【ライズ・アンド・フォール、レイジ・アンド・グレイス】#2
1 ←
カンカン照りの陽の光。正午はとうに過ぎた昼下がり。渇いたアスファルトの道を、仰々しくガトリングガンや火炎放射器などを備え付けた異様なバンの編隊が縦列を組んで走行していた。先頭を走るカンオケ・トレーラーは一層異様な風体だ。車体のあらゆる箇所に固定砲台が付き、牽引した大型コンテナの上体と側面には遠隔射撃用ドローンの発着装置がフジツボめいてびっしりと生えている。運転席に座るは、ドレッドヘアーめいて生体LAN端子からケーブルを垂らす、黒人のニンジャ。厳ついサイバーサングラスに、工業製品めいた鋼鉄製メンポ。伸びたケーブルは超自然的な光を帯び、車内の至るところに設けられた端子に接続されている。
彼の名はワンダリングフリッパー。タナカ・ニンジャクランのソウル憑依者だ。ケーブルを動かすはキネシス・ジツ。ハンドルすら彼は握らない。ペダルもだ。LAN直結による自動化である。
「ン……」
カンオケ・トレーラーの大仰な車体が滑らかな動きで縦列を逸れた。後続もそれに倣い、車体を動かす。彼らが進もうとしていた道に仕掛けられた地雷やステルス・トラバサミ等のトラップは起動することなく通過されていった。
「ケチな罠仕掛けやがって」
河を滑る舟のように、次々と危険なトラップを回避していく。彼は網膜に映し出されたメッセージに目を通す。『襲撃な:複数』『中立非戦地まで逃げれば』の文字列。
彼は陽気な鼻歌まじりに、車内増設ロボアームから輸入品ザゼン・ドリンクを受け取り、水でも飲むように一気に飲み干した。そして目を閉じて瞑想。活性化するニューロンの動きをつぶさに感じ取り、ジツのリンクを高める。トレーラーそのものを自身の四肢とするように感覚をシンクロさせる。車体に備え付けられた固定銃座たちが雄々しく展開し、フジツボめいた発着装置から遠隔攻撃用ドローンが飛び立っていく。
「……ヨシ、いつでも来いや」
不敵に呟く。網膜にメッセージ。『出迎える』『ヤツケテシマウ』。それから間も無く、土煙をあげながら猛々しい野盗の集団がサイバー馬やチョッパーバイク、モンスタートラックを駆り、雄叫びを上げながら編隊に迫ってきた。
バン編隊が掲げる『BESTIE』の名が記された旗が風に靡く。彼らは武装キャラバンの一団である。USA崩壊後のシンプルな荒野の世界においても、マネーは回る。彼らや『中立非戦市街地』の存在故に。
武装キャラバンは荒野を巡り、文明圏の物品や珍品を売買する。そして当然ながら、文明消失者の襲撃を受ける。過剰搭載された火器は正当防衛の申し子だ。『中立非戦市街地』に属する武装キャラバンはその立場上、能動的に武力行為を行うことはない。あくまでも自衛の為、商品を守る為に重装備を着込み、旅をするのだ。
「「「ウォーホーホーオ!!!」」」
野蛮な叫び声をあげながら、荒くれ者たちは武装キャラバンを挟み込むように展開し、追い縋る。ビークルやサイバー馬が掲げる旗にはメチャクチャな字体でナローズ・ピットの名が綴られている。
『ナウ、ダンス!!』
先頭カンオケ・トレーラーの車外据え付けスピーカーから、音割れしたワンダリングフリッパーの野太い声が響き、空気を痺れさせた。無数の小型ドローンが展開、それに続いて縦列編隊の各車両ルーフやフロント部から身をもたげたガトリングガンが火を噴いた!
BRATATATATA!!!! BRATATATATA!!!!
血走った目で襲いかかった荒くれ者らを、銃弾の嵐が迎え撃つ!
「「「アバババーッ!!!」」」
一瞬のうちに血煙が、鉄屑が、荒野に飛散する!
『ファッカー、ダンス!!』
BRATATATATA!!!! BRATATATATA!!!!
「「「アバババーッ!!!」」」
ナムアミダブツ!ネギトロ・パーティだ!
「「「ウォーホッホーッ!!」」」
凡そ正気と思えぬ荒くれ者達が肉盾ごと貫かれながら血塗れになりながらも無理矢理に押し通り、武装車両に喰い下がる。棍棒やカタナ・ブレード、ハンマーなどの危険な武器を手に、リーフに飛び乗ろうとする!しかし!
「「イヤーッ!!」」
先頭車両のコンテナから飛び出した二つの影が発したカラテシャウトが空気を引き裂き、投擲された情け容赦ないスリケンが接近者を殺害!
「「「アバババーッ!?」」」
投擲者二人はルーフに着地し、襲撃者の一団を威圧的に睨みつけ、アイサツした。
「ドーモ、ブラックルインです」黒装束に身を包んだ長身の女ニンジャ。頭巾はつけておらず、結わえた薄いブロンド髪が風に揺れる。鼻から下を覆う鋭角のメンポ同様に、その目つきは刄のように鋭い。
「アウェアネスです」続いてアイサツしたのは防弾ジャケットを思わす物々しいニンジャ装束に身を包んだニンジャ。その両腕は軍用サイバネ・アームに置換されている。ニンジャ頭巾と一体化したメンポから覗く油断なきサイバネ・アイはギョロギョロと動き、戦況をスキャニングしていた。
「「「アイエエエエ!?ニンジャ!?ニンジャ……ウオオォーッ!!」」」
ナローズ・ピットは恐怖に慄いたが、すぐさま狂気とドラッグのトリップに呑まれ、命知らずな突撃を敢行した。
「イヤーッ!」「アバーッ!!」
ブラックルインが近づいた一人の頭部を踵落としで粉砕した。そのまま首無し死体を蹴り飛ばし、別の一人に叩きつけた。
「グワーッ!アバーッ!!」
ビークルから叩き落とされたその身体は後続のサイバー馬に踏み潰され血の染みを大地に広げた。
「イヤーッ!」「アバーッ!」
勢いそのままに彼女は跳躍し、サイバー馬に乗る略奪者の首をチョップで刎ね飛ばす!ハッソー・トビの如くに次々と飛び渡り、敵を殺し、殺し、殺していく!
「イヤーッ!」
アウェアネスのサイバネアームの機構が開き、赤熱した扇めいたアンテナが展開される。フォワウフォワウフォワウ……奇妙な音が鳴り響くと、忽ち荒くれ者数人の頭部がトマトめいて弾け飛んだ!
「アバババーッ!?」
特殊音波によって沸騰したニューロンが爆ぜる!フォワウフォワウフォワウ!
「「「アバババーッ!!アバッ、アバババーッ!?」」」
次々と頭部が爆発していく!コワイ!
彼らから離れた位置で編隊を囲い込む荒くれ者や、恐るべきニンジャの力に慄き正気づいて逃げようとする者達はワンダリングフリッパーの操るドローンによってあっという間にネギトロ殺!
一瞬の内にナローズ・ピットは総崩れになり、残すは遠巻きに恐慌するバギー数台、乗り手は十人前後!ブラックルインがそちらに向かい跳躍、全滅させんとする!
「……ヌゥーッ……」
一方、アウェアネスは脂汗を滲ませながら、周囲を目まぐるしく注視し、ワンダリングフリッパーとブラックルインにIRCメッセージを送る。『敵性ニンジャ存在有り:感知中』……瞬間、彼は驚愕に目を見開いた。ブラックルインが向かった生き残りの群れ、その後方に突如として接近する影あり!間違いなくニンジャだ!
「ブラックルイン=サン!!」
叫びながらアウェアネスはルーフから飛び離れ、チョッパーバイクの残骸や騎手を失い走り続けるサイバー馬の背を蹴り渡り闖入者の元へ!ブラックルインが敵の存在に気づき振り返ったその時既に、赤褐色のフレキシブルなニンジャスーツを纏った偉丈夫は高く跳躍しており……彼女に向けて赤熱したチョップを振り下ろしていた。
「イヤーッ!」
無骨なガントレットに覆われているのか、そのチョップ手は、もう片方の手と比べて倍ほど厚く、大きかった。死が迫る……。
「イヤーッ!」刹那、横入りにインターラプトをかけたのはアウェアネスだ!「グワーッ!?」ブラックルインはアウェアネスに蹴り飛ばされていた。「イヤーッ!」彼は蹴りの反動を使って跳び、身を翻す。一瞬前まで二人がいた空間をチョップが空振る!
「ドーモ、アウェアネスです!イヤーッ!!」
騎手不在の疾走サイバー馬の鞍上に着地していたアウェアネスが扇型アンテナを展開!フォワウフォワウフォワウ!指向性の特殊音波がブラックルインを巻き込まぬよう範囲を絞りながら暴風の如く吹き荒れる!
「「「アバババーッ!!」」」
ナローズ・ピット無惨!乗り手が死亡したために暴走したバギーが明後日の方向へ走っていき、岩に跳ねて爆発炎上!
「グワーッ!?ドーモ!ソリッドクロウズ、です!」
ソリッドクロウズを名乗ったニンジャは特殊音波に一瞬怯んだように見えたが、すぐさま殺意にカラテを漲らせ、疾走する騎手不在のサイバー馬の鞍上にニンジャバランス力をもって着地した。モータルのニューロンを焼くのは容易だが、ニンジャ相手には易々と通じぬ……!
「ドーモ、ソリッドクロウズ=サン、ブラックルインです。ドローン使いはワンダリングフリッパー=サンだ!イヤーッ!」
アウェアネスの背後から、二人と同じくサイバー馬に飛び移っていたブラックルインが代理アイサツ、オジギ終了後コンマ数秒でスリケンを投擲!
「イヤーッ!」
ソリッドクロウズは赤熱したチョップ手を振いスリケンを破砕!一瞬後、その無骨なチョップ手が熱気を放ちながら砕け、崩れ落ちた。否、崩れたのは外装だけだ。ガントレットと思われたそれは、彼に宿りしソナエ・ニンジャクランのソウルを由来とするジツが作り出した超自然の鎧!
「「「アイエエエエ!!」」」
闖入者の襲撃によってブラックルインが仕留め損ねていたナローズ・ピットの生き残り達が慌てふためき逃げ去っていく。BRATATATATA!!!その車体をワンダリングフリッパーの操る遠隔ドローンが薙ぎ払うように弾丸をバラ撒き、爆発炎上させた。
「「「アバーッ!!!」」」
ナローズ・ピット無惨!全滅!残りはニンジャのみ!だがソリッドクロウズの顔に焦りなど一つもない。浅黒い肌に深く皺が刻まれた油断ならぬニンジャ戦士は、その老獪な眼光を光らせ、不敵な笑みさえ浮かべているのだった。
「フッ、クックッ、クッ……なぁ、オヌシら。知っておるか?『COME FOR TABLE』……あぁ、カフェテリアの名前よ。覚えはあるか?」
顎髭をさすりながら偉丈夫が悠々と言葉を紡ぐ。ブラックルインとアウェアネスが何か言おうとした時には既に彼が喋り出していた。
「そう、生意気な名前よ。『Comfortable(快適)』をもじっておってなァ。しかして実態の酷さよ!店主は常々無口で、無愛想だった。客が入れば睨みつけ、頼んでもないのに小汚いマグカップに泥水じみたコーヒーをなみなみと注いできてなァ……実際ありゃあ、コーヒーじみた泥水だったやもしれん。味も香りも最悪よ!そのクセ、これみよがしにチップのアピールまでしやがるんだ……唯一無二といえばそれはそうだ、他じゃあ味わえんぜ」
嗄れ声で捲し立てる。だがその眼光と構えに付け入る隙は無い。仕掛ければ却って手痛い反撃を浴びることになるだろう。二人は注意深く彼を見据えながら警戒を続ける。
「実際のところ、あの店主はハッカーか何かだったらしい。床下に秘密の個人サーバーを構えてるってェ噂があった……実際それは真実だった。Y2K、知ってるか?……流石に知ってるよな?当然店主は、KABOOM!……床下でくたばっちまったんだと。そいで店舗だけ残して廃業よ。無くなってみると、あの泥水コーヒーが懐かしく思えもする……ま、今じゃそこらの蛇口捻りゃ赤錆だらけの泥水が飲み放題だがね」
「何が言いたいんだ?ベラベラベラベラとくだらん昔話を垂れ流すな」
痺れを切らしたブラックルインが苛立たし気に切り込んだ。アウェアネスは顔を顰めながら横目で彼女を見るも、彼もまた言葉を発した。
「……年寄りの話は長いな。老後の話し相手が不在で寂しいか?ならジゴクでオニにでも聞いてもらえ、存分にな」
「カッハッハ!若いなァ、焦りも怒りも相手に見せるもんじゃあねェぜ!クック、まぁ、いいやァ……そうそれ、今じゃ廃墟になっちまったそのカフェよ。実際ナローズ・ピットの連中の溜まり場になってんだが……ついぞ先刻立ち寄ってみらば死屍累々の有様よ。そいで近くにいたピットのニンジャも消息不明……まあ死んでらァな?」
威圧的にギロリと二人を睨みつける。ブラックルインとアウェアネスは顔を見合わせ、眉根を寄せた。
「……だからなんだ。私たちには関係がない」
「実際無関係だ。犯人探しなら他を……ッ!?」
言い終わらぬうちに、アウェアネスがカラテ防御の姿勢をとる。一瞬のうちにソリッドクロウズがサイバー馬を乗り捨て、飛び迫っていた。残忍な眼光を湛えながら!隣のブラックルインが目を見開き、咄嗟にケリ・キックを放つ。
「イヤーッ!!」「イヤーッ!!」
しかし老獪なる傭兵はその脚を踏み台がわりに、軽々しく跳ね上がった。その片手を赤熱鎧が纏う。一枚一枚は薄く脆い装甲がミルフィーユ状に重なり形成され、分厚くなった無骨なチョップ手を形取る。
「イィイイヤァァアーッ!!」
熱気に陽炎が踊る。チョップがアウェアネスの頭上に迫る。彼はクロスガードで防がんとした。フォワウ、フォワ、ウ、フォ……まず扇形アンテナが溶断された。そのままアウェアネスのクロス両腕が溶断された。次いで頭頂部に赤熱チョップが直撃した。
「アバッ」
次の瞬間には、ケーキ入刀のように、バターを切るように……サイバー馬ごとその身体は呆気なく正中線で真っ二つに切り裂かれた。
「アバーッ!!」
断面から肉が焼け焦げる音が、血が沸騰し煮えたぎる音が響いた。ソリッドクロウズは開きになったアウェアネスを無造作に放り投げた。「サヨナラ!!」爆発四散!
「カッハッハ!まずはチョージョー、ニンジャ殺害ボーナス加算重点なり!」豪快に笑い、ブラックルインを見やる。「テックもカラテも中々の者であった様子……厄介な方から始末するは定石よな!」
「アウェアネス=サン……!貴様!」
ブラックルインは己の不甲斐さを悔やみながらも憎悪の眼差しを向ける。老獪なる傭兵は残忍な笑みを浮かべながら向き直った。その手に纏う鎧が熱気を放ち砕け散る。
本来全身を鎧で覆い防御するそのジツを、彼は局所的に多重生成し用いる。装甲一枚一枚は薄く脆い。だが重ねれば別だ。何よりもエネルギー効率。全身全てに鎧を生成するよりエテルの巡りが良いのだ。無論、ソリッドクロウズ本体の防御力は格段に落ちる。だが彼は元来の優れたニンジャ第六感とニンジャ動体視力を磨き上げてきた。よって敵の攻撃を察知、あまつさえ被弾予測箇所に局所的多重生成防御をすることさえ可能だ……!
「オヌシらが犯人であろうとそうでなかろうと、犯人を知っていようとそうでなかろうと!襲撃そのものは既定路線よ……『非戦市街地』に入るまでは実際何の加護もなかろうが!故に奪い、殺す。シンプルな話だ!」
「イヤーッ!!」
ブラックルインはスリケンを投擲し、サイバー馬から跳躍。ソリッドクロウズの肩目掛けて踵落としを振るう!
「イヤーッ!」
局所的多重鎧防御!肩部に生成されたミルフィーユプレートが何枚か砕けるも本体にまで届かず。その成果を確かめる間もあらば、後方へ回り込み、無防備な背中目掛けてヤリめいた鋭いチョップ突きを放つ!
「イヤーッ!」「イヤーッ!」
直撃の寸前、肩部の局所的多重鎧が消失し、チョップ突きを狙った箇所に再び生成された。「グワーッ!?」勇ましき女ニンジャの心臓を穿たんとするチョップ突きはギリギリのところで阻まれた……彼女の手を覆い、取り込むようにして!
「グワーッ!!」
尋常ならざる熱に苦悶するブラックルイン。局所的多重鎧崩落。装束ごと無惨に焼け爛れた右前腕が露わになる!ナムアミダブツ!
「惜しいな!」呵々と嗤い、体を捻じりながら振り返るソリッドクロウズ。赤熱した拳を振りかぶろうとする!
BRATATATA !!!
ワンダリングフリッパーの援護射撃だ!しかし油断ならぬ老兵は虹彩に不穏な光を灯し、尚も嗤う!
「カーッハッハッハッ!!」
ゴウランガ!全身が古風な甲冑を思わす赤熱鎧に包まれる。銃弾全弾直撃!超自然の鎧はしかし、鉛玉の嵐に呑まれ、虚しくも呆気なく剥がれていく……KBAM!!!
突如赤熱鎧がポップコーンめいて弾け飛んだ。熱気を伴った鎧の残骸が散弾となり、周囲を飛び交うドローンを撃墜、撃墜、撃墜!ナムサン、ツブテスリケン!
ブラックルインは回避行動をとったが、サイズも疎なツブテスリケンの小さな破片はニンジャといえど回避は困難。「グワーッ!!」致命傷を禁じ得ぬ破片は難なく回避できたが、避け損ねた何発かが彼女を襲う!
「フーッ!……全身に張るのは実際疲れて仕方ねェわ!イヤーッ!」「イヤーッ!」追撃の赤熱チョップ!ブラックルインは地面に転がり込んで回避、土煙が宙を舞う!
「イヤーッ!」復帰と同時にスリケン投擲!「イヤーッ!」更に投擲!
「イヤーッ!」局所的多重鎧生成!一度に2発のスリケンが同一箇所に直撃、ミルフィーユ層に深く食い込むが貫通には至らず!
「イヤーッ!」スリケン2枚投擲!「イヤーッ!」更に2枚投擲!
「イヤーッ!」局所的多重鎧生成!一度に4発のスリケンが同一箇所に直撃、ミルフィーユ層に深く深く食い込むが貫通には至らず!
BRATATATATA !!!
撃墜を免れた数機のドローンが弾丸を浴びせにかかるが、「イヤーッ!」ソリッドクロウズ、ブリッジ回避!「イヤーッ!」そのままブレイクダンスめいたムーヴへ移行し跳躍、空中で上下逆さになりながら回転、赤熱した通常サイズのスリケンを撒き散らしドローン撃墜!ワザマエ!
『チクショ!オカワリくれてやるぜ!』
怒声と共にワンダリングフリッパーは更にドローンを展開、ブラックルインの援護に向かわせる。『イヤーッ!』ニューロン極度集中!イカめいてLANケーブルが揺れ動き、搭載された全火器が展開。固定銃座の銃口が己に向けられる様を、油断ならぬ老戦士は見据え……メンポ下の口元に弧を浮かべた。
「クックッ……ニンジャ一人を相手するならば賢明な判断よ」
キリモミ回転しながら着地、装束腰部のポシェット状パーツから何かを取り出す。「イヤーッ!」球状をしたそれを空へ投擲、「イヤーッ!」赤熱スリケンで撃破した。KABOOOOM……!乾いた大地には不釣り合いな、色彩豊かな火花が弾けて踊る!
「カッハッハッ!タマヤ!」
呵々と嗤う声はすぐに轟音に呑まれた。エンジンの駆動音、サイバー馬の嘶き、飛び交う怒号……即ちナローズ・ピットの増援。大部隊がゾロゾロと小高い丘や岩陰から現れた。
「ヌゥーッ!?」
唸るはブラックルイン。増援?否。これほどの規模が接近してきたならばニンジャ聴力によって察知できたはず。これは……「待ち伏せか!」「然り!何のためのトラップと思うておるか!」嗄れた声が返す。「所詮は蛮族風情と侮ったか?ウカツなり!ブレインはこの俺だ!クックッ、あのトラップ地帯、要は誘導よ……自ら袋小路に飛び込んでは無事にすむまい!」
勝ち誇るソリッドクロウズをブラックルインは忌々しげに睨みつける。「オノレ……!イヤーッ!」スリケンを投擲しようとするが、「イヤーッ!」跳ねるようなスプリントで一気にワンインチ距離に間合いを詰めたソリッドクロウズが赤熱チョップを振り下ろす。苦しげに躱すがしかし!
「グワーッ……!!」
ナムサン!溶断された彼女の右腕が肩ごと地面に落ちた。苦悶に顔を歪める。断面が熱によって焼き焦がれ、血を押し留めていた。
「……イヤーッ!!」
激痛をニンジャアドレナリンの過剰分泌で誤魔化し、片腕のカラテをソリッドクロウズへ打ち据える!
「グワーッ!」
浅い!浅いがしかし、そのカラテ着弾衝撃を弾くようにしてバク転跳躍、露出した岩肌を飛び蹴って距離を離す。
……縦列編隊に迫る多数待ち伏せ部隊!各車両の火器が迎え撃つ!ネギトロ、ネギトロ、ネギトロ……しかし数が多い。いくつかの車両が接近を許し、運転席のドライバーを引き摺り出そうとする。
「ウオオーッ!!」サイバー馬に跨った狂気の荒くれ者が強化窓ガラスを鈍器で破砕。角刈りサングラスのドライバーの姿が顕になる。
「ウオオーッ!!」得物を手に襲いかかる!しかしてドライバーは恐慌に陥らず、片手でハンドルを操作しながらもう片方の手に握るチャカ・ガンを敵に向けた!
「ザッケンナコラーッ!」BLAM!「アバーッ!?」正確に額を貫かれ荒くれ者は落馬!
「「「ザッケンナコラーッ!!」」」BLAM!BLAM!BLAM!「「「アバーッ!」」」
「「「スッゾコラーッ!!」」」BLAM!BLAM!BLAM!「「「アバーッ!」」」
方方から恐ろしいヤクザスラングが飛び交い、チャカ・ガンが火を噴き、ナローズ・ピットの無法者を屍に変えていった。それでもなお、凌ぎきれずに引き摺り出されるドライバーの姿も認められた。「グワーッ!」「アバーッ!」「スッゾ、グワッ、アバーッ!」流れる緑色の血はすぐに酸化して赤黒く変色していく。武装キャラバン『BESTIE』のドライバーは全て運転クローンヤクザであった……少数の敵相手ならば一方的に暴力を振るえようが、状況が悪い!
『ヌゥーッ……!』ワンダリングフリッパーは違法カキノタネやトロ粉末を忙しなく摂取し、鼻血を流しながら、已む無く固定銃座をソリッドクロウズの方からナローズ・ピットに向ける!
「そうさなァー、それがいい。そも、逃げながらの戦いは逃げる側が圧倒的に不利ゆえに」愉快そうに言葉を紡ぐ老戦士をキッと見据え……ブラックルインは不敵な笑みを浮かべた。
「ワンダリングフリッパー=サン!」女ニンジャは吠えた。「ドローンも全部そっちに戻せ!それで捌き切れるだろ!」
『ワッツ!?そのザマで何カッコつけて』
「いいから行け!私はここで死ぬこととする……!」
不退転の意志をカラテに込め、全身に漲らせる。空気が揺らぐ。展開されていたドローンは少しの間逡巡し、ホバリング飛行をみせていたが……キャラバンの方へと引き下がっていった。ワンダリングフリッパーは言葉をかけず、粛々とドローン攻撃の態勢に入った。BRATATATATA !!! ……走行を続け、野盗を蹴散らしていく様を背後に、ブラックルインは決断的に足を踏み出す。
「……格好つけた手前、アッサリ爆発四散するわけにはいかないな」
「……フゥーム。まずはニンジャ殺害ボーナス加算な。後でオヌシの首級をワンダリングフリッパー=サンに売りつけにいってやるとしよう」
互いの放つキリング・オーラが空気をドロリと滲ませる……ブラックルインは目を見開いた。脂汗を流し、息を呑んだ。彼女のニンジャ聴力は、この場に迫り来る獣の如きマシンの駆動音を感じ取っていた。複数ではない。一機のみ……やがて駆動音のみならず、踏みしめる大地に微かに振動が伝わってきた。その振動もだんだんと大きくなってくる。近づいている……!
(((増援……!?だがやることは変わらん。最期まで足掻いてやる……!)))
唇を噛み締め、眼前の敵へ攻撃を仕掛けようと構え……彼女は眉根を寄せた。
ソリッドクロウズが怪訝な顔になり、後方へと……音の方へと顔を向けていた。そして視線だけをブラックルインの方へやる。
「……フン、増援か?」
……ォオオ……ン……!
「まぁよいわ、ボーナスが増えるだけのことよ」不遜に言い放ち、ブラックルインと轟音の方とを交互に警戒しながら彼は構えた。直後。
ゴウオォオオオオン!!
けたたましい咆哮を轟かせながら、カートゥンめいた刺々しいモンスターバギーが砂塵を舞上げ丘を跳ね上がった。カーキ色の車体が陽の光に映え、地面をバウンドしながら猛接近する!
「ヌゥーッ!あのバギーは……!」ソリッドクロウズの声音に狼狽の色が見えた。一方のブラックルインは、モンスターバギーを駆る人物の姿をまじまじと見つめていた。小柄な娘の姿を。片手で無骨な49マグナムを握り締めるその姿を……!
(((アイツは……!!)))
BLAMN !!!
大砲じみた鉛玉が空を裂きソリッドクロウズを狙う!
「イヤーッ!!」
生成された局所的多重鎧を弾丸が容易く貫いていく!……しかし!
「イヤーッ!」
本体への着弾寸前、最後の一枚の裏側を起点に再度局所的多重鎧生成!弾丸を塞ぐ!迫り来るバギーを睨む!……しかして少女の空色の瞳が向けられるはソリッドクロウズではなく。彼の背中越し……ブラックルインの方を見ていた。
彼女はハンドルを握るもう片方の手をも離し、宙空へと身を翻す。爆走突貫するモンスターバギーの進路からソリッドクロウズは横跳びに飛び離れた。
少女がワークパンツの懐からペンダントを取り出し、ブラックルインの方へと投げる。彼女は左手でそれを受け取った。互いの視線が交錯する……言葉を交わすことなく少女の意図を理解し、ブラックルインは迫り来る暴れ馬の如きモンスターバギーに飛び乗った!
「事情は後で聞かせてもらう!オタッシャデ……!」
凄まじい運動エネルギーに車体が振り回され、ジグザグな軌道を描きつつも、モンスターバギーは遠ざかっていく武装キャラバンの方へと決断的に向かう!
「逃がすと思うてかーッ!ニンジャ殺害ボーナス加算重点也!」
ギラリと眼光を迸らせ、赤熱スリケンを手に構えたるはソリッドクロウズ!走り去るブラックルインの背を無慈悲に貫かんと……「ドーモ」紡がれた冷たい声に彼の身体はスリケン投擲直前の姿勢のままピタリと静止した。ギギギ、と錆びついたブリキ人形めいて首を巡らせ、血走った目で少女を見据えた。
「はじめまして」
少女は拳銃を腰に吊るし、両方の掌をあわせ、ゆったりと、恭しく……深々とオジギした。その間にも武装キャラバンとモンスターバギーは遠ざかっていく。顔を上げた彼女は、無表情のままに空色の瞳で老戦士を見つめた。
「アズールです」
何という丁寧なアイサツ。
もはや武装キャラバンもモンスターバギーも豆粒サイズに見えるほどに離れていた。スリケンを投擲したところで届くはずはなく、そもそもソリッドクロウズが今取るべき行動はスリケン投擲ではない。
アイサツをされれば、返さねばならない。古事記にもそう書かれている。
「……グゥッ、グッ……!……クックッ……カッハッハッ!これは、したり」
憤怒の表情はやがて喜悦に移り変わった。赤熱スリケンを瓦解させ、彼はアズールの方へと緩慢な動作で向き直った。そして両方の掌を合わせ、深々とオジギした。
「ドーモ、はじめまして、アズール=サン。ソリッドクロウズです」
アイサツ終了からコンマ1秒、カラテを構える。既にサンシーカーの銃口はソリッドクロウズを捉えていた。
BLAM !!! BLAM !!! BLAM !!!
「イヤーッ!!」
局所的多重鎧生成、破砕、再生成!彼のニンジャ第六感は眼前の少女ニンジャの放つ不穏で危険なアトモスフィアを敏感に感じ取り、ニューロンをざわつかせた。
「……フーム……小さきニンジャの小娘よ。あのバギーはカープスタン=サンの所有物の筈だが……奴を殺したのはオヌシか?」ソリッドクロウズは確信の予感を覚えながら少女に訊いた。
「ええ」その問いにアズールは顔色ひとつ変えず、淡々と答えた。「それがなにか」
老戦士は一瞬目を丸くし……すぐに喜色に顔を歪める。
「……カッハッハッ!『なにか』?『なにか』、ときたか!それはそうさなァ!愚問であったわ!」
嗄れた声で獰猛に笑い、老いたる偉丈夫は少女を見下ろしながら尋常ならざる敵意を剥き出しにする。対するアズールはやはり厳しい無表情。空色の瞳に神秘的な光が淡く灯り出す。
充満するキリング・オーラ。陽が沈みかけ始め、夕暮れの訪れを仄かに奥ゆかしく告げるなか、凄絶なるニンジャのイクサが幕を開く……!