【キョート共和国、アッパー・ガイオン某社:スプレンディド、ペネトレイト】ア・モーメント・オブ・ニンジャ・ライフ

『ア・モーメント・オブ・ニンジャ・ライフ』。
ニンジャの生活のワンシーンを切り取った短編です。

◇このモーメントは第二部時系列のものです◇


 ガイオン・シティ某社にて。二人の人影が、ザゼンルームめいた一室で向かいあって座している。

 一人は端正な顔立ちの若い男。白磁の如き麗しい肌、ミディアムスタイルに整えられた幽玄な薄紫色の髪。纏うフォーマルスーツは気品ある月白色。彼の名はマサラサマウジ・ハクトウ。或いは、スプレンディド。ザイバツ・シャドーギルドのマスター位階に属するニンジャである。

 もう一人は、彼と同年代か少し下かという年頃の、切れ長の目をした美しい女。ミルキーベージュの髪は朱色のカンザシでまとめられており、着用するのはダークネイビーのパンツスーツ。アスミ・キナタコ、ニンジャとしての名はペネトレイト。アデプト位階のニンジャだ。

 対面する二人の間、黒檀のチャブ上には二人分のチャと茶菓子。儀礼的作法の痕跡は僅か。今この時間は私的な交流であり、両者にムラハチの意思は存在しない。キョート人らしい奥ゆかしい最低限の礼儀作法に則った所作で二人は言葉を交わす。

「パーティの参加者名簿は仕上がったんだっけ」

 ハクトウが言うと、キナタコはチャを啜りながら頷いた。男は怜悧な声で続ける。

「当日の送迎、護衛、警備……その辺りはどうだい?」

「つつがなく手配できています、マスター」

 茶器を置いたキナタコが、鈴を転がすような凛とした声音で答え、手元の端末を操作する。聚楽壁に帷めいて下されたプロジェクターに、警備隊やVIP警護人員らの数と配置が映し出された。ハクトウは微笑みながら頷いた。

「うん、いいね。会場内にはロイヤルスモトリ重戦士を置こうかと思うけど……」「そちらも手配のメドが立っています。明日には良い返事ができるものかと」「さすが。手際がいいね、我がアプレンティス」「……アデプトです」キナタコは朱色のカンザシを手慰みにした。

 彼らが話すは、マサラサマウジ・ハクトウが経営を担うタワーホテル『リジェンシ・セッショ』完成を祝う催しに関するもの。端麗な男は顎に手をやって、少し考え込む素振りを見せる。

「……まぁ、ケビーシ・ガードの手を借りられればそれが一番なんだけど……スローハンド=サンから恩を受けることになってしまうからね」

「はぁ。私は、その、政治的なことはよくわかりませんが。かのグランドマスターと繋がりを得るのは不都合が?」

「ふふっ。おれは何処にも肩入れしていないし、されるつもりもないよ。時に、二大貴族主義派閥の一角、イグゾーション=サン亡き後の派閥闘争は実際目まぐるしい。今はパーガトリー=サンが彼の派閥を吸収していって力を増していっていることだし……ここでスローハンド=サンとやり取りすれば、パーガトリー=サンに目をつけられるかもしらない」

「はぁ……なるほど……?」

「君もザイバツ内で生きていくなら、こういう面倒ごとも勉強していかなきゃな。無知のままでは都合よく扱われ、濡れ衣を着せられ、カマユデにされるぞ」

「……善処します」

 ……マスター・ニンジャ、スプレンディドはザイバツ内の如何なる派閥にも属せぬ、所謂『根無草』のニンジャである。確かなカラテとジツ、高位のソウル、優れた血統、経営の手腕、組織への多額の上納金、忠義……それらが彼を強者たらしめ、無派閥を貫くことを可能とさせている。

 強者の根無草は、派閥間のパワーゲームに巻き込まれることはない。如何なる干渉も受け付けない。ただし、それは安泰と危殆を隣り合わせにする。少しでも綻びを見せれば付けいられ、絆されることとなるため常に強者であり続けねばならず。また、如何なる干渉も受け付けぬと言うことはつまり、根無草側からも干渉ができぬことを意味する。誰の手も借りられぬのだ。

「それに……」ハクトウはチャを少し啜り、息を吐いてから言葉を紡ぐ。「それに、スローハンド=サンは出奔した元グランドマスター……トランスペアレントクィリン=サンと深く関わりがあったようだからね。……厄ネタを抱え込んでいる可能性がある。陰謀に巻き込まれるのは避けたいね」黒漆の茶器を卓上に置き、茶菓子を手に取り口にする。

「出奔」キナタコは首を傾げた。「トランスペアレントクィリン=サンは追放されたのでは」

「ン?そうだったかな……何にせよ、シテンノという忘形見を置いて彼はギルドを去った。それは事実だね。そのシテンノも、今やパープルタコ=サン唯一人だが」

「パープルタコ=サン……ああ、あのお綺麗な方」

 キナタコの言葉にハクトウはやや含みのある笑みを浮かべて頷いたあと、感傷めいて言う。

「師父に捨て置かれ、友に先立たれ。まこと、ショッギョ・ムッジョであることよ。彼女は確か、ブラックドラゴン=サンの形見たるアプレンティスの面倒を見ているのだったか……」

「色々と知っておいでですね」キナタコが茶菓子を口にした。「ギルドのことも、ギルドのニンジャのことも」朱色のカンザシを物憂げに手慰みにしてから、嫋やかに茶器を手に取り、嗜む。

「うん?それはそうだ、伊達にマスター位階に就いていないよ」言い終えて、ハクトウも茶菓子を口にした。そして品のある仕草でチャを飲み、それから、何とはなしにもう一度茶菓子を口にした。

「これ、美味しいね」

「そうですね」キナタコも同様に茶菓子を口にしていた。「また用意しておきます」

「うん、ありがとう」

 ハクトウが微笑みながら礼を言うと、キナタコの凛とした顔は微かに綻んだ。


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