【ライズ・アンド・フォール、レイジ・アンド・グレイス】#5
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Y2K。電子戦争。世界の定理を覆し、時代を一転させたケオスの中で、広大なアメリカ大陸に点在する美しい自然の山々は、悪党の隠れ蓑として恰好の的となった。マイラ・モンティ。かつてその名で呼ばれたこの地も例外ではなかった。今やその山地、谷間に築かれたナローズ・ピットのアジトが垂れ流す産業廃棄物や、京観めいた死体の山が、見る者の言葉を失わせるに十分なほどの惨状が広げている。
それらのジゴクを、根城の周りに築かれたネオンライトが毒々しい光で照らし出している。建物の全ては蛍光色でめちゃくちゃに彩られ、さながら重篤自我科患者の見る幻覚を具現化したような佇まいだ。宵闇の荒野の中に突然そのような光景が現れるのも、また幻覚らしさを強調させる。
これらはマイティブロウが頭領となってからの景色であり、それ以前はごく普通の……この表現が正しいかはともかくとして……盗賊団のアジトが聳え立っているだけだった。中央に立つは、出来の悪い積み木遊びじみて上へ、横へ、また上へと建物を増築させた不恰好な塔がある。その頂上に無理くりに構えるトーフめいた館が、頭領の居所だ。
『不成穴』『ネ力 イ冫』『シE人』とオスモウ・フォント……のように見えなくもない曖昧な字体で書かれた電飾看板が旗のように立っており、そのケミカルカラーの壁に出鱈目に生えたネオンサーチライトは緩慢に首を振り、夜空を悪戯に染め上げている。
異彩を放つ悪夢めいた光景を、外縁部の切り立った岩陰からアズールは見下ろしていた。冒涜的なネオンライトを眼下にし、ワンダリングフリッパーの言葉を理解する。アズールはネオサイタマに強い思い入れがあるわけではないが、あの猥雑のメガロシティがマトモな街に思えてくる程にこの地は狂っていた。辺りを照りつける毒々しい輝きは実際凄まじい。ニンジャである彼女は軽微な不快感を覚える程度で済んでいるが、この光の暴力を前にすれば常人は数分経たずに目眩や吐き気に襲われているだろう。
騒々しい光量ではあるが、周辺に人影はなく、虚しい静寂があるばかり。……ここに至るまでの道中、アズールはアジトの方角からバギーやサイバー馬に乗った荒くれ者たちが駆けてくるのをみた。迎撃に現れたのかと思われたが、違った。彼らはアズールには目もくれずに必死の形相で夜闇に溶けていったのだ。恐怖に顔を引き攣らせ、必死の表情で、何かから逃げているようだった。そして今、見下ろす視界にはもぬけの殻となったアジト。そこら中に荒くれ者の惨殺死体が転がっている。虐殺のブラッドバス。企業連合の掃討が既に執り行われたのだろうか?だが周囲にその証拠を示すようなものはなく、アズール以外に侵入者の影は見当たらない。奇妙なアトモスフィアだけがある。
少女はしめやかに飛び降りた。谷間の荒れ肌を蹴り跳び侵入。あちこちにブチ撒まかれたギトギトの蛍光塗料から揮発する悪臭が立ち込めるバラックの屋根や路地裏を縫うようにして進んでいき……何の介入もなく、彼女は塔の根元に至った。出迎えるのは凄惨な死体ばかりだった。
搬入口と思われる場所から内部に入り込もうとして……足を止め、空色の瞳で歪な塔を見上げる。そして、外壁を目掛けて跳躍した。歪に増設されたキメラ建造物の、取ってつけた梯子や階段、外壁。それらは棘のように出っ張り、突き出しており……ニンジャにとってお誂え向きといえる足場になっていた。ボルダリング選手めいて器用に障害物を伝い渡り、あるいはクナイ・ダートを壁に突き刺し、登頂。トーフめいた館付近にたどり着く。館のバルコニーからネオンライトが漏れ出ている……そこから直接乗り込もうとしたが、ニンジャ第六感が警告を発した。アズールは館に繋がるL字状廊下に視線を向け、速やかに移動。窓を銃底で破り内部に侵入する。
別世界のような異様な静けさが少女を迎え入れた。北米標準時刻に合わせられた時計の針が進む音だけが不気味に空間を満たす。深夜2時……ここがネオサイタマであれば、ウシミツ・アワーを告げる鐘の音がそこかしこから鳴り響いていたことだろう。
あちらこちらに、まだ乾ききっていない血痕や死体が散らばっている。アズールは注意深く歩みを進めていき……曲がり角を曲がったところで眼を見開き、息を呑んだ。最奥の扉に続く通路、その両サイドの壁に、ジョルリ人形がズラリと並べられていた。
それら全て、頭部が無くなっていたり、首が捻じ曲がっていたり……その他記載するのも憚られるような猟奇的象徴を示して固められており、悍ましく不吉な光景をあらわしている。悪趣味ではあるが……しかしそれだけならば、彼女を動揺させるには至らない。一瞬、彼女の顔色に戸惑いの色が見えたが……すぐに厳しい無表情に戻り、49マグナムを構えながら再び扉の方へと歩き出した。
彼女とほぼ同じ背丈をした……製造元はバラバラではあるが、裾を毟り取ったドレスを纏い、汚れたスニーカーを履いた……そのようなジョルリ人形達を横目に扉を目指す。ニンジャの気配を感じる。空色の瞳に覚悟と敵意を携え、足を踏み出す。
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部屋の四隅に配置されたLEDボンボリが刺激的なネオンライトが照らす、錆びた金属のパッチワークの部屋。歪んだシンセベースの音はもう響いていない。
(((クソッ、クソッ!何故こんなことに……!)))
マイティブロウは額に滲む脂汗を拭うことすらできず、緊張感に渇いた喉で生唾で呑む。ジゴクにいるような面持ちで時計を見やり、室内を落ち着きなく歩き回り……その振る舞いに余裕は無い。その理由は……豹変したリゼントメントにある。
数時間前。煩わしいとばかりにスピーカーを叩き潰してから不穏なアグラ・メディテーションを終えた狂気のリゼントメントは、バルコニーから身を乗り出して地上を指し示した。マイティブロウがその先を見ると……急性NRSに陥ったかのような自我喪失者らが塔の根元で錯乱している様が見えた。曰く、滲み出た極限のセイシンテキの波長が彼らを苛んでいるのだと……要約すれば、おおよそそのような内容であろう胡乱な言葉をマイティブロウに言い聞かせてきた。
どう反応すればいいか考えているうちに……リゼントメントはやおら塔から飛び降り……周辺のナローズ・ピットの構成員を見境なく惨殺し始めた。錯乱している者もそうでない者も。そして塔の根元から頂上までを順繰りに練り歩き、殺し、殺し、殺した。
戦力を削ぐ行為にマイティブロウは憤ったが、狂気のニンジャは聞く耳を持たず次の行動に移っていった。趣味の悪い猟奇的ジョルリ・パーティ……思い出すだけで身震いがするような、ニューロンに焼き付く悪夢的光景。一刻も早くこの場から立ち去りたかったマイティブロウだが、従わねば何をされるかわからず……否応なく、アズールの襲撃を待たねばならなかった。何の罠も仕掛けず、戦力を嗾けることもなく、ただただ待ち受けるだけの時間が無常に浪費されていく……。
BLAM !!!
「イヤーッ!!」
突如響く銃声!扉越しから放たれた鉛弾を咄嗟のブリッジ回避でやり過ごし、怒りを露わに身を起こす。穴の空いた扉を蹴破り、クセの強い波打つ長い黒い髪をした空色の瞳の少女が極彩色の室内へ決断的に足を踏み入れた。血の染みたタンクトップ、ワークパンツ。露わになった素肌の多くは包帯などの応急処置に痛々しく覆われているが、その戦意に一切の翳りは無い。厳しい無表情をした少女はガン・スピンを行い、銃口をマイティブロウに向けた。
「ドーモ。アズールです」
突き刺すような確かな殺意を纏った空色の瞳が敵を見据える。
「ド、ドーモ、アズール=サン。マイティブロウです……貴様、どこの企業戦士だ?」
冷や汗をかきながらマイティブロウは問いかける。いざ眼前にすると、その有無を言わさぬ強靭な存在感に圧倒されそうだった。アズールは眼を細め、暴力的な光に染まる室内を冷静に見渡す。答えはない。
(((クソッ、遅えぞリゼントメント!アンブッシュ仕掛けるんじゃあねぇのかよ!?)))
心の中で悪態をつく。まだ時間稼ぎをせねばならないというのか。そう思いながら必死で言葉を紡ぐ。
「へへ、へ……略奪に怒ってんのか!?治安維持……そういう綺麗事で来てるんだろ!ワカル、ワカル……本当はアレだろ、ここの、このナローズタウンの素晴らしい光!その電力源の確保だ、そうだな!実際、色んなとこから引っ張ってっからな……」言いながら反応を探るが、少女はやはり厳しい無表情を保ったままだ。マイティブロウは心臓を握りしめられているような心持ちで続ける。「実際お前が一番乗りだ……なぁ、一番乗りだぜ?電力源、教えてやるよ……俺を見逃してくれりゃあな。他のノロマな企業連中にゃ絶対教えてやんねぇさ。実際独占の正当性はそちらにあるわけだ……」
彼がリゼントメントから課せられたのはアズールの注意を引くための時間稼ぎであったが、その言葉は嘘偽りない懇願であった。あわよくばこのまま味方に取り入れてイカれニンジャを追い払ってもらいたい……だがその魂胆は虚しく打ち砕かれることになる。
「どうでもいい。そんな大層な理由は持ち合わせていない。これは単なる盗賊退治。」アズールは無慈悲なほどに淡々と言葉を紡ぐ。「企業の雇われでも何でもない。私個人の用事。それだけ」
「なっ……」マイティブロウは彼女の言葉の真意を探ろうとした。個人の用事?これだけ損害を与え、アジトにまで乗り込んできたというのに?バカな。企業の欺瞞文言に違いない……しかし、その物言いに嘘偽りがあるようには……彼が混乱する思考を整理しようしていた、その時。
「アハ、アハハハハ!!良い!とても良い!」
突如、狂気に満ちた笑い声をあげながら、バルコニーから黒灰ツートンカラー装束のニンジャがエントリーしてきた。アズールは即座にそちらを睨みつける。一方、マイティブロウは驚愕に眼を見開いて闖入品を指差して怒声を上げた。
「テ、テメェ、リゼントメント!……サン!手筈と違うだろ!?アンブッシュするんじゃあねぇのかよ!?」
「ハハハハ!!溢れる気持ちを抑えられなかった……嗚呼、嗚呼!今、俺の願いは成就するのだ!」
はだけた胸元に埋め込まれた、不吉に明滅するエメツ結晶石を中心に、葉脈めいた黒い線が全身に伸びている。彼は狂気に身を震わしながら、爛々とした妖しい目つきでオジギした。「ドーモ、アズール=サン!」顔を上げる。凄惨な笑みがそこにあった。「……リゼントメントです。ゴブサタしています……!!」
「……ドーモ。アズールです」少女が眉根を寄せ、アイサツを返す。彼女が何か言う前に、リゼントメントは身を乗り出し、興奮に声を荒げさせた。
「俺を覚えているか?知っているか?……知らぬよなァ……!知ってるわけねぇよな!ワカル、ワカルゥー!ヒヒ、アハッ、アハハッ……俺は。お前が、泣き喚きながら、無意味に撃ち殺した。有象無象の一人だよ」熱した鉄が冷えるように、その言葉の熱意は悍ましい冷たさに変わっていく。
「お前が……お前が捨てた過去の亡霊だ。お前が、置き去りにして捨てた、忘れ去った過去の、枷だ……罪だ。知らぬふりして、のうのうと生きているお前の……紛れもない過去の……あのジゴクから這い出てきた亡霊だ」
暗い眼がアズールを見つめた。彼女はこの男を知らぬ。知らぬがしかし、理解できた。銃口を彼に向けたまま、背後の廊下……ジョルリの列を後目に言葉を紡ぐ。
「私はあなたを知らない。何者かは察しがつくけれど」言いながら彼女は、部屋の四隅に配置されたLEDボンボリに注意を傾ける。帯びたネオンライトの輝きが奇妙な放物線を描き、マイティブロウの方へと伸びている……。警戒しながらも、アズールは言葉を続けた。眼前のニンジャは彼女の言葉が終わるのを待っているようだった。
「私は過去を忘れたことはない。忘れるつもりもない。あなたに……あなた達に私がしたことも、全部」サンシーカーのグリップをより強く握り締める。神秘的な光が彼女の空色の瞳に宿る。「ただ、過去に縛られるつもりもない。私は、今を生きている。罪も枷も全部背負って、生きている」リゼントメントの目を真っ直ぐに見つめ、ハッキリとそう言い放った。その表情に曇りはなく、確かな覚悟と決意に満ちていた。
狂気のニンジャはその目に、その表情に動揺し、狼狽え……彼女を指差しながら声を絞り出す。「何……何だと?お……お前。お前は……誰だ……?アズール=サンは……お、俺を殺したあの少女は、そんな、そんな!そんな、顔、を……するな……!お前、お前は……泣き喚いてるだけの……」
「ヒカリ・ジツ!イヤーッ!!」
頭を抱えて蹲るリゼントメントをよそに叫びを上げるはマイティブロウ!両肩の三色電灯が強く輝き、周囲のネオンライトから伸びた線が凄まじい光となって彼の剛腕を包み込む!『偉い男』『酷さの苦味』の威圧的なタトゥーが刻まれた両腕が交互に振るわれる!
「イヤーッ!イヤーッ!」
不可思議な2つの光の玉がアズールに迫る。BLAMN !!! BLAMN !!! 飛び退がりながら発砲、銃弾は光を突き抜け壁に跳ねた。「イヤーッ!」マイティブロウは危なげなく回避。緩慢な光の玉をアズールはステップを踏んで躱わす。壁に当たった光は蛍光色の霧となって散った。
「ヌゥーッ……!」
マイティブロウは己のニンジャ視力を凝らし、ニンジャ第六感を研ぎ澄まし、室内を照らす極彩色を凝視した。微かな揺らぎを認識する。「……そこだ!イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」光玉4連発!四隅のLEDネオンボンボリが不気味に輝きを増す。「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」更に4連発!光の玉の動きは緩慢ではあるが、狭い室内においては実際脅威となる。「GRRRR……!!!」獣の唸りが響いた。光に照らされてその輪郭が見え隠れする。霧散する蛍光色。
「……ッ!?」アズールは体を仰け反らせてたたらを踏み、俯きながら片膝を床についた。凄まじい眩暈や頭痛、吐き気が彼女を襲う!
「ハハハハ!これぞヒカリ・ジツ!苦しかろう!この部屋、この町こそが俺のフーリンカザンというわけよ!」
彼の使うヒカリ・ジツは、月や太陽……兎角、光を発する物から光を吸い取り、操る。光源に近ければ近いほどその威力・柔軟性、速射性は高まる。故に屋外では然程の力を発揮できぬ。極彩色LEDネオンボンボリライトは室内光を凝縮させ、彼のジツの力を増幅させるための装置なのだ。
マイティブロウは意気消沈したリゼントメントを侮蔑的に睨みつけ、光纏った剛腕にカラテを漲らせてアズールの方へと全速スプリント、その華奢な身体を叩き潰さんと……BLAMN !!!
「グワーッ!?」
轟音と共に放たれた銃弾が彼の横腹を抉り取っていった。血走った目でアズールを見下ろす。彼女は片膝をついたまま、床目掛けて引き金を引き、アッパーめいた跳弾を浴びせたのだ。少女が顔を上げる。顔色ひとつ変わっていない。
「ナンデ!?」 「ゴオアアアア!!」「グワーッ!?」
動揺するマイティブロウの側面から光帯びた獣が襲いかかり、鋭い爪を振るった。回避動作をとったが躱しきれず、左肩の三色電灯が割れ砕ける。
「イ、イヤーッ!」
光を纏った両腕で獣を殴りつける!その光が彼の腕から獣の方へと移っていき、スパークする!「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」更に殴打、容赦なきカラテを浴びせる。
「イ、」BLAMN !!! 「グワーッ!!」
鎖骨付近を抉り取られ、激痛にたたらを踏むマイティブロウ。限界まで見開いた目で少女を見据える。やはり顔色ひとつ変えていない。
ヒカリ・ジツが効かなかったわけではない。不可視の獣にも、その強烈なフィードバックを与えられた彼女にも。それは事実だ。だが堪えた。
その後の殴打も。ただ、堪えた。不可視の獣も、アズールも、ただ耐えた。それだけのことだ。
一心同体、それゆえ痛みや苦しみを共有することなど覚悟の上であり……そしてマイティブロウのカラテはソリッドクロウズのそれに大きく劣る。事はシンプルだった。
「この、クソガキが……ッ!!」額に青筋を浮かべ、マイティブロウは怒りに打ち震える。
厳しい無表情のままアズールは手をしならせ、シリンダーを開き手早くリロード。血の唾を床に吐き捨てサンシーカーをスピンさせた。BLAM !!!
「イ、イヤーッ!」血肉を撒き散らしながらマイティブロウは回避……しようとし、顔を顰めた。アズールはノールックで自身の右後方を撃っていた。そして発砲音の寸前、不可視の獣はマイティブロウの側から飛び離れ、アズールの左後方へと跳躍。破砕音。LEDネオンボンボリライトA・B同時破壊!「ヌゥーッ!?」マイティブロウのニンジャ装束の明度が下がり、纏う光が弱まる!
アズールは49マグナムを構え……咄嗟に床に倒れ込み、飛びかかってきたリゼントメントのインタラプトを紙一重で回避した。視線が交錯する。再び狂気と憎悪を、殺意を宿した瞳をアズールは睨み返す。BLAM !!! 反動を使って床を転がり、距離を取り復帰。床に落ちるリゼントメントの右腕。彼は悲鳴をあげることなく、残る左腕を突き出して構えを取った。
ニューロンを加速させ、アズールは敵を分析する。直前のインタラプトのリプレイ映像を脳内に起こす。リゼントメントは両手を突き出し、飛び込んできた。掴みかかろうとしていた……そう判断する。そして今。隻腕となったリゼントメント、その構えもまた先程と同様だ。掴むことが何らかのジツのトリガーか。
「…….ふふ、ふふふ。出しゃばるなよマイティブロウ。アズール=サンを殺すのは、俺なんだ……お前はそのシミったれたジツで、俺のお膳立てをしていればいい……」
陰鬱な声で、幽鬼じみて揺らめく。胸元のエメツ結晶石が胎動めいて激しく明滅する。
アズールは悪寒を覚えた。<青い火>の……あの奇怪な一夜が脳裏にフラッシュバックする。近しい感覚があった。寧ろ、<青い火>そのものより、ニーズヘグ……彼に感じたものの方がより近い。
「ククッ、クククッ……!」失われた右腕、千切られた断面からエメツ葉脈が筋繊維めいて伸びていく。不吉な01ノイズがボンヤリとした腕のシルエットを形作っていく……「さぁアズール=サン!俺と共に、ジゴクへ還」「 GRRRRRR !!! 」
透明の獣が飛びかかり、その肩に牙を突き立てて喰らいつき、後方の壁へ突っ込んだ。CRAAASH……!!
アズールはリゼントメントの方へ身体を向け構え、引き金を引く。CLICK ! CLICK ! ナムサン!アウト・オブ・アモー!?
「バカめ!イヤーッ!!」その背後から飛びかかるはマイティブロウ!こちらに背を向け無防備な状態を晒した彼女を叩き潰すべく、微弱光を帯びたカラテを見舞う……BLAMN !!! しかしてサンシーカーは火を噴いた。
カラテを振るって透明の獣を払いのけ、破砕した壁から這い出したリゼントメントの左脚を銃弾が吹き飛ばす!アウト・オブ・アモーの筈……否。それはロシアンルーレットめいた意図的な空砲だった。敵を誘い込むための、そして次なる一手を打つための布石!
アズールはその射撃反動を使い、エビめいて後方へロケットジャンプしていた。そしてその勢いを活かし、空中で身体を捻って半回転。体当たりめいて全身をぶつけながらのケリ・キックをマイティブロウに放ったのである!「イヤーッ!」「グワーッ!?」たたらを踏むマイティブロウ!少女はカラテ衝撃に奥歯を噛み締め着地、巨漢を睨みあげ、『偉い男』のタトゥーが刻まれたその右腕を撃った。
BLAMN !!!
「グワーッ!?」千切れ飛ぶ右腕、そして弾丸はそのまま壁のLEDネオンボンボリライトCへ突き進み破壊!アズールはリロードをしながら床に落ちたマイティブロウの右腕へ接近、それを蹴り上げて宙に浮かし……蹴り飛ばす!LEDネオンボンボリライトDの方へ!命中!破壊!四隅の光源全てが消失!
マイティブロウの派手なカラーリングの装束は今や見る影もなく、暗褐色の仄暗い色合いとなった。光が絶たれ、室内に齎される明かりはバルコニーから差す微かな月光のみ。
「AARRGH!やってられるか、クソがぁーッ!!」
頭に血を昇らせ、憤怒の形相を浮かべながらマイティブロウはバルコニーめがけ疾走、逃走を図った。アズールは彼に背を向け、亡霊を迎え撃たんとする。彼女を飛び越え、不可視の獣がマイティブロウに襲いかかる!
「GRRRRRR !!!!」 「アバーッ!?」
BLAMN !!! BLAMN !!! 銃弾が跳ね、或いは直接本体を狙い狂気のリゼントメントに飛来する。彼は笑いながら、這うような奇怪な姿勢で不規則な軌道に駆け、アズールに接近する。弾丸が命中し、脇腹が、右肩が砕け、千切れ……それでもなお悲鳴を上げることなく、痛みを感じぬかのように肉薄する……然り。彼は痛覚を切除している。自らに宿るニンジャソウル、そのクラン特有のスキルによって。そして実際その力は、エメツ・エクステンデッド・ブーストによって歪に変質し、超常的なシナジーを生み出していた。
不可視の獣に屠られ、背後で爆発四散するマイティブロウには目もくれずアズールは49マグナムを撃ち続けた。
BLAMN !!! BLAMN !!! BLAMN !!! リゼントメントの右脚が千切れ飛び、左肩が抉れ、腑が飛び散った。失われた部位に闇の葉脈が走り、01不定形ノイズが走る。胸元のエメツ結晶石への直撃を巧みに避け、ズタボロになりながら狂気の亡霊はタタミ1枚分ほどの距離まで迫った。
そして彼は、滅茶苦茶な体勢で床スレスレに身を沈め……カエルめいて奇怪に跳ねて強引なタックルを仕掛け……アズールを勢いよく床に押し倒した。
「カ、ハッ……!」背中を強かに打ち付けられ、肺の空気が押し出される。その細い首をリゼントメントの生身の左手が万力めいた力で締め上げた。
「……ッ!」「アハ……やっと……掴んだ……さぁ還ろう。ヘル・オン・アースへ。ガイオンへ……」彼は凄惨な笑みを浮かべながら涙を流していた。不可視の獣の気配が近づいてくる。アズールは息を詰まらせ、身を捩らせてもがき、苦心しながらサンシーカーの銃口をリゼントメントの額に押し当てた……。
引き金が引かれる直前。狂気の亡霊はこう叫んだ。
「コロス」 と。
BLAMN !!!
……リゼントメントは爆発四散し、霧散した。エメツ色の闇の粉塵と01ノイズが吹き荒んだ。薄暗い室内に残されたのは、濃霧のように立ちこめる不穏な靄があるのみ。
そこにアズールの姿は無かった。