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今年のふり返り:少数派なりにちゃんとしたいということ。

ちょっと唐突に暗めの話に突入していくのですが、ここ最近どこにいても何をしていても、ほとんどどこも自分のいるべき場所ではない気がする、という現象が起きてきています。

起きてきている、というより、物心ついてからずっとこの状態のような気が 今更ながらしています。こんなことはSNSでは発信できないので、ちょっとこちらにお世話になりたいと思います。

2018年はそれなりに楽しめる場所や、また会いたいと思う大好きな人たちもできた。それは本当に素敵なことでした。

しかしそれでもまだその場所も、水が合うという感じがしてこない。 

大好きな人たちが所属する場所でも、その他のほとんどの人とは何を話していいのかわからない。 というかかなり正直になってしまえば、話をしたいと感じない。 直感的に、共通の話題や近づいていきたい気持ちがしないと感じているのかもしれない。

その場所には、なにかに打ち込んでそれを生業にしていたり、ある程度活躍したりという人たちが集まっていて、そういう人たちはやはりある程度自分と同じレベルで頑張っていたり、成果を出している人と繋がっていきたい。

それがなんとなく経験値で分かるので(もしかすると私の思い込みかもしれないが) 、私は相手の良い友人になれるような成果を上げている人間ではないから、相手もまた私と近づきたいという気持ちは湧かないだろうということを想像して余計にコミュニケーションが遠ざかる。

そこは社交場で、ひとりひとりがアーティストのようなものだから、皆 自分のイベントには人を呼びたい。 その為に仕方なく人と喋っているようなところもあるのだけれど、大変残念なことに、そのイベント自体を面白いと思ったことがほとんどない。(この場合の"残念"は、大多数の人が問題なく楽しめている事に対して、私はそれを楽しむ為には多大な労力を費してしまう、というマイノリティな自分の感性に対する気持ちでもある) 

好みのアーティストがゲストで来ているようなイベントならまだ楽しめるけれど、そうでもなければお付き合いで顔を出すのがどうも大変苦痛に感じるようになってきて、今年の終わりには思ったよりも疲弊してしまったのでした。

そもそも、音楽やアートに関わっていきたいという自分の欲望から飛び込んでいき、受け容れてもらった場所であるというのに 

なんとなく楽しめなくて しかもそれを他の人のせいにしそうになる、という不甲斐なさ。

色々なイベントのお誘いをいただくので、それをお断りするために返信し、返信にも疲れて、SNSをちょっとお休みして、

悪いのは相手じゃない、と呟くこと数日。

自分がカチっと、これだなと思うことをできていないから。 だからこういうことになってしまったのだなと 顧みています。

自分がこれだなと思うことで頑張れていたら。それで少しでも成果を感じられるようになってきたら。  そうしたら、ぐちぐちと考えたりしないで だれとでもコミュニケーションを楽しんでいけるようになるのだと

思っています。 そう思って精進してゆきたいです。

(なんだか暗い話になりそうだったので、写真だけは少しほっこりしたくて、そうしたら最初に見つかったのが、1年半くらい前のパンケーキの写真でした。 明るい写真、もうちょっと撮ろうかな。)




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