アーカイブ:【スシ・イズント・イートゥン・アット・エニィ・タイム】

過去に旧Twitterで投稿・連載していたテキストカラテ(ニンジャスレイヤーの二次創作小説)のログ/アーカイブです。ツイート通し番号と専用ハッシュタグの削除をのぞいて本文に変更点は無く当時のままであり、誤字修正や加筆の類はありません。


1.

 重金属酸性雨が降り注ぐ中、通路の端、小さな屋根の下でギターを鳴らす少女。「成果はーなくー」彼女の荒削りな歌声に耳を貸す人は、誰一人としていない。少なくはない通行人たちは、みな、少女の前を無関心に通り過ぎていく。「そのー先にー先に……アー……」

 少女はギターをかき鳴らしながら、口をモゴモゴとさせた。歌詞を忘れたのだろう。「アー……でー……出てたのがー」うろ覚えな歌詞を紡ぐ。通行人は誰も彼女の歌声を聞いていないため、このミスは彼女自身にしかわからぬことだ。「……未来が!ない!」彼女はシャウトした。

 通行人の何人かが彼女の歌声に気づき、鬱陶しそうな顔を向けたまま通り過ぎていった。少女はなんともいえない表情を浮かべながら歌い続けた。

 ……少女はアンプの電源を落とすと、ギターのシールドを引き抜き、それらを乱雑にまとめ出した。3、4曲はやっただろう。彼女は足元に置かれた空き缶を揺らした。何も入っていない。誰からも、何も貰えなかったが……チャメシ・インシデントである。

 少女は空き缶の側に置かれた『シュナイダー・ミルマ』の小看板を手に取ると、空き缶と共に乱雑にまとめた。足元のビニールシートから身をどかし、それを緩慢な動作で丸めた。

 少女はため息を吐いた。シュナイダー・ミルマことミルマ・ウルは、ネオサイタマを生きる少女だ。パンクロッカーを目指し、自身が作詞作曲した曲を引っさげ毎日ストリート・ライブに励んでいるが……成果は芳しくない。偶に空き缶の中に気休め程度の素子が入るぐらいだ。

「今週も……口座から引き落とすかあ」ミルマは哀しげに言う。彼女の家系は実際カチグミだ。故に、生活に行き詰まった場合……カネは出る。だがミルマはそうした現実をよく思っていなかった。パンクロッカーを目指す者が、親のカネを使って貧窮から逃れようとするという現実に。

 ミルマは荷物をまとめ終えると、そうした様々な想いを胸に、歩き出した。PVCレインコートを羽織って。周りに無関心な人々の合間を縫うようにして。そんな彼女の背を遠くから見る者があった。サラリマンめいた風貌の痩身の男は顎をさすると、何処かへと立ち去っていった。


◆◆◆

「成果はーなくー!」今日もミルマは歌っていた。ギターはチューニングが合っていないのか、ややキーがずれている。だが彼女は何ら気にすることなく歌い続けていた。「そのー先にー!出てたのがー!……未来が!ない!」彼女はシャウトを挙げた。通行人の何人かが彼女を見る。

 その視線はいずれも鬱陶しそうなものだった。ミルマは若干気圧されながらも歌い続けた。ふと、違う視線を感じ、彼女はそちらを見た。痩身のサラリマンめいた風貌の男が、こちらを見ながらなにやら必死にメモを取っている。(もしかして、プロデューサー=サン……だったり?)

 ミルマは僅かな希望を感じた。もしかしたら、この毎日のストリート・ライブを見てくれていたのかもしれない。彼女はより大きな声で歌った。サラリマンめいた男は、より一層メモを取った。「ヤバイなアトモスフィアー!けれど何もできないー!アー!」彼女はシャウトした。

「今夜もー!……?」ミルマは通行人の刺すような視線と、サラリマンめいた男の好奇の視線以外に。もう一つ。視線を感じ取った。そちらを見やる。そこには、染め残しの目立つ金髪オールバックに、紫色のスーツの男が。鼻から下は金属質な何かに覆われ見えない。

 男はミルマと、サラリマンめいた男を交互に見ているようだった。特に後者を。ミルマは怪訝に思いながらも、歌い続けた。

 ……「フゥーッ」歌い終えたミルマは、ソワソワしながら荷物をまとめ始めた。そんな彼女の元に歩みを進めるサラリマンめいた男。彼はミルマの側に立った。ミルマはソワソワしながらも、彼を睨みあげた。「何?」「ドーモ、ドーモ……私、ドノゴ・プロダクションの者でして」

 彼は名刺を差し出した。ミルマはおずおずとそれを受け取る。ナラエマ・ジュウゾウという名が刻まれている。「あなたの歌、とても良いと思いました。プロデビューしてみませんか?」ナラエマは柔和な笑みを浮かべながらミルマに問う。「エッ!プ……プロ?」彼女は戸惑った。

「ハイ。あなた充分通じますよ!私にはわかります」彼は言った。ミルマは戸惑いつつも、高揚を隠しきれずにいた。「わ、私……パンクロッカー……だから、プロとかそういうのは」「パンクロッカーでも契約している人は実際いますよ!」ナラエマは柔和な笑みを浮かべている。

「エ……ット……」ミルマは俯き、迷った。足元の空き缶が視界に入る。何も入っていない、空き缶を。その横にある『シュナイダー・ミルマ』の小看板を。「……私……」「どうしますか?私実際ビズがまだまだあるので、このチャンスなくなったら、多分ここにはもう来ませんよ」

「やり……ます」ミルマは小さな声でそう言った。ナラエマはニッコリと笑い、「そうですか!では手続きの方などありますので!まずは……これぐらいこちらの口座に振り込んでもらえればと」書類を提示した。要求金額を見、ミルマは息を呑んだ。「払えないならこの話無しです」

「は、払えます!払えますよ!」ミルマはナラエマの腕を握り、半ば泣きつくようにして言った。実際要求金額は高額だが……彼女の家系はカチグミ。口座から幾らか引き落とせばなんとかなる程度だ。「はやく振り込ませてください!」「ハイ、ハイ。熱心な子だ」
 
 ナラエマは電子端末を差し出した。ミルマは素早い手付きで、瞬く間に入金を済ませた。ナラエマはニタリと笑った。「ハイ。これでダイッジョブです!では事務所に案内致しますのでついてきてください!」彼は言い、ミルマの腕を掴み、早足気味に歩き出した。

「いたっ……あ、あの!もう少しゆっくり」「デビュー。したくないですか?」ナラエマが柔和な笑みを浮かべたまま振り返った。ミルマは黙り込んだ。二人は歩いていく。「……」その後方で、紫色のスーツを纏った金髪オールバックの男が彼らの背を睨みつけていた。

◆◆◆

 ナラエマに連れられ、引き摺られるようにして歩くミルマ。ギターとアンプ、ビニールシートといった荷物の重みを強く感じる。かなり歩いたはずだが、事務所は全く見えない。二人は人通りのない路地裏へと入っていく。「あ、あのまだですか?」「デビュー。したくないですか?」

 ミルマは再び黙り込んだ。二人は歩き続ける……が、それから二分ほどでナラエマが立ち止まった。「着きましたよ」彼は柔和な笑みを浮かべながら、うらぶれた路地裏の一角、地下へと続く階段を指差した。「え?」「着きましたよ」「……え?」「着きましたよ」

 ミルマは想像していた物とはあまりにかけ離れたそれをまじまじと見た。清潔感の欠片もないそれを。階段は錆びだらけで、所々に穴が空いている……。「さて、降りてください。地下に事務所ありますので」ナラエマがミルマを後押しした。彼女は戸惑いながら階段を降りていった。 

 ミルマは促されるままにボロボロのフスマを開いた。室内は暗い。彼女はそこへ足を踏み入れる。直後、後方のナラエマがフスマを強く閉めた。「え?」何か嫌な予感を覚え、「ナラエマ=サン……?」彼女はナラエマを振り返る。彼は笑い、壁のスイッチを押した。照明が点灯する。

 明かりに照らされた室内をミルマは恐る恐る見渡した。壁の四隅に仁王立ちするヤクザが視界に入り、彼女は恐怖した。沈黙を守る彼らの姿は四つ子めいてそっくりだ。「ア……?アイエエ!?」ミルマはシャウトした。激情的な歌のシャウトではない。恐怖ゆえのシャウトだ。

 それは四つ子めいたヤクザ達への恐怖だけではない。部屋の中央、不潔なソファーに座する不穏な存在への恐怖だ。その存在は下劣に笑った。表情はわからない。鼻から下は金属質な何かに覆われているからだ。「ごっはっは!ナラエマ=サンよ、上玉じゃねえか、エエッ?」

「ええ、ええ、ローバリー=サン。それはもう。カネは払わせました」ナラエマも笑い、中央に座する不穏な存在……ローバリーと呼ばれた屈強な大男へオジギした。「アイエ?アイエエ?」ミルマは訳も分からず混乱する。ローバリーは下劣に笑いながら、ヤクザへと合図を出した。

 刹那、四隅で待機していた四つ子めいたヤクザがミルマへと襲い掛かったのだ!「「「「スッゾコラー!」」」」「アイエエ!?」ミルマは抵抗しようとしたが無駄だった。ギターケースやアンプなど、荷物が床に落ちる。ナラエマが歩み寄り、それらを踏み潰した。 

「いやはや、ミルマ=サン……ええっと、『シュナイダー・ミルマ』でしたっけ?いやあ素晴らしい演奏と歌声でしたよ!一切聞いていませんがね!」彼は笑い、ミルマの側へ近づくと、彼女の服を脱がし始めた。「アイエエ?」「カネはたくさん貰いましたァ。次は嬌声を」

「ごっはっは!カチグミか、実際?」ローバリーがソファーから立ち上がり、彼らの元へ歩みを進めた。一歩近づくたび、ミルマは震えた。「ニ……ニ……!」「ア?」「ニンジャ……ニンジャナンデ!?」彼女は涙を流しながらシャウトした。然り。ローバリーはニンジャなのだ!

「ごっはっは!そうよ、そうよ!俺様はニンジャだ!振り込まれたカネは多い……カチグミの娘か!?エエッ!?」「アイエエ!実際そうです!」「振り込まれた分で全部か!?」「アイエエ!まだあります!」「なら全部振り込め!」「アイエエ!?」ナムサン!なんたる理不尽か!

「よし、取り敢えず全部脱がせナラエマ=サン。そんで写真撮れ」「ヨロコンデー!」「や、やめ」「イヤーッ!」ナムサン!ローバリーの平手打ち!「ンアーッ!?」その間にナラエマが手際よく彼女の服を脱がせていった。ミルマは己の身に降りかかった理不尽を恐れた。

 同時に、己のウカツを悔いた。プロデビューという言葉に釣られて、このような……このような目に。「もちろん誰にも話すなよ?話せば写真をばら撒く!」「アイエエ……」ローバリーの下卑た声を恐れ、ミルマは震えた。ナラエマがニタニタと笑いながら、彼女の下着へ手を……。

「イヤーッ!」突如、カラテシャウトが響いた。その場の全員が音の方へと顔を向けた。フスマが吹き飛んでくる。「グワーッ!」ナラエマはフスマに直撃し、倒れた。「何だ!?何が起こった!!」ローバリーが怒鳴り散らし、そちらへと歩みを進める。瞬間、「イヤーッ!」

 フスマのあった場所からスリケンが四枚飛来!「「「「グワーッ!」」」」四つ子めいたヤクザ達の額に突き刺さる。割れた額から緑色の血液が噴き出した。拘束の力が無くなったため、ミルマは床にへたり込んだ。「アイエ……?」緑色の血液はやがて、赤色になっていく。

「なっ……」ローバリーが狼狽しながら入り口を指差す。「ニンジャ、ナンデ!?」そこからゆっくりと姿を現したのは……染め残しの目立つ金髪オールバックのニンジャ。身に纏う紫色のヤクザスーツには、クロスカタナのエンブレムが!「しょうもねえことしてんな、エエ……?」

 ミルマはその闖入者の姿を見、そして。眠るようにして気絶した。色々なことが起こりすぎた。その上、ニンジャが二人も現れたのだから。「ヌウーッ」ローバリーは部屋の隅へと飛び退く。闖入者たるニンジャはアイサツをした。「ドーモ、ローバリー=サン。アソシエーテです」

「ド、ドーモ。アソシエーテ=サン。ロ、ローバリーです……なぜ俺の名を!?そして場所!行動!?」ローバリーは錯乱しながら畳み掛ける。アソシエーテは無表情で返す。「ここらが俺のシマ……ひいてはソウカイヤのシマだってことを知らんのかイディオットめが」「エッ?」

 アソシエーテは返しながらも前進し、「イヤーッ!」スリケンを床に這いつくばるナラエマへと投擲。「アバーッ!」彼は断末魔の叫びと共にブザマな死を遂げた。アソシエーテは足元に散らばるアンプのパーツやギターのパーツを、靴でミルマの元へと寄せる。「ソ、ソウカイヤ?」

「そうだ。ソウカイヤだ。まさか知らんわけではないだろうな」アソシエーテは己のヤクザスーツに刻まれたクロスカタナのエンブレムを指差す。「ソウカイヤ……ソウカイヤ……?……アッ……アアッ……!」ローバリーは恐怖に顔を歪ませた。そしてドゲザした。

「ゴメンナサイ!」彼はしめやかに失禁していた。アソシエーテはツカツカと歩み寄り、その頭部を踏みつける。「ソウカイヤのシマで?野良ニンジャが?勝手に振る舞い?カチグミの娘からカネを巻き上げて?今更許しを?……ザッケンナコラー!!」「アイエエ!!」

「ソウカイ・ネットは強大だ。お前の名前、行動、全て把握済み」「アイエエ……」「カチグミ以外の女や男からも同じような手口でカネを巻き上げてたな?」「アイエエ……」「俺は勧誘部門の者だが、実際気が立っている。お前はサンシタもサンシタ、勧誘する必要もなし」

「は、反省します!カネは返します!だからどうか!」ローバリーはブザマに乞うた。アソシエーテは彼を嘲笑する。そして気絶し床に横たわるミルマを指差した。「あのカチグミの娘。あれはな、ネコソギ・ファンドの傘下企業のカチグミ家系だ」「えっ」「詐欺。暴行未遂。な?」

「……アイエエ!!ブッダファック!」ローバリーはドゲザから起き上がらんとした。アソシエーテを殺さんが為だ。だが、「イヤーッ!」アソシエーテは足にカラテを込め、力強くストンプ。ローバリーの頭部が砕け散った!「アバーッ!サヨナラ!」爆発四散!インガオホー!

 アソシエーテは舌打ちし、爆発四散跡を一瞥すると、ミルマの元へと歩み寄った。しゃがみ込み、その頬を軽く叩く。「うっ……?アイエエ!?ニンジャ!?」「ドーモ、ミルマ=サン。アソシエーテです。ひとまずは安心しろ」彼は言い、脱がされた彼女の服を拾い、差し出した。

「そして服を着ろ……パンクか何かか、お前は?」ミルマは怯えながらも服を受け取り、おずおずと頷いた。「ま、生き方にどうのこうのは言わんが。もう少し気を払うべきだ。ここはネオサイタマだぞ?そうそうウマイ話なんてありゃしない」「……ハイ……」

 ミルマは涙を流し、こくこくと頷いた。アソシエーテは彼女の手を引き、立ち上がらせる。そしてしゃがみ込み、目線を合わせ肩を叩いた。「アー、パンクってのはよくわからんが。いいと思ったぜ、お前の歌。だから、まあ、好きなようにやれ。要は生き方だろ、パンクってのは?」

「でも私、生き方も中途半端で。カチグミの娘なのにパンクで、パンクなのに親のカネおろして生活して……」「歌は好きなのか?あと聴いたことねえ曲しかやってなかったが、ありゃお前の曲か?」ミルマは頷く。「それならそれでいいだろ。『何でも使え』。ミヤモトなんたらだ」

 アソシエーテは立ち、ミルマの手を引くとこの陰惨たる欺瞞事務所を出た。重金属酸性雨は、珍しく止んでいる。アソシエーテはヤクザモービルに乗り込み、駆動音を轟かせながらその場を去った。ミルマは、壊れたギターとアンプを抱えながら、歩き出す。強い笑顔がそこにあった。



『スシ・イズント・イートゥン・アット・エニィ・タイム』


◇回顧録◇

看板ニンジャの一人、アソシエーテが主役の短編エピソード。彼はニンジャであり、ヤクザであり、そして小市民的な……ニンジャらしくない人間味ある人物だ。このエピソードはそんな彼のキャラクターを示すために書かれたもの。実際のところ、本エピソードより以前にも何本か彼の登場エピソードはあり、当時お読みくださっていたフォロワー様方からは充分にアソシエーテの人間性は周知されていたが……今回のアーカイブ掲載にあたって、もしご新規の方がお読みになられるのであれば……端的にアソシエーテの人物像を先に示しておけば今後のアーカイブ作品への橋渡しになるのではないかと思い至った。
なので当時の連載順ではなく、かなりエピソードをすっ飛ばした状態での公開になった。何せ彼の単独登場回は少ない。宿敵たる少女ニンジャ・ミリピードとセットで登場するのが大半だからだ。このエピソードはミリピードの名前も姿も一切出てこない唯一のアソシエーテ回……のはず。
彼の属する総会勧誘部門について。今でこそN-FILESや各種TRPG資料等によって設定が固まっているが、このエピソードが書かれた当時は詳細な設定は掲示されていなかった。勧誘部門……それはほぼ、ソニックブームに魅せられたヘッズたちが見ていた集団幻覚であった。私もそのひとりであった。近年のソウカイヤ周りの充実さには感謝とソンケイをひしひしと感じている……。

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