体にめり込む。 しかし、ニンジャはビクともせず!なんたるビッグ・ニンジャの巨体の誇る筋肉が生み出す非凡なるニンジャ耐久力か!
「フゥーッ……痒いぜ実際」ニンジャは巨体を揺らしながらミグチへ向き、緩慢なアイサツを繰り出す。「ドーモ、ブロンズゴーレムです」ミグチは高い跳躍から着地、そしてアイサツ。「ドーモ、ブロンズゴーレム=サン。ブラックチューターです」両者の目線がかち合う。
「ブラックチューター=サンとな。これは、これは。ウカツをしでかした野良ニンジャが、よもやブラックチューター=サンとは」ブロンズゴーレムは哄笑する。「俺が何故派遣されたかはわかるだろう」「ああ、わかっているさ。俺のカタナの錆になりにきた」「……ほざけ!」
ブロンズゴーレムが叫ぶと同時に、クローンヤクザ六人が完全に揃ったヤクザスラングを言い放ちながら一斉射撃の姿勢をとる。その額に次々刺さっていくスリケン。ナムサン!何が起きたのか!読者の中にニンジャ動体視力の持ち主がおられれば、その方にはわかっただろう。
ブロンズゴーレムが叫ぶ直前の数秒。ニンジャにとってはあまりに長いその時間の中でミグチは懐からスリケンを取り出し、投擲した。計六枚のスリケンは、六人のクローンヤクザを即死せしめた。彼はその事実を確認する暇もあらば、カタナを構えブロンズゴーレムに突撃する!
「小癪な!」ブロンズゴーレムはどっしりとビッグ・カラテを構え迎え撃つ。「イヤーッ!」ミグチのカタナ!「イヤーッ!」ブロンズゴーレムは防御の姿勢を取る。カタナが弾かれる!「イヤーッ!」休む間も無くミグチのケリ・キック!「イヤーッ!」防御!
「イヤーッ!」ブロンズゴーレムは防御を解き、ビッグ・カラテを打ち出す!「ノロマが!」ミグチはこれを楽々と回避。ブロンズゴーレムの背面へ即座に回り込み、「イヤーッ!」カタナを突き出す!「グワーッ!」ブロンズゴーレムの背へカタナが深々と突き刺さる!
「小癪!」ブロンズゴーレムはカタナの刺さった背に力を込める。カタナはブロンズゴーレムを貫き通すことなく、中途で止まる。背骨にすら到達ならず。引き抜くのは困難。「フハハ!無駄な足掻きはやめよブラックチュ」「イヤーッ!」ミグチの飛び蹴り!「グワーッ!?」
ブロンズゴーレムの丸太めいた首に飛び蹴りが深々とめり込む。「小癪」「イヤーッ!」ブロンズゴーレムが首に力を込め、ミグチの脚を潰そうとした瞬間、彼は強烈なチョップをブロンズゴーレムの頭部へと炸裂させた!「グワーッ!」ブロンズゴーレムが蹌踉めく。
「イヤーッ!」ミグチは脚を一度離すと、再び強烈な蹴りを繰り出す!「グワーッ!」先程よりも深く蹴りがめり込む。ブロンズゴーレムは首に力「イヤーッ!」ミグチのチョップ!「グワーッ!」ブロンズゴーレムは蹌踉めく。ミグチは脚を離し、再び強烈な蹴り!「イヤーッ!」
蹴りが先程よりも深く深く、更に深くめり込む。首の骨へと到達する程に!「グワーッ!グワーッ!」ブロンズゴーレムはブザマに叫び散らす。ミグチは再度脚を離すと、大きく脚を振りかぶった。「終わりだノロマ!イヤーッ!」「ヤメロー!ヤメアバーッ!!」首骨粉砕!
ブロンズゴーレムは痙攣しながら膝をつく。首骨を粉砕され、ガクガクと揺れる首へ、ミグチの水平チョップが放たれる。「イヤーッ!」「アバーッ!!」首が千切れ飛び、スプリンクラーめいて血が噴き上がる!ミグチは離脱した。「サヨナラ!!」ブロンズゴーレム爆発四散!
ブロンズゴーレムの爆発四散を確認すると、ミグチは廃墟へと飛び入った。アヤミの元へと早足で向かう……彼は自嘲した。何故、自分はここまで彼女の為に動いているのか?たかが非ニンジャの屑。価値のある人間でもない。ただの盲目の少女だというのに。
アヤミの元へ辿り着く。彼女は相変わらず、安らかな寝顔を浮かべていた。(……セクトのニンジャを二人も殺った。もう後戻りはできんしな……ブッダ殿に見放されるまでは、頑張ってみるかね……)彼はアヤミに寄り添い、今度こそ、休息を取ったのだった。
2.
「イヤーッ!」「グワーッ!」ミグチの右ストレートがキルパンサーの顔面を打つ。「イヤーッ!」「グワーッ!」キルパンサーの反撃!恐るべき牙がミグチの肩へ喰らいついた!「死ね!ブラックチューター=サン!死ね!」「生憎……」ミグチはキルパンサーの顔を引き剥がす。
「なにっ!」キルパンサーが目を見開く。「生憎、俺のニンジャ耐久力は非凡だって……セクトのデータベースに載ってなかったか!」ミグチは引き剥がしたキルパンサーの顔へ強かな左ストレートを打ち込んだ。「イヤーッ!」「グワーッ!」キルパンサーは後ずさる。
「イヤーッ!」ミグチはキルパンサーの腹部へ鋭いケリ・キックを放つ!「グワーッ!」キルパンサーはふらつきながら後ずさる!「おのれ、ブラックチューター=サン!俺は実際ここまでであろうが、ポイズナー=サンも貴様を追っているのだ!」ミグチは片眉を吊り上げた。
「ジゴクで待っているぞ、ブラックチューター=サン……!」キルパンサーは両手を広げ、憎悪の目をミグチへ向けた。「ああ、先に行って待ってろ。大分長いぞ。イヤーッ!」ミグチは懐から取り出したスリケンをキルパンサーの額へ投擲!「グワーッ!サヨナラ!」爆発四散!
ミグチはキルパンサーの爆発四散を、難しい顔で見ていた。彼は歩き出し、キルパンサーによって弾き飛ばされた己のカタナへと近づき、拾い上げた。鞘に入れながら、彼は思考する。ポイズナー。(ポイズナーが出るか。それは面倒なインシデント……ブッダ殿はいつ起きるのやら)
ポイズナーはアマクダリ・セクトのアクシスであり、ミグチも何度か手合わせはしている。ただし、ポイズナーのジツは手合わせであっても死亡の危険があり、彼はジツを使用しなかった。(今度は手合わせってわけにはいかんだろうから、ジツを全力で使ってくるだろうな……)
彼は陰鬱な気持ちを振り払い、アヤミの隠れ場所に向かった。アヤミは自分から出てきて、ミグチの方へと向かった。盲目とは思えぬ決断的なムーヴは、ミグチに幾分かの安らぎを与えたのだった。彼らは逃避行へと戻る。
具体的な目的地は無い。ぼんやりとした目的地……ひとまずはロブストボアの管轄を逃れる。今までは、寧ろロブストボアの管轄内の方が安全であった。何故か?……ロブストボアはゲームを楽しむかのように物事を進める。それも、ハンデを持ったような状態で、だ。
ロブストボアの、カラテ強者であるが為の余裕からくる支配、追跡、捜索。故に、目立つ行動をしなければ、ミグチは安寧な人生を送ることは容易であったはずなのだ。だがミグチは、目立つ行動をしてしまった。ヘルハウンドの殺害。見ず知らずの少女を助ける為に……。
今まではロブストボアの目は余裕のものであったが、ニンジャを殺ったとあればそうはいかない。ハードモードだ。(一歩。一歩でいい。一歩でもロブストボアの管轄外に出れば、後はベイビー・サブミッションってとこ……その後どうすっかな。中国地方にでもいくか?)
「おい」「え?」アヤミにミグチは話しかけた。「何処か行きたいところはあるか?……アー、ネオサイタマ以外で」「……わかんない。ネオサイタマ以外の場所、知らないし。それに……住んでた地域以外、知らないし」アヤミは答える。
「だから、ミグチ=サンが行きたいところが、今の私の行きたいところだよ」アヤミは明るい色の言葉を紡いだ。ミグチは、短く「そうか」とだけ返すと、アヤミを背負い、駆け出した。ヘルハウンド、ブロンズゴーレム、キルパンサー。三人ものニンジャを殺害した事実は、重い。
キルパンサーの最期の言葉が真実であるならば、ポイズナーが向かってきている。追いつかれれば……ミグチ一人であれば、勝機はあるかもしれないが、今は、アヤミというか弱き非ニンジャの少女が共にいる。庇いながらのイクサは避けなければならない。追いつかれてはならぬ。
◆◆◆
《ポイズナー=サン。件の野良ニンジャだが、何かわかったことはあるか》ロブストボアからの音声通信にポイズナーは答える。「足跡が検出された。小さい足跡だ。子供の物だろう。小学生程、といったところだ」《ほう、子供。子供のニンジャが三人のニンジャを葬ったと?》
「そう思うか?俺は思わんな。足跡はな、移動の痕跡しかない。イクサの場に、子供の足跡は残っていない。件の野良ニンジャの同行者と見ていい」ポイズナーは鑑識クローンヤクザが渡した書類を見ながら言う。《同行者。子供を伴って逃走劇か。フーム、何者であろうな?》
「気になるのなら空撮でもすればどうだ」《断る。私のやり方でやらせてもらう。ここは私の管轄下だからな》「ロブストボア=サン。効率を求めるべきではないのか。アンタはゲームでもしているつもりなのか」ポイズナーはやや苛立ちながらロブストボアへ言葉を放った。
《ゲーム。いい例えだ、ポイズナー=サン。そういうことだ。私はゲームを楽しむ……時にポイズナー=サン、君はショーギを打ったことはあるかね》「……数回は」《ポイズナー=サン、ショーギは相手が何処に何を打つかを予測するのが楽しいんだ。個人的な考えだがね》
ロブストボアはスイッチが入ったかのように語り出した。《予測するのは楽しい。が、最初から答えがわかっていてはつまらないと、そう私は思うのだ。勝ちを楽しみたいのではない、読みあう事を楽しみたいのだよポイズナー=サン。完全に答えを把握するのは、つまらない》
「……わかった」ポイズナーはウンザリとした様子で返す。《わかってくれたか。では引き続き追跡を続けてくれたまえ》「アンタはいつ前線に出るんだ?」《ム?いや、出る気は無いよ。頑張るのは現場の君達だ。励んでくれたまえ。では、オタッシャデー》通信が切断された。
ポイズナーは軽く顔をしかめると、鑑識クローンヤクザを伴って追跡を再開した。その瞬間、キラーパンサーのバイタル反応が消失した。そう離れてはいない。ポイズナーは反応消失場へと急行する。
鑑識クローンヤクザは追いつけず、どんどん離れていくが、最早ポイズナーは気にせずにニンジャ脚力を活かし移動する。ある程度野良ニンジャの情報は掴んでおり、鑑識クローンヤクザは荷物になるだけだからだ。「イヤーッ!」「アイエエ!?ニンジャ!?ニンジャナンデ!?」
アワレ、無力なモータルがポイズナーの進路に存在してしまっていた。「イヤーッ!」「アイエエ!?」逃げようとする無力者の逃走方向にポイズナーは着地し、「イヤーッ!」「グワーッ!」その手首を右手で掴んだ。「ドーモ、ポイズナーです」「アイエエ!アイエエ!」
「悪いがインタビューさせてもらう。素直に答えろ。怪しい人物を見なかったか」「アイエエ!見てません!」「イヤーッ!」ポイズナーは右手で掴んだ無力者の腕に、左手を近づけた。すると、「アバーッ!」ナムサン!無力者の中指がみるみるうちに溶けていく!
「もう一度聞く。怪しい人物を見なかったか。二人組だ」「アイエエ!知りません!」「イヤーッ!」ナムサン!無力者の手がみるみるうちに溶けていく!「アバーッ!アバーッ!」無力者は泣き叫ぶ!「さぁ、三回目だ。ブッダも怒るぞ。何でもいい、言ってみろ」
「アイエエ……そ、そういえば、若い男が女の子を連れてこの道を通ったような」「それだ!何故もっと早く言わなかった!イヤーッ!」「アババーッ!」無力者の肘から先が溶けていく!「東西南北で答えろ。どこへ行った!」「アイエエ、北!北です!アイエエ!!」
「そうか。協力感謝する。インタビューは終了だ」ポイズナーは無力者を解放した。「アイエエ……」彼は溶け切った腕を涙目で見ながら、背中を向け、這々の態で帰「だがアンタは俺を目撃した。殺す」「アイエエ!?」無力者の襟をポイズナーは掴み、自分の方へと向かせた。
「イヤーッ!」「オゴーッ!」ポイズナーは無力者の口に腕を突っ込んだ!「オゴ、アバーッ!アババーッ!」無力者の身体が内側から溶けていく!コワイ!なんたる恐るべきドク・ジツ!無力者はあっという間に骨となり、そしてその骨さえも溶け果てた。
「さて、北か」ポイズナーは独りごちる。そして駆け出した。彼は感知型ニンジャではないものの、ソウルの痕跡の残滓を感じ取っている。まだ新しい。「逃げられると思うなよ、システムエラーめが。セクトは小さなエラーをも見逃さん……!」
◆◆◆
「サヨナラ!」レッドシャークは爆発四散した。油断ならぬ強敵であった。ミグチはザンシンを解いた。そこにアヤミがとことこと向かってくる。彼はアヤミを連れ、寂れた工場地帯を進んでいった。もうじき、ロブストボアの管轄を抜ける。一歩。一歩でも出ればいい。
ソウカイヤ時代のニンジャであれば、管轄を抜けようがキンボシを狙いに管轄外へ向かうだろう。だが今はアマクダリ・セクトの時代だ。厳戒なシステム。それはセクトの長所であり、短所でもある。己の管轄外へ向かうニンジャなど、良くてケジメ、といったところだろう。
「今更聞くのもなんだが、おい。ガス臭くねぇか?耐えられるか」「うん……」ミグチの背で、アヤミは顔色悪く答えた。「本当か?ここを抜くのに、あと十分はかかる。駄目なようであれば迂回するが」「十分……なら、平気」彼女は俯いた。数秒後、寝息を立て始めた。
「……呑気なこった」ミグチは独りごちる。彼女のように、もう少し気楽にいってみるか。そうそう絶望することもあるまい。あと十分、あと十分。一歩、一歩でもいい、管轄外へ。気楽に。ベイビー・サブミッション。「……ブッダ殿は、やっぱり起きねぇか」ミグチは自嘲した。
「その通り。よく知っておるではないか。ブッダは起きぬ」ミグチの前に立ち塞がる影は、悠々と掌を合わせ、前傾姿勢を取った。オジギだ。「ドーモ、ブラックチューター=サン。ポイズナーです」ミグチは背のアヤミを案じながら、頭を少し下げ、アイサツをした。
「ドーモ、ポイズナー=サン。ブラックチューターです」「ふん。野良ニンジャはアンタだったか、ブラックチューター=サン。その背で眠る少女はなんだ」ポイズナーは油断ならぬカラテを構えながらミグチに問う。「つまらぬセンチメンタルに流されたか」
ミグチは自らを嘲るかのような声で返す。「ああ。ああ、そうだな。俺も何でかはわからんが、ヘルハウンドのクソ野郎にこいつが苛まされているのを見てたらよ、こうなっちまった」「アンタらしくもないな、ブラックチューター=サン。無慈悲なニンジャではなかったのか」
「アンタらしくもない?」ミグチは肩を竦め、言葉を放つ。「そりゃこっちの台詞だ。変わったな、ポイズナー=サン。システムが何だの、つまらんものに毒されて腐っちまったか」「腐ろうが俺はアクシスだ。ブラックチューター=サン」両者の間にサツバツの炎が灯る。
「ブラックチューター=サン。アンタは実際、被害を与えてきた。ヘルハウンド=サン、ブロンズゴーレム=サン、キラーパンサー=サン、レッドシャーク=サン……だがどれも取るに足らぬサンシタ共よ。セクトに影響はない」ポイズナーは語る。「今ならまだ戻れるぞ」
「戻れる」「そうだ。戻れるぞ。ロブストボア=サンを通してボスに御許しを願ってやる。アンタのワザマエを、ここで散らすのは惜しい」「有難い話だ。丁重にお断りさせていただく」ミグチは両足に力を込めながら言った。「システム、秩序……ダッセ!イヤーッ!」
瞬間、彼は……跳躍した!工場地帯の屋根を跳び伝い、逃走!「イディオット。俺から逃れられると思うてか!小娘を背負いながらーっ!」ポイズナーがその後を追う!「先に死んだサンシタ共四人分よりも遥かに価値があるのだぞ、アンタのワザマエは!今一度考えよ!」
「ならその価値あるワザマエを使ってお前から逃げてやるさ!」ミグチは蛇行じみて屋根を跳び伝う。途上、背で眠るアヤミを、己の胸の前で抱えた。背後にポイズナーがいる状況で、無力な少女を背負うなど、無意味。盾には使えるだろうが、ミグチはそれを良しとしなかった。
「俺を気にするのもいいが」ミグチの後方、離れた位置を駆けながらポイズナーは言葉を紡ぐ。「もう少し周りを見てみればどうだ」「ア?」ミグチは周囲を見渡した。「「「ザッケンナコラー!」」」BLAM!BLAM!ナムサン!クローンヤクザの一斉銃撃!
「イヤーッ!」ミグチはそれらの銃撃を紙一重で回避。そして呟く。「ブッダ……!」彼の視界に入るは、工場地帯の各所に配置されたクローンヤクザ部隊達。一部隊につき六人のクローンヤクザ。それが……見える限りで、十隊。「逃げられるのか、ブラックチューター=サン」
ポイズナーの声が近い。ミグチは振り返った。タタミ三枚分ほどの距離。「しまっ」「イヤーッ!」ポイズナーは右手と左手から毒煙を噴出。そして、それは瞬時にスリケンとなった。ナムサン!ドク・スリケン!「イヤーッ!」「グワーッ!」ミグチの背にドク・スリケンが直撃!
決死の回避行動により、全スリケンの直撃こそ免れたものの、四枚中二枚が背に突き刺さった。「イ、イヤーッ!」ミグチは再び駆けようとする。その身体は次の屋根を跳び伝うことなく、地に落ちた。彼は咄嗟にアヤミを上に、自らを下にして、落下の衝撃を受ける。「グワーッ!」
ミグチは震えながら起き上がり、アヤミを抱きかかえると、近場の工場へと進んだ。「ミグチ=サン?」アヤミは涙混じりにミグチに話しかける。「どうしたの?」「どうも……ねぇよ……こんなのは」言いながら、彼は尻餅をついた。そのまま壁に凭れかかる。
「後もう少し、 後もう少しなんだ実際……二、三分で出れるんだよ」「ミグチ=サン、喋っちゃ駄目。アブナイだよ。声、震えてる」アヤミが泣き顔でミグチに寄り添う。彼女は現在の状況をよくわかってはいない。それでも、ミグチの身に危険が迫っていることは理解できている。
「うるせぇ……俺はよぉ、ニンジャなんだぞ……こんぐらい」彼は朦朧としたままに言葉を口にしていた。「……ニンジャ?ニンジャ、ナンデ?」アヤミは涙を流しながらも、驚愕の顔を見せた。「お前、気づいてなかったのか。盲目だっていってもよ、アトモスフィアがあったろ」
ミグチは深く息を吸い、吐く。指先が痙攣している。「呑気にもほどがあるぞお前……」「ミグチ=サンがニンジャでも、アブナイのはアブナイよ!」アヤミが叫ぶ。彼女は痙攣するミグチの指先に触れ、泣き伏せた。「実に感動的な光景だ。ブラックチューター=サン」
クローンヤクザ六人を伴い、ポイズナーが二人の前に立っている。ミグチはポイズナーを睨み上げた。ポイズナーは何ら気にかけることなく、音声通信を開く。「ドーモ。ロブストボア=サン、件の野良ニンジャはブラックチューター=サンだった。そして今、追い詰めた」
ポイズナーは余裕を見せながら音声通信を取っているように見えるが、ミグチへの警戒は解いていない。彼は恐るべきアクシスのニンジャなのだ。「降伏勧告は既に済ませた。断られた。今から三度目の勧告を行うつもりだ」《そうか。ご苦労だった、ポイズナー=サン》
「ああ、それと。足跡の主と思わしき少女を伴っている。非ニンジャのようだ。どうする」《フーム。ブラックチューター=サンはその少女をどう扱っているかね?盾のように使っているか?》「いや。少女を庇い続けている。余程大切なようだ。どうする」
《では生かしておけ。その少女を殺せば、ブラックチューター=サンは怒り狂うだろう。少女を奪取し、人質とせよ》「ヨロコンデー」ポイズナーは音声通信を切ろうとした。だがロブストボアがそれを止めさせた。《待て、ポイズナー=サン》「何だ。手短にしろよ」
《ムエボーラン=サンとペリノア=サンのバイタル反応が、数刻前に途絶えた》「……何?」《ムエボーラン=サンはともかくとして、ペリノア=サンは一流のアクシス・ニンジャ。野良ニンジャに殺られるとは思えん。『死神』に殺られたのかもな。君も気をつけたまえ》
「待て、死神とは」《では、オタッシャデー》音声通信が切断された。ポイズナーは舌打ちする。「……まぁ良い。早めに済ませばいいだけのこと。おい、小娘!こちらに来い」ポイズナーはアヤミに手招きをした。「い……いや、だ」アヤミはミグチに抱きつき、か細く言う。
「そうか。そうだろうな。ロブストボア=サンの指令ならば、力尽くでもアンタを人質にし、ブラックチューター=サンを降伏させるのだが。もう。面倒だな。どうせ従わんだろう、エエッ?」ポイズナーは威圧的に二人のワン・インチ距離まで近づく。「もう良い。纏めて殺す!」
「やってみろよ……キューソ、猫を……ゴホッ、ゴホッ」ミグチは血混じりの咳をしながら、それでも、ポイズナーに敵意を向けた。彼は己に抱きつくアヤミを抱き返した。「俺のドク・ジツの強靭さをその身で知ったろう。ブラックチューター=サン。最早、死からは逃れられん」
ポイズナーは恐るべき毒の噴煙を両手から噴出させドク・ジツを放とうとした。その時。「……ヌゥーッ?」彼のニンジャ聴力は、何かを聴き取った。ミグチも、朦朧とした意識の中で、それを聴き取った。駆動音。工場地帯の?否。工場は無人。暗黒メガコーポの隠れ蓑だからだ。
尋常ならざる駆動音。そして、断末魔。ピッタリと重なった断末魔だ。クローンヤクザ。「……まさか」ポイズナーは音の鳴動の方を睨んだ。ゴウオオオーン!!凄まじい駆動音が、駆動音の正体が、みるみるうちに接近してくる!黒色に光るモーターサイクル!
車体に刻まれし『忍』『殺』のペイント。そのジゴクめいた恐るべき字は、このモーターサイクルの搭乗者のメンポにも刻まれている。メンポ?そう、メンポだ。このエントリー者はまごうことなきニンジャ。赤黒の装束を身に纏った、無慈悲な死を齎すニンジャである!
「バカな……バカな!」ポイズナーは目を見開く。「「「ザッケンナコラー!」」」六人のクローンヤクザが一斉銃撃!「イヤーッ!」「「「グワーッ!」」」クローンヤクザ全滅!恐るべきニンジャの投げ放った無慈悲なるスリケンが、クローンヤクザの額に突き刺さっている!
あまりの光景に、ミグチは息を呑んだ。ネオサイタマのニンジャ達の中で語られていた、都市伝説。ニンジャを殺す者。ミグチは震える身体を強いて動かし、アヤミを抱えたまま、その場を離れた。遠くへ。ロブストボアの管轄から……恐るべきニンジャから逃れる為に。
「バカな!なぜここに!」「イヤーッ!」答える代わりに、赤黒のニンジャは腰に吊り下げた物をポイズナーに投擲した。「グワーッ!こ、これは!?」ポイズナーの胴を強く打ったそれは……生首!アワレにも死神の手にかかり、肥溜めの中で爆発四散したペリノアの生首である!
アクシス・ニンジャたるペリノアの無残な様にポイズナーが驚愕している間に、赤黒のニンジャはモーターサイクルで接近!「イヤーッ!」ポイズナーは高く跳躍し、これを回避。赤黒のニンジャは即座にモーターサイクル……アイアンオトメから跳び離れた!
「Wasshoi !」おお、なんと禍々しくも力強いシャウトであろうか!彼はそのまま空中のポイズナーの……頭上まで跳躍!「何!」「イヤーッ!」鋭いカカト落としがポイズナーの頭部を叩き潰さんとする!「グワーッ!」ポイズナーは回避が間に合わず、肩を直撃!
ポイズナーは落下。途中でクルクルと身を回転させ、見事に着地した。赤黒のニンジャもまた、恐るべきカラテと殺意を携えながら着地。両者は睨み合う。束の間の静寂。それを切り裂いたのは、赤黒のニンジャであった。
「ドーモ。ニンジャスレイヤーです」
3.
「ドーモ、ニンジャスレイヤー=サン。ポイズナーです」ポイズナーはアイサツを返した。「……まさかとは思うが。ペリノア=サンを殺ったその足できたのか」「当然だ」死神はジゴクめいた声で答える。「そしてオヌシを殺した足でロブストボア=サンを殺しに行く」
「余程己のワザマエに自信があると見える……まぁ実際強豪よな。ラオモト=サンを殺害、キョートのザイバツの壊滅にも関与……恐るべきニンジャよ」ポイズナーは喋りながら、己の両手から毒の煙を噴出させる。「だが、ただ殺すだけのイクサはセクトには通用せん」
「そうか。ではオヌシを殺す。ロブストボア=サンも殺す」ニンジャスレイヤーはジュー・ジツの構えを取った。「話を聞いていたかニンジャスレイヤー=サン?」「聞いていた。これまでの殺しのイクサが通用せぬのならば。より苛烈に、より惨たらしく殺す。それだけだ」
「フシューッ!イディオット!秩序の前に蛮勇は通じぬ!イヤーッ!」ドク・スリケン!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはこれにスリケンを投擲、相殺させようとした。だがドク・スリケンと接触したスリケンが腐食していき、破砕!その勢いのままドク・スリケンが飛来!
「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはブリッジ回避!「イヤーッ!」態勢を戻したその勢いを殺さず前方跳躍。ポイズナーの頭部を叩き潰すべくチョップを構える!「イヤーッ!」ポイズナーが毒の煙を纏わせた拳でこれに対する。ドク・パンチ!
「ヌゥーッ!」ニンジャスレイヤーはチョップを取りやめ、ブレーサーによる防御を実行する。すると、おお、見よ!ドウグ社製のブレーサーがドク・パンチの直撃により腐食していく!「フシューッ!俺のドク・ジツを怖れよ!そして、この俺ですら雑兵に過ぎぬセクトを怖れよ!」
ポイズナーは勢いづく。「セクトは偉大だ、システムは偉大だ!ソウカイヤとは違う!アンタのようなイディオットもセクトから見ればごくごく小さなエラーに過ぎん。そしてそのエラーを、セクトは見逃しはしない!」「それほど喋らねばセクトの強大さを表せないのか。笑わせる」
ニンジャスレイヤーはジゴクめいた声をポイズナーに浴びせる。「そのごくごく小さなエラーが、システムを侵食し、潰す。いくら殺しても意味がない?ならば、意味を成すときまで殺し、殺すだけだ。ニンジャ……」死神は腕を引っ込め、蹴りを放つ。「殺すべし!イヤーッ!」
「グワーッ!」ポイズナーの厚い胸板をニンジャスレイヤーの蹴りが打つ。「イヤーッ!」そこへ追撃のチョップ突き!「イヤーッ!」ポイズナーはこれを後方への回転跳躍で回避。ワザマエ!「フシューッ!俺を殺すには浅い攻撃だな!」ポイズナーは再び両手に毒の煙を纏わせた。
その時、「「「スッゾコラー!」」」イクサの場たるこの欺瞞工場地帯に配置されていた生き残りのクローンヤクザ達が一斉に押し寄せてきた。ニンジャスレイヤーによってその数は大きく減らされているものの、ゆうに三十は超えている!「フシューッ!かかれ!」
「「「ザッケンナコラー!」」」クローンヤクザがニンジャスレイヤーを包囲。ポイズナーはそこから飛び離れると、尋常ならざる量の毒煙を両手から噴出させた。「フシューッ!俺のドク・ジツはヤバイだぞ、ニンジャスレイヤー=サン!」噴き出した毒煙が、彼の周囲を囲む!
「これぞドク・マモリ・ジツ!アンタのカラテは通らん。素手のカラテは通らん!何故なら、ニンジャスレイヤー=サン!アンタはドク・ジツ使いのニンジャではないからだ!イヤーッ!」毒の煙に守られながら、ポイズナーはドク・スリケンを四枚投擲!
「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはこれを全て回避!「グワーッ!」彼を包囲していたクローンヤクザの一人がドク・スリケンに直撃、直後「アバーッ!」痙攣即死!「さっきまでのドク・スリケンとは違うぞ。より強くなったドク・スリケンだ!当たれば死ぬ!イヤーッ!」
ポイズナーのドク・スリケンが休む間も無く飛来する。「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはそれらを回避しながら、周囲のクローンヤクザをスリケン殺!「「「グワーッ!」」」「「「アバーッ!」」」クローンヤクザの断末魔が奏でるハーモニーだ!
「イイィイィヤァアアーッ!!」ニンジャスレイヤーは空気を切り裂くが如くカラテシャウトを放ち、スリケンをポイズナーへと投擲した!「スリケンは効かぬ、わかっているだろう!無駄な!」ポイズナーは嘲笑し、毒の守りがスリケンを腐食する様を見届けようとした。しかし。
そのスリケンは全く腐食することはなく、まして勢いを殺すこともなく毒の守りを貫き、ポイズナーの心臓めがけ飛んできたのだ!「何!イヤーッ!」ポイズナーはニンジャ反射神経を用いてこれを回避。だが避けきれぬ。ハヤイ過ぎる!「グワーッ!」彼の右腕が千切れ飛んだ!
これぞニンジャスレイヤーのヒサツ・ワザ。ツヨイ・スリケン!「グワーッ!グワーッ……まだ死んでいないぞ!イヤーッ!」ポイズナーは毒の守りに包まれたまま、さらに場を飛び離れた。近くの欺瞞工場と欺瞞工場の間の空間に、三角飛びで留まる。
彼はニンジャスレイヤーの放ったツヨイ・スリケンを警戒している。現状、唯一彼にダメージを与えられるものだからだ。(あの場に留まったままイクサを進めたのはウカツであった。確かに凄まじい勢いと威力。だがそれ故軌道はストレート。留まらなければ、いい!)
「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」彼は右腕を失ったが、ドク・スリケンの投擲の勢いは落ちておらぬ!「ヌゥーッ!」ニンジャスレイヤーはクローンヤクザをいなしながら唸った。彼はポイズナーを殺すのに二度失敗している。チョップ突きによる心臓摘出。ツヨイ・スリケン。
ポイズナーは今や、遥か遠くだ。ニンジャスレイヤーが力尽きるその時まで接近してくることはないだろう。(((グッグッグッ……フジキドよ、なんたるブザマ……))) (((黙れナラク!)))死神はニューロンの同居人と言い争いながら、ドク・スリケンを回避する。
クローンヤクザの妨害も激しくなる。その分ドク・スリケンの直撃のリスクは減っている……はずであった。だがポイズナーのドク・スリケン投擲の勢いは右腕を失う前よりも増している。アクシスの矜持!「イヤーッ!……ヌゥーッ!?」ドク・スリケンが死神の装束を掠る!
ニンジャスレイヤーの背に嫌な汗が走る。掠っただけで目眩が襲う。だが彼は臆さずポイズナーを睨みながら、クローンヤクザを殺していく。残りのクローンヤクザは、十人ほど。(物理攻撃での殺害は困難。ツヨイ・スリケンを何度も投げれば殺せるであろうが……)
ヒサツ・ワザはそう何度も使えるようなものではない。彼が思案する間にも、ドク・スリケンは飛来してくる。ジリー・プアー(訳注:徐々に不利)めいたイクサ。だがニンジャスレイヤーは折れぬ。その瞳には決断的な意志と憎悪、殺意が灯っている……。
◆◆◆
「……ここまで、来たらよ、大丈夫な……」ミグチは息も絶え絶えに言う。「ミグチ=サン、身体……震えてるままだよ」アヤミは消え入りそうな声を、彼の耳に届ける。「ああ、そうだな、寒い……ドク・ジツはコワイな、はは……オボーッ!」ミグチは膝をついた。
「ミグチ=サン!」アヤミはミグチの背をさする。「死んじゃ、嫌だ……嫌だよ……」「ああ、なに、俺はよ、タフだからよ……」彼はアヤミに答えながらも、自らの脳裏で流れるソーマト・リコールを認めていた。
ソウカイヤのニンジャとして、ソニックブーム亡き後のニュービー・ニンジャへの指導役を務めたこと。ポイズナーと組み、多数の市民を無慈悲に殺めたこと。ザイバツとのイクサのこと。アマクダリ・セクトに所属していた時のこと。セクトの掲げる秩序に嫌気がさしたこと。
(あの野郎はセクトの秩序に染まっちまってたな。ソウカイヤ時代の奴は何処いったのやら)彼はポイズナーとのツーマンセルを想う。クローンヤクザを使った物量とドク・スリケンによる援護、そしてミグチがカラテを用いて切り込む……。(いいコンビだったよな、俺達よ)
……「ミグチ=サン……?ミグチ=サン!起きて!起きてよ……」アヤミに身体を揺さぶられ、ミグチのソーマト・リコールは途切れた。「起きてる、起きてっからよ、揺らすな……」「あっ……ご、ごめん」アヤミは頭を下げた。「ああ、別に謝らなくたっていいんだ……いいんだ」
アヤミを見つめ、ミグチは物思いに耽った。成り行きで連れてきたこの盲目の少女は、何故自分のような者に、ニンジャに着いてきているのだろう。いやそもそも、何故自分はこの少女を連れてきたのだろう。「……都合の良い罪滅ぼしってところか……無意識的な……」「え?」
「こっちの話……だ……いや……おい、お前。聞いてくれるか、この身勝手なニンジャの話をよ」ドク・ジツによる痙攣を抑えながら、ミグチは言った。アヤミは頷く。「俺はな、極悪人なんだ。ニンジャだからな。たくさん人を殺してきたさ……罪のある奴、ない奴」
アヤミは静かに彼の言葉を聞いている。ミグチは続ける。「どこまでも身勝手なんだ、俺は。悪業を生業としてよ。なぁお前、お前を助けたのは俺だが、なんで俺はお前を助けたんだろうな?そんなの決まってるよな。自己満足の、身勝手な罪滅ぼし……それにお前を付き合わせて」
「でも」アヤミが口を挟んだ。「ア?」「私の知ってるミグチ=サンは、今のミグチ=サンだよ。私を助けてくれて、外を見せてくれたミグチ=サンが、私にとってのミグチ=サンだよ」「お前な、そんなこと……ああいいや。お前、まだ子供だもんな。倫理観ってもんがな……」
呆れるミグチに、アヤミは何も言わず抱きついた。彼はその頭を撫でてやった。撫でながら、欺瞞工場地帯をボンヤリと眺める。ポイズナーの姿が朧げに見える。音は?音は……クローンヤクザの声が無くなっている。死神の声は変わらず響く。ミグチは彼らのイクサを見つめる。
死神は苦戦しているようだった。ポイズナーの哄笑が響く。「……俺はどこまでも身勝手だ」ミグチは呟いた。「なんでかな、お前を助けた時もそうだが、時々……いてもたってもいられなくなるっていうかよ……ニンジャには向いてなかったのかもな、俺は」
ミグチは震えながら立ち上がった。彼はロブストボアの管轄外の方ではなく、ポイズナーとニンジャスレイヤーのイクサの方を見た。「……ミグチ=サン」「あのおっかないニンジャも、身勝手な奴なんだろう。アトモスフィアがそう言ってるんだ……お前にはわからんだろうが」
「ミグチ=サン!」アヤミは泣き叫び、彼の腰にしがみついた。「行かないで……死んじゃう、よ……!」「……なぁおい、お前……いや、アヤミ。俺は」ミグチは懐から何かを取り出した。それは、メンポだった。黒鉄色の、何の変哲もない、メンポ。
「俺は。ニンジャだ。ブラックチューター、だ」彼はアヤミを引き剥がすと、彼女の方へ振り返り、その小さな肩を叩いた。「なぁに、心配はいらんさ……俺はタフで、身勝手なんだ、だから……だからアヤミ、オタッシャデ、は言わないでくれよな」アヤミは……俯いた。
「それじゃ、行ってくる。ここで待ってろ……アー、いや。あっちで待ってろ。管轄外……それはそれでアブナイか。やっぱここでいい。最後の最後まで、決まらねぇな俺は」「最後?」「……アー、言葉の綾だ。それじゃ。隠れとけよ」「ミグチ=サン」「ブラックチューターだ」
◆◆◆
「イヤーッ!」「イヤーッ!」カラテシャウトがぶつかり合う。既にクローンヤクザは一人残らず死亡。ニンジャ同士のイクサ。「諦めてセプクでもするかニンジャスレイヤー=サン!?イヤーッ!」毒の守りの中から、ポイズナーのドク・スリケンが飛来する。
「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはこれを回避。そのムーヴは何処かぎこちなく、ともすれば転倒してしまいそうなほどだ。幾度かドク・スリケンが掠ったことにより、彼の身体は実際悲鳴を挙げていた。だが彼は決して闘志を絶やすことなく、ポイズナーを睨み続ける。
ポイズナーは気圧されそうになるのを堪えた。彼にはアマクダリ・アクシスとしての矜持があるのだ。「システムエラーなどに屈しは……せんっ!イヤヤヤヤヤッ!」ナムサン!多連ドク・スリケン!「ヌゥーッ!イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはバックフリップでこれらを回避!
「そこ!イヤーッ!……間違いなく殺った!キンボシ!」バックフリップから態勢を整えたニンジャスレイヤーへ、ポイズナーが一つだけドク・スリケンを投擲した。一つ?そう、一つである。途轍もなく巨大な、一つのドク・スリケン……!「ヌゥーッ……!」死神は唸った。
これぞポイズナーの最大のヒサツ・ワザ、スゴイオオキイ・ドク・スリケン!彼はまず弱めのドク・ジツでイクサを進め、相手が弱った時にこのヒサツ・ワザを叩き込むことを必勝の戦法としていた。事実、彼はこの戦法で数多のニンジャを葬ってきたのだ!
対するニンジャスレイヤーは……幾度かのドク・スリケンの掠りによって……遂に、膝をついた。「グワーッ!」ポイズナーはその様を眺めながら、それでもカラテを構えていた。ニンジャスレイヤーが逆転の一手を繰り出す可能性を考慮してのことだ。
ポイズナーが自らのヒサツ・ワザがニンジャスレイヤーへと到達する瞬間を目に収めようと注意深く見つめる中、ニンジャスレイヤーは、フジキド・ケンジは自らのニューロンの同居人の声を聞いていた。だが、今の疲労状態では……ナラクの声を聞くのは……。
彼はナラクの声を聞きながら、迫るスゴイオオキイ・ドク・スリケンを睨みつける。不意に、その身体が宙へ浮いた。「イヤーッ!」何者かのカラテシャウトと共に。フジキドは、自らの身体を抱えて跳躍し、かのヒサツ・ワザを回避する男の姿を認めた。
「……オヌシは」その男の姿には見覚えがあった。このイクサの場に到着した折、ポイズナーに追い詰められていた者。その時には付けていなかった黒鉄メンポを、今、男は付けている。「ドーモ、ニンジャスレイヤー=サン。ブラックチューターです」
「ドーモ、ブラックチューター=サン。ニンジャスレイヤーです。何故戻ってきた」「俺は身勝手な男なんだ。お前さんも多分、そうだろ。アトモスフィアがある……」ブラックチューターはニンジャスレイヤーを抱えたまま、かのヒサツ・ワザを回避。そして着地した。
「……ブラックチューター=サンだと?バカな、気でも狂ったか。ニンジャスレイヤーを助けるなど」ポイズナーは訝しんだ。ブラックチューターは自嘲気味に笑うと、ニンジャスレイヤーを降ろした。「いいか、俺が奴を拘束する。そこでお前さんがカラテで奴を殺るんだ」
「……よかろう」ニンジャスレイヤーは頷いた。そして。「スゥーッ!ハァーッ!」調息。ブラックチューターはそれを一瞥すると、ポイズナーに向き合った。カタナを構える。「敵の敵は何とやら、だポイズナー=サン。後の事は後で考えるさ」「イディオット」
ポイズナーは毒の守りの中からミグチを侮蔑的な視線を投げた。「俺のドク・ジツの恐ろしさ、再び教えてやる必要があるな。ニンジャ耐久力に優れたアンタが、どれほどで骨になるのか楽しみだ」「……そうだな。ドク・ジツはコワイ。だが俺には秘策がある」「何?」
ポイズナーは僅かばかりに狼狽した。何故なら、ブラックチューターは既にドク・ジツを食らっている。弱めのものではあったが、それでもドク・ジツであることに変わりはない。ブラックチューターは油断ならぬカラテ戦士……。(カマをかけたか?いや、しかし……奴は強者)
ブラックチューターとかつてコンビを組んでいたポイズナーには、彼の強さがよくわかる。彼は幾度か敗北を喫したが、その度にカラテを鍛え直し、対策を練り、強敵を撃破してきた。「おい、ポイズナー=サン。ハイクの準備をしておけ。ポエットなやつをな」「……ほざけ」
「そうかい……イヤーッ!」ブラックチューターがポイズナー目掛け一直線に駆け出した。カタナの切っ先を向けて!「愚直な突進……やはりアンタはイディオットだ!」ポイズナーは構え、言う。だが、その心中は。(何だ?何が来る?秘策?何を……この突進はフェイクか?)
ポイズナーがブラックチューターの『秘策』が何なのかを見極めよう「イィィイヤァァアーッ!!」ブラックチューターの凄まじいカラテシャウト!「ヌゥーッ!?」ポイズナーは毒煙を噴出しこれを防がんとする。だがブラックチューターは構わず突き進む!
「グワーッ!イィィイヤァァアーッ!」ブラックチューターの両腕が毒煙によって焼けていくが、彼のカタナはポイズナーに届いた!「グワーッ!」ポイズナーは動揺!(これが秘策?そんなはずはない、ただの突進。秘策などなかったのか!いや待て、これは秘策への布石か?)
「グワッ、アバッ……」ブラックチューターは呻く。カタナを取り落とす。その両腕は焼けている。恐るべきポイズナーのドク・ジツ。だが彼は「イヤーッ!」ポイズナーの背後へ跳んだ。「ヌゥーッ!?」そして羽交い締め。「……はい、秘策終わり」「な……」
ブラックチューターの両腕だけでなく、全身を毒が焼く。彼のニンジャ耐久力は実際非凡なものであるが、所々骨が露出してきている……。「ふ……ふざけるな!ただの、ヤバレカバレの突進!こんな……こんなもの!」「ヤバレカバレはな、強いぞ」ブラックチューターは笑う。
「セクトはな、秩序がどうのシステムがどうのって宣いてるが。大事なもん忘れてんだ。わかるか?ヤバレカバレ、人の感情……そういうもんだ」「何を訳の分からぬことを!」ポイズナーがもがく。ブラックチューターは焼き溶けてきた両腕でそれを抑える。
「スゥーッ!ハァーッ!」死神の調息が彼らの耳を揺らす。ポイズナーは悪寒を覚えた。「離せ!」「なぁ、俺らいいコンビだったろ。ソウカイヤの時のお前、嫌いじゃなかったぜ。今のお前は大嫌いだが、かつての情けってとこ……心中ってやつをしてやるよ」「ふざけるな!」
「スゥーッ……!ハァーッ……!」死神は目をカッと見開いた。毒は消えた。カラテがある。「イィィイ……」彼は己の右手にスリケンを握り、投擲姿勢を取った。その腕に縄めいた筋肉が浮き上がる。ポイズナーはその姿に恐怖を感じた。死。「ヤ……ヤメロー!ヤメロー!」
だがその叫びも虚しく、死神はカラテを、ヒサツ・ワザを解き放ったのだ。「……ヤァアアァアーッ!!」ツヨイ・スリケン!「ヤメロー!ヤメロー!」死。死が、飛来してくる。その時。ポイズナーの背にいたブラックチューターが飛び離れた。「な」「悪い。俺は身勝手なんだ」
ブラックチューターはボロボロになった黒鉄メンポを取り外し、捨てた。彼はミグチとなった。「悪いな、本当に悪いんだが、アヤミが待ってる。オタッシャデー、ポイズナー=サン。いつかジゴクで会おうぜ。いつか、な」「……!」ツヨイ・スリケンがポイズナーの頭部を貫通!
「サヨナラ!」ポイズナー爆発四散!ミグチは着地する……はずだった。その身体が地面に仰向けに倒れ込んだ。ヤバレカバレの攻撃は、彼に実際無視できぬダメージを与えていたのだ。 空を見上げる視界に、死神が現れる。彼は殺意と憎悪の篭った目で、ミグチを見下ろしている。
「ハ、ハ……カッコつけちまったが、直ぐに会うことになるかもな、ポイズナー=サン……なぁお前さん。苦しくて、死にそうで、堪らないんだ……」 ミグチは力無く言う。死神は……ニンジャスレイヤーは……フジキド・ケンジは……ジゴクめいた声で答える。
「……ならばそのまま、苦痛のままに野垂れ死ぬがよい」「ア……?」ニンジャスレイヤーは踵を返し、地に転がるペリノアの生首を掴み上げると、己の愛機たるアイアンオトメに跨り、ネオサイタマの闇へと消えていった。「……ハ!やっぱあいつも身勝手なニンジャじゃねぇか」
ミグチは弱々しく立ち上がり、アヤミの元へ向かわんとした。その必要は直ぐになくなった。アヤミの方から、ミグチの元へと走り寄ってきたのだ。盲目だというのに、まるで迷いのない真っ直ぐな駆け方に、ミグチは笑った。アヤミも笑った。
【サブスィクエント・ストーリー・オブ・クラフティ・ニンジャ】
『ジュンチョー・ビル』の一室。とても暗いその部屋には、灯りは一つしかない。戦略チャブの上に置かれた一つの蝋燭、それだけだ。その仄かな灯りに照らされる禍々しいメンポ、その奥に光る赤い目……冷酷で残忍な、ニンジャの目だ。そのニンジャは、メンポの奥で笑っていた。
「やれやれ。ヘルハウンド、ブロンズゴーレム、キラーパンサー、レッドシャーク、ムエボーラン、ペリノア、ポイズナー……七人ものニンジャ戦力を失い、クローンヤクザ大部隊も壊滅……大変な損害だ。大変な」彼は愉快そうに、だが静かに、笑う。彼の名はロブストボア。
「ケジメは指四本ほどだろうか。いや五本か?……まぁ良い」彼は立ち上がると、「イヤーッ!」戦略チャブをチョップで叩き折った。そこに怒りの感情はない。「完全敗北だな。そして『死神』が現れた。ゲームオーバー……私は再び隠れるとしよう」彼は言い、部屋を後にした。
ロブストボアが退室した、三秒後。
KABOOOOM !!!!! その一室は爆発した。ロブストボアは既に、ネオサイタマの闇へと消えていっていた。彼はアマクダリ・セクトの強靭なるアクシス。そして、狡猾で残忍なイクサ・ゲーマー……。
【ウェン・ワン・ドアー・シャッツ・アナザー・オープンス】
&
【サブスィクエント・ストーリー・オブ・クラフティ・ニンジャ】
終
このエピソードは『ヘジィラ・オブ・ザ・ワースト・ツー・ニンジャ』へ続く。