【ライズ・アンド・フォール、レイジ・アンド・グレイス】 #1

◇1    ◇2 ◇3  ◇4  ◇5  ◇6  ◇エピローグ


雲一つない、青く渇いた空。隆起した岩肌、荒れ果てた大地。舗装されぬままにヒビ割れたアスファルト。その傍で古代遺跡めいて佇む、寂れたダイナーズ・レストランや雑貨店の廃墟を見れば、この荒野に伸びるアスファルトが、かつては文明の一端を担っていた道路であったことがわかるだろう。

「ゲェーッ、ゲェーッ……」

貪欲なハゲタカが、野垂れ死んだらしいソクシンブツめいた旅人の死体を貪り散らしていたが、ハゲタカよりなお貪欲で凶暴なバイオハゲタカが飛来し、乾いた旅人の死体に瑞々しいハゲタカの肉と鮮血をトッピングした。

かつてこの地にあった国家体制は失われて久しい。USAは崩壊した。Y2K、電子戦争……アメリカ大陸のみならず、世界全土を襲った忌まわしき人類史の転換期、地球上に存在する多くの国家・政府と同様に……。

自己利益を最優先とする暗黒メガコーポ 、それに追従するメガロシティや、一部の大都市……そしてカネモチたちが独自に造り上げた『シティ』の拒絶の壁の外で、文明は死んだ。秩序は引き裂かれ、混沌と力だけが全てであった。持たぬものは奪われ、虐げられ、死ぬ。極めてプリミティブな世界がそこにあった。

しかし、それでも人間はコミュニティを持つ生き物である。あぶれた個人たちが集まり、やがて、細々とした町、或いは村と呼ぶべきものを形成していった。

月が砕け、磁気嵐が消失し、再び人類史が逆戻りの転換期を迎え、各国を行き渡る手段を得た、西暦2048年現在。アメリカを訪れる者で、文明外の荒野を旅する選択は命を投げ捨てることと同意である。電子的・物理的な繋がりを取り戻したことで、より一層暗黒メガコーポ は力を増し、無法の荒野は目を向けられることはなかったからだ。

ハイウェイ周辺に存在する、文明の〈消失者〉。それよりは幾分か知性を持つ野盗。点在する小コミュニティ。飢えた大地は、死を貪る。


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ズズーム……ブーズッズー……歪んだ重たいシンセベースが満たす、錆びた金属のパッチワークで出来た物々しい部屋。壁や天井にはかつてネオサイタマで刷られていた性的で下品なポスターが貼られ、ネオサイタマ製のLEDボンボリが猥雑でビビッドな蛍光色を照らす。調度品の幾つかは電子戦争以前のアメリカ製品で、化石に等しい失われたヴィンテージ家具が乱雑に配置されている。

室内最奥には極彩色のチャブ・テーブル、座してアグラするは、極めて残忍な目つきをした大柄な男。傍では自我を失ったらしい奴隷オイランが、喃語めいた意味なき言葉を発しながら彼のニンジャ装束にしなだれかかる。ニンジャ装束?然り。この男はニンジャだ。

名をマイティブロウ。逞しい両腕を露出したノースリーブ装束は黄緑色で、インナースーツは橙色。山のような両肩には信号機めいた3色カラー電飾付きの金属板が移植され、毒々しい色彩を放っている。両腕にはそれぞれ『偉い男』『酷さの苦味』の威圧的なタトゥー。

彼はポスト磁気嵐の時代にニンジャソウルに憑依され、ニンジャとなった。それ以前は文明圏に属し、裏社会を生きるフリーランスの傭兵であった。荒廃し、保守的思考に支配され停滞するばかりであった世界各国の多くの暗黒メガコーポが注目していたのと同じように、磁気嵐によって阻まれた、ネオサイタマの先進的で非人道的手段を厭わぬ技術革新によって産み出された豊穣なテックや文化に、彼は憧憬を抱いていた。キョート共和国から密輸された蒐集品を掻き集め…….。

磁気嵐が消失した後、彼はまずネオサイタマに向かおうとした。が、事はシンプルにはいかなかった。暗黒メガコーポが挙ってネオサイタマに押し寄せ、権利やテックに手を伸ばさんがために、様々な軋轢が生まれた。
彼個人はそのいざこざに翻弄され、結局アメリカ国外に出ることは叶わず、そのうえ命の危機に陥り……マイティブロウとなった。
そして彼は全能感に突き動かされるまま、カラテをもってネオサイタマへ強行しようとした。が、事はシンプルにはいかなかった。ニンジャは彼一人ではなかったからだ。
企業ニンジャに打ちのめされ、失意のままに荒野へ逃げ延びた。文明の死んだ地で、彼はカラテをもって存在を示そうとした。事はシンプルだった。力さえあれば良く、そして彼はニンジャであったので、力があった。

野放図の地で弱者から奪い、殺し、蹂躙する。それらニンジャ行為のなか、マイティブロウが目をつけたのが野盗の一団。『ナローズ・ピット』……〈消失者〉よりは多少知性のある集団だった。

彼らは無法の荒野にアジトを築き、付近の小コミュニティやアウトロー気取りの愚かな旅行者を襲い、攫い、生きていた。頭目はモータルで、荒ぶる獣のような男だった……彼の頭蓋骨は今やこのマイティブロウの私室のインテリアのひとつだ。

ナローズ・ピットのアジトはマイティブロウ好みのネオサイタマ風のカルチャーに彩られた。手下たちは何の不満もなく、初めからそうであったように彼に従った。命乞いし、部下たちに助けを求める頭目の姿を嗤い、罵詈雑言を口々に宣うような者たちなのだから、それは当然であると言えた。力が全てなのだ。マイティブロウはおもむろに自我破壊奴隷オイランを抱き寄せ、肉欲を満たし始める。嬌声がシンセベースと交じり合い、刺激的なネオンライトが照らす室内に鳴り響いていた。


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寂しい風が吹き抜けるゴーストタウン。無骨な鉄骨が剥き出しになったカフェテリアの廃墟。看板に書かれた『COME FOR TABLE』の文字は錆に塗れている。文明のあった頃の姿は見る影もなく、荒くれ者の詰め所に成り果てていた。

嫌味のように晴れやかな朝日の下で、見るからに野蛮な男達が店内外に屯している様は、何かの冗談のように思えるだろう。絵に描いたような無法さだが、これが現実だ。『シティ』の壁を隔てば全くの別世界が広がるばかりである。

彼らは略奪した物資を吟味しながら、気晴らしにバイオ生物を殺害したり、仲間内で諍いを起こすなどしていたが、そのうちの何人かが外を通る人影に気づいた。まもなく、全員がそちらに注目した。危険なアトモスフィア漂うこの場を通り抜けようとするなど、余程の命知らずであり実際珍しい……それが年端もいかぬ美しい少女であれば尚更だ。

彼らは違法ドラッグ(この地において法などありはしないが)のトリップに誘われたと錯覚したが、すぐに好奇と下卑た欲に突き動かされ、小柄でカワイイな通行人の前にゾロゾロと立ち塞がり、少女を見下ろした。

少女の出で立ちは、近所に散歩にでも行くようなタンクトップ姿、不穏さが伺える渇いた血の染みのついたワークパンツ……その血は彼女の流したものではないようだが……それより目を引くのは腰に帯びた無骨な拳銃。49マグナム……馬鹿げた口径に相応しい巨大な鉄の塊じみたそれは、か弱い娘が腰に吊り下げるにはあまりに不釣り合いだ。そもそも易々と持ち運べる重量ではない。

少女には何やら奇妙なアトモスフィアがあったが、ナローズ・ピットの濁った目と爛れたニューロンは無思考のまま、彼女をただの獲物として見做していた。

彼らは度々、この手のアウトロー気取りの哀れな犠牲者を屠ってきた。ナメられないよう、仰々しい格好をしてアブナイから身を守ろうとする者達をだ。この少女もまた、そういうメソッドで自衛しようというのだろう。しかしその無骨な49マグナムはハッタリにしても些か大袈裟に過ぎる。現実的でないし、オモチャを持ち歩いているのと同じだ。子供らしい浅ましい考えだ……略奪者はそう考えた。

「ヘイ、ヘイ!お嬢ちゃん。こんなとこで何してんのかな?」

うち一人がガラガラ声で呼びかけた。

「……」

少女は粉じみたウェスタンハットを少しあげ、無表情のまま視線を彼らに向ける。何ら臆することなく。略奪者たちはゲラゲラと笑い、手に持つ得物を構え舌舐めずりをした。彼らのなかから一際体格のいい大男が、棍棒を威圧的に掲げながら進み出てきた。

「グフ 、グフフ……お嬢ちゃん、いい根性してるねェ……それか何も知らないバカなのかな?俺のセンサーが示すに、そのう……10歳過ぎ……いや、14、5歳かな?ワカル、ワカル……食い頃な」

自らの下半身の一部分(彼が言うところのセンサーだ)を下品なハンドサインで指差す大男に、タンクトップから覗く素肌をジロジロと値踏みするように観察されながらも、少女は顔色ひとつ変えない。

「へっへ!相変わらず趣味の悪い奴だぜ!なぁ嬢ちゃん、コイツはホレイシオってんだ。ガキしかファックしねェ、正真正銘最低最悪の悪党だぜ?」

大男、ホレイシオの側から取り巻きが恐怖を煽るようにして言葉を放つ。なおも少女は反応しない。ホレイシオは興奮に息を荒げながら、危険な眼差しを強めた。

「グフフ……グフ、フフ……ウッカリ殺しちゃうこともよくあるんだけど……まぁそれはそれで楽しめるからねェ……グフフ、その綺麗な顔も、慎ましいバストも、小さな腰も……グフ 、身体の隅々まで、よぉーく味わってやるからねェーッ!!」

巨漢が少女に向かって飛びかかる!ナムアミダブツ!

BLAM !!!

「……ア……?」

轟音。ホレイシオは訝しんだ。下卑た声達が一斉に止み、静寂が場を包んだ。彼は下半身に違和感を覚えた。感覚がない。身体がバランスを崩している。視線を下に向ける。千切れ飛んだ両脚と、腰から垂れ下がる己のはらわたの残骸が見えた。下半身が消え失せていた。瞬間、激痛が走った。

「「「アババババーッ!!?」」」

大男が泣き叫びながら渇いた地面に崩れ落ちる。ほぼ同時に、彼の後ろにいた数名のナローズ・ピットも、身体に風穴を開けられ、肩から上が千切れ飛び、鮮血を吹き上げながら地面に倒れていった。

「鉛弾の味はいかが」

少女はやはり無表情のまま、淡々と言い放つ。その手に構えたるは49マグナム『サン・シーカー』。熱を帯びた、黒曜石のように黒々とした無骨な銃身と、ダークチェリー色の美しいマホガニー材のグリップ。陽の光を受けて鈍く輝く巨大なリボルバーから放たれた大砲じみた銃弾は、無慈悲にホレイシオの股間に風穴を開け、下半身を断裂せしめた。貫いた弾丸はそのまま、数名の肉体を破壊した。

撃ったのだ。無骨な鉄塊じみた拳銃を、この少女が、片手で……!

「「「ウ、ウオオーッ!?」」」

ナローズ・ピットのヨタモノ達は戸惑いと恐怖が混じった雄叫びをあげながら、一斉に少女に襲いかかる。殺らねば殺られる!獣めいた感性だ!
顔色ひとつ変えぬまま、少女は跳躍する。常人ならざる高度。彼らの頭上へ。空中で銃口を敵に向ける。

BLAM !

「アバッ!!」1発、頭部を粉砕する。射撃の反動を殺さず活かし、そのまま空中で回転。感覚を研ぎ澄ます。角度を調整する。銃口は敵ではなく、その側面。建造物の壁、剥き出しになった鉄骨へ。

BLAM !

「「「アババーッ!?」」」1発。悲鳴は3人分。跳弾させた弾丸が横薙ぎに貫いた。
敵を飛び越え着地。空色の瞳が標的を見据える。

BLAM ! BLAM !! BLAM !!!

……「ハァーッ!ハァーッ!」

バリーは息を荒げながら、逃げ出していた。無慈悲に飛び交う弾丸。散らばるネギトロ。瞬く間に広がったツキジめいたブラッドバスを背に、ゴーストタウンを縫うように駆けた。訳がわからなかった。建物の影に隠れ、震える手で懐からアンプルを掴み、静脈注射。遥かに良い……落ち着いてきた。

コワイ。アレは……アレはニンジャだ。ニンジャナンデ。コワイ。
震える手で錠剤を口にありったけ放り込み噛み砕く。遥かに良い……遥かに。

大丈夫だ。ニンジャはナローズ・ピットにもいる。自分たちより上の立場だ。彼らはコワイ。ニンジャだからだ。そしてあの小娘もニンジャだ。つまりコワイ。ニンジャはコワイ。コワイ、コワイ!何も良くない!

恐る恐る、建物の影から顔を少し出し周囲を警戒する。誰もいない。銃声はもう聴こえない。悲鳴もだ。あるのは風の音と、頭上を飛ぶバイオハゲタカの鳴き声……もう屍肉を嗅ぎつけているのか。だが降りてこない。彼らは警戒心が強い。しかし、人間一人程度であれば恐れることなく襲いかかってくる。そういう生き物だからだ。それが、何かを恐れて、降りてこない……自分の心臓の音がハッキリと聴こえる。不安と恐怖に負け、薬物投与の衝動に駆られる。息を呑みながら顔を引っ込める。

少女がいた。

「アイエエエエ!?」

悲鳴を上げるバリーの顎下に、熱帯びた銃口が押し当てられる。

「いたぶる趣味はない」少女は無感情に言った。「私の質問に答えて」

「ハイ」

バリーは震える声で答えた。自分は確実に殺されるのだと思った。そうすると、嫌に思考が落ち着いてきた。鎮静作用が漸く効いてきたのだろうか?

少女は人を探しているらしかった。精悍な顔つきをした男の顔写真と名前……ヒック・ハウイット。バリーは素直に答えた。そいつはもうとっくにくたばっているし、大切そうに持っていたペンダントは奪い取ったと。

……そう、さっきの通りのカフェテリアの床下に、他の金目のモノと一緒に仕舞ってある。そのうちキャラバンにでも売りつけるのさ。殺したのは俺じゃないぞ、マイティブロウ=サンだ。俺らのボスだ。その、その写真のそいつ……威勢のいい奴で、正義漢ぶって生意気だったからさぁ。見せしめみてぇにぶち殺されたのさ。ありゃ楽しかったね……ん、あれ?殺さないのか?……。

銃口が離れた。少女は横跳びに転がり込んだ。

「イヤーッ!!」

響いたカラテシャウトは彼女のものではない。アンブッシュ者が発したものだ。即ちニンジャ!
少女を狙った4枚のスリケンはバリーの肉体を無慈悲に貫いていた!

「アバーッ!!?」

「イヤーッ!!」

BLAM !!! BLAM !!! BLAM !!! BLAM !!!

ナムアミダブツ!略奪者の断末魔は襲撃者の更なるカラテシャウトと49マグナムの咆哮に掻き消された。放たれた弾丸はスリケンを砕き、砕き、砕き、砕き……!朽ちた廃屋の屋根上に立つニンジャの元へ飛んでいく!

「イヤーッ!!」

屈強な肉体を鎖帷子に包み、目元を露出した兜型ヘルムメンポを装着したそのニンジャは、己のブレーサーに装着された丸盾の外周曲面部スレスレに弾丸を当てて受け流し、衝撃を逸らした後、跳躍。少女からタタミ5枚分程の距離に着地し、敵意の眼差しを向ける。視線が交錯する。

「ドーモ、はじめまして。カープスタンです」

初めに襲撃者が名乗った。一連のアンブッシュが終了した証だ。次いで少女が名乗り返した。

「ドーモ。アズールです」

少女……アズールの空色の瞳がキッとカープスタンを睨め付け、剣呑なアトモスフィアに空気を張り詰めさせる。

「何やら騒々しいと思えばニンジャ……それも小童とは。ナローズ・ピットに何の用だ?蒙昧なる文化圏の企業戦士か?」

「……」アズールは何も答えない。

「フン、黙んまりか。まぁよいわ……」

カープスタンは鼻で笑いながらも、油断なき構えで敵の攻撃に備え、摺り足でジリジリと距離を詰めていく。

彼の左腕に装着された丸盾の中央部に開いた4個の縦スリットはスリケン射出口になっており、攻防一体のイクサを可能とする。古代ローマ剣闘士めいた風貌をしているが、彼が携えるは剣ではない。右腕に構えるそれは……チョップだ。凄まじいカラテを漲らせたチョップである!対するアズールは敵に向けた49マグナムの銃口を微動だにさせず、その場を動かない。

一触即発。一際強い風がビュウ、と吹き抜ける。先に動いたのは……。

「イヤーッ!!」

カープスタンだ!全速スプリントし、チョップ突きの姿勢をとる!タタミ3枚分ほどに距離を詰める!

BLAM !!!

響く轟音。カープスタンは姿勢を地面スレスレに屈め弾丸を回避。チョップ手を豪快に地面に引き摺り土埃を上げながら更に接近!恐るべきグラディウス・ドーの戦士は重剣めいたチョップを振り上げんとする!

「イィイイヤァァアーーーッ!!」

アズールは対峙するカラテの威圧感に目を細めながら、敵を限界まで引き付け……チョップの刃先が間合いに入るギリギリで引き金を引いた。BLAM !!! 反動を使い後方へ飛び下がる。カープスタンは盾の曲面で弾丸を受け流そうとするが間に合わず。盾の正面で受け止める。

「ヌゥーッ!?」

凄まじい衝撃を盾越しに感じながらカープスタンは唸った。銃口から放たれた弾丸はカラテを含まない。故にカラテ防御による威力減衰はできず……純粋に盾の強度のみで受け止める形になった。貫通は免れたものの、盾全体に蜘蛛の巣じみた亀裂が走った。その上、スリケン射出口スリットが幾つか歪み潰れてしまった。

だが次だ。カープスタンはドッシリと中腰に構え、チョップ突きの姿勢をとる。彼は注意深くアズールのムーヴメントを観察していた。

弾丸をカラテで生成しているわけではないことは今の防御でよくわかった。ならば必然、アウト・オブ・アモーが訪れることになる。リロードを挟まねばならぬ。故に敵との距離を開ける必要がある。物陰に隠れるか、回避動作の中にリロードを混じえるか。どちらにせよ、ここまでの動きを見るに、まず飛び下がり回避することは間違いない。スリケンすら投げず、ひたすらに直接のカラテを避けている……。

実際この思考時間は一秒にも満たぬ。ニンジャのニューロンがそれを可能とする。イクサに求められるのは無慈悲なる状況判断だ。

「……もしや貴様、スリケンの生成すらできんサンシタか?それでくだらん銃弾に頼らざるを得んと、そういうわけだ……装填数は何発だ?5発か、6発か、そうだな?残弾は把握しているか?シリンダーを確かめて見てもよいぞ、小童」

嘲笑を声音に乗せてカープスタンは言葉を紡ぐ。リロードの概念を印象付けさせ、思考・行動を絞らせるためだ。アズールは厳しい無表情のままサンシーカーを握る。その無骨な巨砲に釣りあわぬ華奢な手が一瞬強張ったのをカープスタンは見逃さなかった。

「イヤーッ!!」

畳み掛ける!歪んだスリケン射出口のうち2つからは不成形の金属屑が零れ落ちたが、残り2つからはやや形を崩したスリケンが時間差をつけて発射された。最初にスリケンを発射した方のスリットは射出直後に破損、スリケンの勢いもやや弱いか。少女はやはり飛び下がる。最初の1枚は回避したが……!

「……ッ!」

もう1枚がアズールの横腹を掠めた!タンクトップに血が滲む。痛みを感じながらも彼女はキッと敵を見据えた。破城槌じみたチョップを構えたカープスタンが迫る。心臓を貫かんとする凄絶なカラテ。アズールは口を少しだけ開け、小さく息をついた。そして、何かを宙空へ向けて放り投げた。

「ウヌッ……!?」

カープスタンのニンジャ動体視力はその何かを捉える。それは陽の光を受けて銃身とグリップの輝きを魅せていた。サンシーカー。

((得物を手放しただと?リロードの隙を晒すを良しとしなかったか、或いはジツの予備動作……構わぬ、どのみちこのまま殺す!ジツを使わせるよりも先に!!))

刹那的な思考!カープスタンは勢いを削がず突貫する。頭上の宙空で無骨な拳銃が通過する。チョップ突きの手に漲るカラテが熱気を放つ。飛び下がりて回避すれば踏み込んで追い打ちをかける!

「イィイイヤァァアーッ!!」

……一瞬。一瞬だ、彼が放り投げられた49マグナムに気を取られたのは。そしてニンジャのイクサにおいてその一瞬はあまりに致命的だった。カープスタンは目を見開いた。

アズールは飛び下がらなかった。それどころか、カープスタンめがけて飛び込んできたのである。その両手には……クナイ・ダート。間合いの感覚を狂わされ、カープスタンの動きが一瞬鈍る。空色の瞳が彼を射抜く。

「イヤーッ!」

「グワーッ!?」

放たれたクナイ・ダート、その1本はカープスタンの右腕に刺さり、もう1本は丸盾の中心、最後のスリケン射出口スリットを精密に貫いた。

「貴様……ッ!クナイを隠し持っていたのか!?卑劣な……」カープスタンは憎々しげにアズールを睨む。その目に驚愕の色が映る。少女の両手にはクナイ・ダートが生成されていた。

「イ、イヤーッ!!」

カープスタンが無理矢理にチョップ突きを繰り出す。アズールは歯を食いしばりながら顔を逸らし、紙一重で致命的一撃を避けた。その頬に赤い筋が一本、横に走る。尚も接近。体格差のある相手を見上げ、しなやかに跳躍する。

「イヤーッ!」

「グワーッ!?」

彼女はカープスタンの頭上で前転するようにして勢いをつけ、両手のクナイ・ダートを振り下ろし、その両肩に抉るように深々と突き刺した!そのまま空中へ飛び出し、カープスタンの後方へ。宙空を舞うサンシーカーを掴み取る!

「コシャクな……ッ!!」

並々ならぬ怒気を発しながら、グラディウス・ニンジャクランの戦士は振り返った。得物を掴んだアズールは、彼に背を向けた状態で空中にいる。

カープスタンの左腕の丸盾がパージされた。それを手で掴み取り、古代オリンピック円盤投げ選手めいた投擲姿勢をとった。その背、肩、腕に縄めいた筋肉が盛り上がる。極限に高めたニンジャ膂力を解放する!

「イィイイヤァァアーーーッ!!!」

空気を引き裂く音を発しながら丸盾投擲。彼の手を離れた直後、その外周曲面部の縁から円刃が展開された。危険な円盤がアズールの背に迫る!

「死ね!小童!死ねーッ!!」

おお、このまま彼女は無惨に引き裂かれ、死の大地に身を埋めバイオハゲタカの餌となってしまうのか!?……アズールは振り返った。その瞳の空色は、神秘的な光を灯していた。

「グワァァァアーーーッ!?」

瞬間、悲鳴をあげたのはカープスタンだ!突如その身体から鮮血が噴き上げ、筋骨隆々の肉体が不自然に宙に浮き上がる!

彼は混乱するニューロンのなかで、辛うじて事態を把握した。微かに空気の歪みを認識した。何か……何かが彼を襲った。姿見えぬ襲撃者が。

「GRRRRR!!!」

「グワーッ!?グワッ、グワーッ!!」

その者は咆哮を挙げながら牙を、爪を、カープスタンに食い込ませた。獣だ。巨大な獣だ!荒ぶる超常的な不可視の獣が、無慈悲なる蹂躙を見舞っているのだ!コワイ!

「グワーッ卑劣攻撃!卑劣攻撃グワーッ!!グワッ、アバッ!!アバババーッ!!」

BLAMN !!!

轟音。獣に振り回されながら、血走った目でカープスタンは見た。泥めいて鈍化した主観時間で彼は見た。アズールは重力に身を任せ降下しながら慣れた手つきで瞬時にリロードを済ませ、脇の下から片腕を通し、後方に迫る危険な円盤を狙い撃っていた。直撃。砕け散った盾を背に、放たれた鉛玉は跳弾。獣が吠え、カープスタンを放り投げる。迫る弾丸。サンズ・リバーへの渡賃は彼の兜型ヘルムメンポを突き破り、こめかみを貫いた。一瞬遅れてその顔の半分が砕け散り、爆ぜた。

「サヨナラ!」

爆発四散するカープスタンをアズールは一瞥すると、思い出したかのように頬から垂れる血を手の甲で拭った。そして虚空に向けて何かを呟くと、空色の瞳に宿った神秘的な光は薄れ、消えていった。不可視の獣も消え去った。

少女はウェスタンハットを深く被り直しながら歩き出し、『COME FOR TABLE』の錆びれた看板の元へ辿り着ついた。荒くれ者達の死体に貪りついていたバイオハゲタカ達が不満そうに叫びながら空へ飛び立っていく。アズールはそちらに視線を向けることなく、朽ちたカフェテリアの店内へ。

ナローズ・ピットの悪趣味なインテリアが出迎えるなか、彼女は室内を見渡した。そしてある一点を見やると、そちらに歩みを進め、屈み込んだ。周囲の床材と僅かに色調の異なる木材に手をかけて引き剥がし、埃っぽい床下を覗き込む。そこには薄暗い空間が広がっており、何らかのケーブル群や、爆発でも起きたのか、焦げ跡が焼きついた古めかしいUNIX筐体の残骸が疎に放置されていた。

アズールは床下に降りた。無惨に焼け焦げた機械類は埃を被っており、長らく誰の手も触れていないことが察せられた。スクラップに紛れ、焦げた人骨と思わしき物も散らばっている。ここで一体何が起きたのか、彼女は知る由もない。彼女にとってはどうでもよいことだ。

薄暗い視界の中、彼女は足元を見やる。雪道の轍めいて、埃や汚れの無い箇所……即ち足跡を。それは斑模様に錆が広がる金庫に向けて続いていた。予想通り、鍵はかかっていない。ナローズ・ピットのような荒野を生きる荒くれ者達にとって、この手のセキュリティは煩わしいだけの無用の長物だからだ。

華奢な腕で彼女は金庫を開ける。元はトロ粉末のタッパーかコーベインかを保管していたであろう金庫のなかに、略奪者が奪い取っていった金品が無造作に押し込められていた。目を凝らし、品々を掻き分け探り当て……引き抜く。

ジャラリ、金属音が寂しげに響いた。褪せたロケットペンダント。チャームを開くと、仲睦まじげな家族写真が収められていた。今は亡き持ち主の姿も、そこに写っている。アズールは口を噤み、暫く立ち尽くしていたが……懐にペンダントを仕舞い込み、踵を返した。床下から這い上がり、店外へ。

今度はハゲタカの群れが屍肉を喰らっていた。徒党を組んだオーガニックのハゲタカ達がバイオハゲタカの群れを追い払ったのだ。生傷だらけの彼らはアズールを見てもゲェーッ、ゲェーッ、と鳴くばかりで飛び立とうとせず、立ち去る少女の背を睨みつけながら屍肉を貪るのだった。


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コン、コン。

奴隷オイランを気紛れに弄ぶマイティブロウの耳に、扉をノックする音が聴こえた。彼は残忍な目に侮蔑の色を混じえながら、入室を許可した。現れたのは、黒色と灰色のツートンカラーのニンジャ装束を着た男。ニンジャの名はリゼントメント。彼はオジギをしながら、細い声で言った。

「ドーモ、マイティブロウ=サン。報告があります」

マイティブロウは不機嫌を露わにしながら無言で睨む。彼はリゼントメントを嫌悪していた。ニンジャでありながら、ナローズ・ピットに何食わぬ顔で所属し、モータルに顎で使われていたその惰弱さをだ。

ジツもなくばカラテもない、モータルに毛が生えた程度のカス。全くもってブルシットな野郎だ……何より気に入らないのはその出身だった。リゼントメントはネオサイタマの生まれなのだ。それも磁気嵐が消失するよりも前にニンジャとなっているようだった。

磁気嵐が消えた後、フラフラと目的もなく国外へ赴き、どこぞのケチな鉱山でコキ使われた末に重労働から逃げ、最終的にナローズ・ピットに身を寄せるに至ったという。非ニンジャは当然カスだが、半端なニンジャのカスは最低のゴミカスだ。マイティブロウはそのように考え、リゼントメントを嫌う。

露骨な蔑む態度を受けながら、リゼントメントは眼元に曖昧で卑屈な愛想笑いを浮かべながら報告を続けた。鼻から下を覆うクローム製メンポの下も、さぞ情けない面をしていることだろう。

「アー、エット……カープスタン=サンとの連絡が途絶えていまして……」

「ニンジャか?」

単刀直入にマイティブロウは問うた。カープスタン。ナローズ・ピットを牛耳った後に迎え入れた、手勢のニンジャだ。そのワザマエには彼も一定の敬意を持つ。何よりネオサイタマ出身だ。目前の軟弱者と違い、強靭なカラテあるネオサイタマ者だ。

しかし……死ねば終わりだ。実際、この地において……否、ニンジャの生きる世界において連絡が途絶えるというのは息絶えるのと等しい。そしてニンジャを殺せるのはニンジャだ。至ってシンプルな結論である。

「アー、ハイ、多分……そうです、ハイ、ええ、確認はまだ取れてませんけど……ソリッドクロウズ=サンが動いてくれるみたいで……」

「ソリッドクロウズ=サン?チッ……あの意地汚いケチな傭兵の爺めが。テメェが頼み込んだのか?リゼントメントォー……」

苛立たしげに問うと、答える声はやはり細く、辿々しかった。

「ハイ、ハイ、アッ、アノ……そうです、もう調査に入ってる、らしい……です、多分、ハイ。実際ダイジョブそう……ええ……アッ、もう報告終わりです、出ていきます!」

溢れる殺意を感じ取ったリゼントメントは慌ただしく言葉を紡ぎ、そそくさと逃げるようにして退室した。彼が扉を閉めた直後、スリケンが扉に突き刺さった。マイティブロウが投擲したのだ。一瞬前までリゼントメントの背があった空間である。「アイエッ!」扉の向こうから短い悲鳴があがり、遠ざかっていった。

「ブルシット……クソッタレのカスめ」

マイティブロウは苛立ちながら奴隷オイランを弄ぼうとしたが、彼の発するキリングオーラとニンジャ存在感によって、それは物言わぬ死体となっていた。ショック死したのだ。自我を失ってなお、ニンジャへの本能的恐怖は絶たれぬものであった。

残忍なニンジャは反射的に拳を振り下ろし、自我なき奴隷オイランの頭をスイカめいて砕いた。そして目を閉じ、ゆっくりと噛み締めるように深く息を吐いた。素晴らしいアンガーマネジメントだ。


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威圧的な印象を与えるスパイクを過剰に生やしたカーキ色のオフロードバギーが陽の光に照らされ、怪物の産声の如きエンジン音を轟かせる。運転席に座りハンドルを握るはアズール。カートゥーンめいた刺々しいバギーは彼女の所有物では無い。カープスタンの物だ。ペンダントを回収した後、彼女はゴーストタウンの外れに向かい、この物々しいビークルを見つけた。

カープスタンがアンブッシュを仕掛けてきたときの状況、彼の当初の立ち位置などから、その置き場所を予想していたのだ。そしてそれは実際当たった。エンジンキーはやはり挿さりっぱなしで、容易く少女に手綱を引き渡した。

小柄な体躯ゆえ、運転座席のシートを限界まで前部に引き摺り出し、足をめいいっぱいに伸ばしてアクセルペダルを踏み締める。冗談のような駆動音を発しながら、オフロードバギーが大地を駆け出した。

空席の助手席には広げられたマキモノ。ドリンクホルダーらしきパーツに捩じ込まれていたそれを開いて内容を見たとき、彼女は顔を顰めた。マキモノに記された地図には武装キャラバン『BESTIE』の予測進行ルートと、不穏な「たくさん奪って殺す」の文言が刻まれていたからだ。カープスタンは襲撃に向かう途上で攻撃を仕掛けてきたのだろう。彼にとってはほんの寄り道程度の行動だったであろうが、踏み入れ向かった先はジゴクだった。

アズールは車載ディスプレイと簡易IRCデバイスを見やる。微弱な電波を拾い上げながら、応答を願うメッセージがログに流れていく。文明圏や『中立非戦市街地』が構築するネットワークは、荒れ果てた大陸にさえ根を張っている。畢竟、人類はどうやってもインターネットから逃れることはできないのだ。

メッセージの発信者の名をアズールはニューロンに刻む。リゼントメント。ニンジャ第六感はその文字列がニンジャネームであると告げていた。カープスタン、リゼントメント、それに……インタビューで名を聞いたマイティブロウ。複数のニンジャを抱えた集団。武装キャラバンに他のニンジャが攻撃を仕掛けるであろうことは予想に難くない。

照りつける陽の光の下を、オフロードバギーが駆けていく。『BESTIE』の元へ。少女は一人、荒野を行く。


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