アーカイブ:【ハピネス・ディペンズ・アポーン・アワセルヴ】
1.
……「ノノミ=サン、これ食べてみてよ!」……「ワースゴーイ!食べちゃった!ウェー」……「何その目?何か文句あるわけ?」……「ニンジャ!?ニンジャナンデ!?」……「アバーッ!ゆるし」…………「ドーモ、はじめまして。アソシエーテです」……。
……アケシ・ノノミは、ミリピードは、目を開けた。『終焉が近いです』『宇宙とわれわれ』などと書かれた看板が、壁にコラージュめいて打ち付けられた高層ビルの屋上に彼女は居た。アグラ・メディテーションを終えたのだ。神秘的な時間であった。本能的にとった回復手段。
ミリピードは隣に無造作に置かれたスシパックを開き、合成スシを無心で口に運ぶ。「……味がわからないですね。これは美味しいのでしょうか?それとも、不味い?」彼女は虚空に語りかける。その声は、吹きゆく風に乗って消えていってしまいそうだ。彼女はスシを咀嚼する。
以前から独り言の多い彼女であったが、ニンジャとなってからは更に多くなっている。当然、彼女に宿ったニンジャソウルは他の例に漏れず、溶けきっており。意思はない。それでも、ミリピードにとってニンジャソウルは、ヤスデ・ニンジャは、唯一の身近な存在だった。
「ドーモ……カッカッカ……ヤスデ・ニンジャです……解放だ。私は貴様になり、貴様は私になるのだ」数えきれぬほどの脚を持ち、異臭を放っていた異形のニンジャ。嗄れた、老婆のような声を、ミリピードは記憶している。フシギな空間での、ゼンめいた出来事であった。
スシを無心で食べ続けるミリピード。驚くほどに体力が回復していく。「合成スシじゃなければ、どれほどになるんでしょうか」彼女は咀嚼しながら、ニンジャとなったあの日の出来事を繰り返し繰り返し、頭の中で再生させていた。ジョック達。アーマンド。ソウカイヤ。そして。
「ドーモ、はじめまして。アソシエーテです」……あの男の声が頭の中を揺らす。ミリピードは片手でスシを口に運びながら、もう片方の手で頭を抑えた。あれが、ソウカイヤのニンジャなのだ。最初に戦ったソウカイヤのニンジャ、アーマンドより何枚も上手のニンジャ。
「……コワイ……ですね、少し」彼女はスシに手を伸ばした。何もない。ゆっくりとスシパックへと視線を向ける。空っぽだ。ミリピードは空になったそれを投げ落とした。それは真っ逆様に地上へと堕ちていく。彼女はその様を無感情な目で見つめていた。空っぽのスシパックを。
真っ逆様に地上へと堕ちていくスシパックは、みるみるうちに小さく、小さくなっていった。ニンジャ視力は、それが完全に地上に堕ちるまでをしっかりと捉えていた。サラリマンの一人の頭部にそれが当たったが、歩く人々は空から落ち来たスシパックに何ら注意を持たぬ。
かなりの高度から落下したそれは、並々ならぬ衝撃をサラリマンの頭部に与えたようで、彼は即座に蹲った。だが、そんな彼を見る者は誰一人として居ない。声を掛ける者など、当然いない。ここはネオサイタマだ。空虚な目で歩く人々を見下ろすミリピードの目も、空虚だった。
……暫くしてから、彼女は立ち上がった。PVCレインコートのフードを目深に被った、猫背気味で独り言の多い彼女の姿は、見る者に不気味な印象を与えるだろう。彼女は屋上出入り口へ向かおうとした。その時。「「スッゾコラー!」」クローンヤクザが扉を突き破って現れた!
「……面倒ですよね、あなたたち。みんな一緒の身体と顔、声。私、嫌いです」ミリピードは言い、手にクナイ・ダートを精製した。「「ザッケンナコラー!」」クローンヤクザの一斉銃撃。「イヤーッ!」ミリピードはこれを鬱陶しそうに回避すると、素早くクナイを投擲した。
「イヤーッ!」更に投擲。「イヤーッ!」投擲。「イヤーッ!」投擲。「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」投擲!「「アババーッ!!」」ナムサン!クローンヤクザ全滅!ミリピードは溜息を吐き、破られた扉を抜けて下階に降りようとした。「イヤーッ!」「ンアーッ!?」
ミリピードは咄嗟に腕を前でクロス字にし、防御姿勢を取った。その腕に巻きつくロープ。そのロープを放った主は、ミリピードを危険な目つきで睨みあげる!「ドーモ、胡乱な野良ニンジャ=サン……ッ!クリミナーレです!」「ドーモ、クリミナーレ=サン。ミリピードです」
彼女はクリミナーレを侮蔑的な目で見下ろしながら、苦しげにオジギをした。彼女の腕に尋常ではない圧力で巻きつくロープ。「っかーはっはっは!女のニンジャ、それも少女とは……っ珍しい!捕らえて俺様のモノにしてやろう。色々と楽しめるでなァ!」「……お断りします」
答えながらミリピードは、クリミナーレのトレンチコートじみたニンジャ装束に刻まれたクロスカタナのエンブレムを注視していた。ソウカイヤのニンジャ!「存外踏ん張りおるわ!だがこのニンジャロープはカラテ精製よ!それに俺様のカラテが加わり性能は実際三倍にもなる!」
ギリギリとロープを手繰り寄せるクリミナーレ。ミリピードは耐える。床に重圧がかかり、亀裂が入っていく。「ヌゥーッ!さっさとへこたれんか!三倍の性能、つまり百倍のカラテだぞ!俺様の給与査定に関わってくるのだ!さぁ早く」「……イヤーッ!」「グワーッ!?」
クリミナーレがバランスを崩し、後方へ転倒した。ミリピードが敢えて力を抜いたのだ。耐えるミリピードとそれを引っ張るクリミナーレ。その力の均衡が崩れたが為に、クリミナーレの引っ張る力だけが過剰になってしまった。状況判断一つで、ニンジャのイクサの優劣は変わる。
「イヤーッ!」勢いをそのままに、ミリピードが髪を靡かせながらトビゲリを放つ。「グワーッ!」クリミナーレの首が120°曲がる!彼のロープを握る手が緩んだ。瞬間、ミリピードの両腕に巻きついていたロープも緩んだ!「バカなー!?三倍で百倍なのにぃーっ!!」
クリミナーレが驚愕し、叫ぶ。このニンジャロープは、カラテ密着ツールであるが故に、使用者のカラテが鈍ると即座に能力を無くしてしまう!「イヤーッ!」ミリピードは跳躍し、彼の頭部を両の腿で挟んだ!「グワーッ!」「イヤーッ!」そして勢いよく旋回、彼の首を捻る!
「アバーッ!」鈍い音と共にその首が折れ曲がり、全身が痙攣しだす。ミリピードは跳び離れた。直後、「サヨナラ!」クリミナーレは爆発四散した。舞い散るニンジャ装束の端切れ、何らかの書類……その中に、ミリピードがアケシ・ノノミであったころの顔写真も含まれていた。
ミリピードはそれに手を伸ばそうとした。だが写真は爆発四散に巻き込まれ、消えた。彼女は俯き、立ち尽くす。そんな彼女の耳が、ニンジャ聴力が、数多の足音を捉える。増援のクローンヤクザであろう。それに、ニンジャの気配も感じる。下に降りるのは得策ではない。
彼女は屋上に戻り、隣接する高層ビルを無表情に見る。そして、徐に駆け出すと。「イヤーッ!」跳躍した。跳び移り、駆ける。そして、再び跳躍。跳び移り、駆ける。跳躍。駆ける。跳躍……。
◆◆◆
「イヤーッ!」「イヤーッ!」跳躍する二つの影。彼らはクロスカタナのエンブレムの入った装束をはためかせながら踊り場に降り立った。「ヌゥーッ!」「これは」彼らは床に付いた爆発四散跡を苦々しく見つめる。「クリミナーレ=サンはしくじったか」「フン。だが問題なし」
「問題なし、とは?」二人の内、片方……長身の男が鉤爪を見つめながら問う。対してもう片方。小柄な男が、腕に装着されたクロスボウに矢を装填しながら答えた。「取り分よ、取り分。三人分から二人分に減った……無論、より活躍できた方が多く貰うがな」二人は目を合わせる。
そして、互いにニヤリと笑った。メンポの奥で。長身の男が口を開く。「ならばグリムアーチャー=サン。後方支援のお前は取り分二割ってところだな」対し、グリムアーチャーと呼ばれた男。「ほざくなよ、ボーンクロー=サン。最悪オヌシごと貫いて取り分全て独り占めだ」
そして、両者は数秒ほど見つめ合った後、「「イヤーッ!」」同時に跳躍。屋上に躍り出る。「見えるか、グリムアーチャー=サン?」「オヌシは俺に頼りすぎだ。そう遠くはないぞ、走れ!」グリムアーチャーは腕部装着型クロスボウを構える。ボーンクローは頷き、駆け出した。
◆◆◆
駆け続ける中、ミリピードは少し振り返った。僅かにニンジャソウルの気配を感じ取ったのだ。振り返った先、後方には、まだ遠い位置だがニンジャが一人。真っ直ぐ向かってきている。その奥にもう一人。こちらは追ってくる気配は無い。その場でジッとしているように見える。
彼女は注意深くその二人をジッと睨む。そのニンジャ視力は、彼らの装束にクロスカタナのエンブレムが入っていることを認識した。「やっぱり、ソウカイヤ。行動がハヤイですね……いたっ」突如、ミリピードが急停止し、バランスを崩して尻餅をついた。
何故か?おお、見よ、彼女の進行方向に聳える立ち看板『愛がヤバイので』。ミリピードは後方だけに注意を向けていたためにこの立て看板に衝突してしまったのだ。なんたるニンジャソウル憑依から日が浅いニュービーニンジャ故のウカツか!ウカツ過ぎる!バカ!
その間に追っ手が距離を詰めてくる。恐るべきハヤイさ!このニンジャは常人の三倍の脚力を誇っているのだ!「これ、は。ちょっとマズイです」ミリピードがようやく己のウカツを悟り、体勢を整えたが、時既に遅し。「イヤーッ!」追っ手は高く跳躍し、ミリピードの前方へ!
「ドーモ、はじめまして……ボーンクローです」長身のニンジャは身体を大きく前傾させ、ミリピードの視線の高さまで顔を持って行き、メンポの呼吸孔から荒々しい息を吐きながら、アイサツをした。少女がアイサツを返す。「ドーモ、ボーンクロー=サン。ミリピードです」
ミリピードは自身の足にカラテを漲らせた。刹那、彼女の後方から飛び来るクロスボウの矢!「イヤーッ!」ミリピードはニンジャ第六感でこれを察知し、大きく跳躍して回避。そのままボーンクローを跳び越えようとする。「甘いわ!イヤーッ!」ボーンクローが鉤爪を振るう!
「イヤーッ!」ミリピードは真下から襲い来る鉤爪を蹴り、その反動で更に跳躍。見事に彼の長身を跳び越え、前方へ!そして駆け出す!ボーンクローはそれを追い、並走!「言い遅れていたが後ろの射撃援護者はグリムアーチャー=サンだ!代わってアイサツさせていただく!」
「そうですか。ドーモ」少女は冷たく言い、回避行動を取る。クロスボウによる射撃からの回避だ。彼女の隣を走るボーンクローは、両腕の鉤爪をガチガチと鳴らし「フゥーム……なるほどな。なるほどぉ」メンポの奥から濁った目を向け、舐め回すようにミリピードを見る。
「……なんですか?イクサの目には思えませんが」「……俺たちはお前を抹殺するために派遣された。だが俺の気が変わった!お前からカワイイを感じる。俺の美的感覚は一般的であるから心配せんでもよい」ボーンクローは右腕の鉤爪を彼女に突き出した。「よって抹殺はしない」
直後、その右腕に付けられた鉤爪がロケットめいて射出された!「抹殺はしないが、俺のペットにする!」ボーンクローは目を血走らせながら叫ぶ。「イヤーッ!」ミリピードはこれを回避。だが、そのレインコートの余った部分を鉤爪が貫通。そのまま立て看板『すんごい』に磔!
……「いいぞ、ボーンアーマー=サン!イタダキ!」グリムアーチャーが遥か後方から、磔にされたミリピードを狙う。矢を放とうした瞬間。ボーンクローが射線に割り込む形で、ミリピードに横から接近した。「何だ?何をしている!射線に割り込むな!撃てんだろうが!」
グリムアーチャーの声はボーンクローには聞こえない。位置が遠すぎるからだ。元よりボーンクローはニンジャ視力とニンジャ聴力が高いほうではない。故に全体的なニンジャ感覚の高いグリムアーチャーと組んでいるのだ。「おい!撃つぞ!撃っちまうぞ!……クソ!ナムサン!」
……「ミリピード=サン。確か本名は……アケシ・ノノミ=サン。ソウカイヤをなめてはいけない。今後はソウカイヤの……いやこの俺の従順なペットとなるのだ!」ボーンクローはメンポの呼吸孔から荒々しい息を吐きながら、ミリピードに迫る。コワイ!「……お断りします」
「何だその反抗的な目は!……たまらん!」ボーンクローは歓喜の声を挙げながら、何かに気づき、彼女の側面へと回り込んだ。「こうしておかねば、グリムアーチャー=サンに撃たれてしまうからな。それはいけない」「ところでボーンクロー=サン」ミリピードが呟く。「ム?」
「レインコートの余分生地にしか鉤爪が刺さっていません。これでは磔になってませんよね?」「ええ?そうかな?」「イヤーッ!」「グワーッ!?」刹那、少女が左足を横に高く上げボーンクローの股間を蹴り上げた!「グワーッ!グワーッ!」長身を折り曲げ蹲るボーンクロー!
その間にミリピードは鉤爪を抜き、降り立った。一瞬前まで彼女の頭があった場所をボウガンの矢が通り過ぎていく!……「ヌゥーッ!」グリムアーチャーが唸った。彼は結局ボーンクローごとミリピードを貫くことを迷い、ボーンクローが射線から外れるまで待機していたのだ。
「ボーンクローは何をしていやがったんだ?……俺が取り分を全部貰うぞ!?」グリムアーチャーが腕部装着型クロスボウを構えながら叫ぶ。ボーンクローは蹲ったままだ。ミリピードが動いた。グリムアーチャーのニンジャ視力は、彼女の侮蔑的な目を視界に収めていた。
……「ハイク。詠みますか?」ミリピードは侮蔑的な目でボーンクローを見下ろしながら、その頭部を踏みつける。「グワーッ!グワーッ!……バカめ!」突如、ボーンクローが折り曲げていた長身をバネめいて元に戻し、左腕の鉤爪を振り上げた!「ンアーッ!」
ミリピードはこの意表をつく攻撃を回避するも、鉤爪によるダメージを僅かに負う!「はーはっはっ!バカめ、股間など後からサイバネでなんとかなるわーっ!多分な!」ボーンクローは勝ち誇ったように叫ぶ。彼が完全に立ち上がった為、グリムアーチャーの射線が再び遮られた。
素早く体勢を整えたミリピードは足にカラテを漲らせた!そして、ボーンクローへと決断的にヤスデ・カラテを放つ!「イヤーッ!」「グワーッ!」ボーンクローの横っ腹に、ミリピードのヤリめいたサイドキックが直撃する。「はっはっ!その程度ではまだ!」
「イヤーッ!」「グワーッ!」ボーンクローの横っ腹に、ミリピードのヤリめいたサイドキックが直撃する。「はっはっ!その程度ではまだ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」ボーンクローの横っ腹に、ミリピードのヤリめいたサイドキック。「はっはっ!その程度ではまだ!」
「イヤーッ!」「グワーッ!」ボーンクローの横っ腹に、ミリピードのヤリめいたサイドキック。「はっはっ!その程度ではまだ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」ボーンクローの横っ腹に、ミリピードのヤリめいたサイドキック。「はっはっ!その程度ではまだ!」
「イヤーッ!」「グワーッ!」ボーンクローの横っ腹に、ミリピードのヤリめいたサイドキック。「はっはっ!その程度で、は?」「イヤーッ!」「グワーッ!」ボーンクローの横っ腹に、ミリピードのヤリめいたサイドキック。「はっはっ!そ、ゴボーッ!」ボーンクローが吐血!
ミリピードのカラテは、ヤスデ・ニンジャのカラテは、足技を主体とする。足に全てのカラテを込め、叩き込む。ボーンクローは、ミリピードのカラテをニュービーの物と侮っていた。更に、ミリピードの恐るべき股間への攻撃も乗り越えたが故に慢心しきっていた。慢心を!
慢心が生む高揚感は時として、ZBRの効果以上の高揚感を得る。ニンジャのそれは、痛みに鈍感になるほどの高揚感だ。ボーンクローは痛みへ鈍感になっていたが為に、ミリピードの致死級のサイドキックを危険なカラテだと見抜けなかったのである!ウカツ!「アバーッ!」
「イィイィイヤァアアーーッ!!」蹌踉めくボーンクローの脇腹へ、ミリピードが偃月刀の薙ぎ払いが如き渾身のサイドキックを放つ!「アバーッ!」ボーンクローは弾き飛ばされ、ビルから転落していく!「おのれーっ!次こそは!」彼は転落して行きながら宣いた。
彼はビル屋上部から見下ろすか、或いは既に逃走を再開しているであろうミリピードの姿を確認しようとした。居ない。「ボーンクロー=サン。次なんて、ないですよ」「え?」ボーンクローは頭上を見上げた。ミリピード。「え……」「イヤーッ!」「アバーッ!?」カカト落とし!
ボーンクローは盛大に吐血し、空中で仰向けに、大の字になった。そこにミリピードがブドウ・ワイン製造をする乙女の如く連続ストンピング!右足!左足!「イヤ!イヤ!イヤ!イヤ!イヤーッ!」「グワアバグワアバグワアバグワアバグワアババババーッ!!」
そのまま二人は猛烈な勢いで地上へ!……「ボーンクロー=サン!おのれ!」グリムアーチャーがクロスボウを彼らに向けて構える。「待てよ。二人は空中。このまま撃てばボーンクロー=サンにトドメを刺すことになるやもしれぬ……!?」グリムアーチャーは。腕を下ろした。
……「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!!」「アババババーッ!アババババババババーッ!!」DOOOM!地上、コンクリートに衝突!破片、埃、塵、コンクリート下の地面からの砂煙。それらが巻き上がり、二人の姿を隠す。市民達はこの突然の出来事に恐れ慄いた。
「……イヤーッ!」その煙の中から飛び出たのはミリピードだ。ボーンクローは?ボーンクローは、コンクリートにめり込み、そして「サヨナラ!」爆発四散!ミリピードは空中でクルクルと回転し、体操選手めいて着地した。「「アイエエ!?ニンジャ!?ニンジャナンデ!?」」
市民達は急性NRSを発症し、混乱。口々に喚きながら散り散りになっていく、或いは立ち尽くす、腰を抜かす。ミリピードはそんな彼らに言った。「こんな時だけは、注目してくるんですね、あなたたち」彼女はすぐ側で、瓦礫に足を挟まれ身動きのできない男児を見下ろした。
「アイエエ……」男児は涙ぐみながら、足の瓦礫を退かそうとする。「……」ミリピードは。少女は。しゃがみ込み、瓦礫をいとも簡単に退かした。「え……」男児は唖然としている。ミリピードは呟くように「私は私の好きな事を、やりたい事をして生きていくんです」と言った。
「偶々、やりたい事が目の前にできただけですので、お気になさらず」そう言うと彼女はフラッと立ち上がった。「あ、あの……おねえちゃん、ありがとう……ニンジャ……」男児はなんとも言えない顔でミリピードを見上げた。その彼の目に、こちらに迫る飛来物が写り込んだ。
……「死ね!死ねーっ!ボーンクロー=サンをよくもーっ!イヤーッ!イ、ウオオーッ!!」グリムアーチャーが喚き散らしながらクロスボウを乱射する。ミリピードはこの射撃に気付いており、既に彼の方を向いてカラテを構えていた。彼女はこの射撃を回避、或いは蹴り弾く。
「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!……ヌゥーッ!?」グリムアーチャーは顔を顰めた。クロスボウが過剰乱射によって発射機構に異常をきたしたのだ。「チッ!クソ、クソ!」彼は下方のミリピードを睨みつけながら、ヤバレカバレにクロスボウを叩くが、もうどうにもならない。
彼はそれから何度も同じ行動を繰り返していたが、やがて抑揚のない声で「……止めだ」とだけ言い、その場を去った。彼の胸中に去来するは、如何なる感情か。彼の相棒ボーンクローは死んだ。単なる友情以上の感情を彼に向けていたグリムアーチャーは。去っていった。
……「お、おねえちゃん……ダイッジョブ?」男児は涙ぐみながらミリピードを見上げる。全ての矢への対処を終えた彼女は、何も言わずその場を立ち去っていく。男児が背後で何度も礼や別れの言葉をかけてきた。ミリピードは少し振り返り、微笑み。僅かに手を振った。
◆◆◆
ミリピードはドクロめいた月を背に、トリイゲート上に座っていた。廃棄コクドウに設けられた、寂れたトリイゲートだ。彼女はスシパックを開け、合成スシを貪っていた。今度は、チャもある。何度もスシを食べ、何度もチャで飲み流した。「……好きなように、生きていく」
ミリピードは呟き、スシとチャを止め、月に手を伸ばした。今なら届きそうな気がした。だが無理なものは無理だ。彼女は再びスシとチャを口に運び始めた。また近いうちに追っ手が現れよう。既にニンジャソウルの接近を感じている。彼女はもう一度呟いた。
「私は。私の好きなように。生きていく」
【ハピネス・ディペンズ・アポーン・アワセルヴ】
終