Off Flavor入門〜㉚日光臭
前回からの続き
前回は誤解されているオフフレーバーT2Nでした。酸化臭と言われることが多いのですが、ビール中の溶存酸素はT2Nの生成には関係していないんです。
今回は日光臭として知られる3MBTです。こちらは日光(光)がずばり生成に関与しています。日光臭はコントロールに関して若干誤解されている部分もあるので、今回はコントロールのボリューム多めです。
化合物としての特徴
日光臭の原因化合物は3-methyl-2-butene-1-thiol(3-メチル-2-ブテン-1-チオール、3MBT)です。炭素3の位置にメチル基が、2の位置に二重結合(ブテン)が、1の位置にチオールがついている構造です。英語の文献ではPrenylthiol(プレニルチオール)という表現も見られます。3MBTの3-メチル-2-ブテンの部分の構造をプレニル基と呼ぶためです。静電ポテンシャルマップを見ると分かる通り、プレニル基の部分は疎水性が高く、チオール部分は分極していて親水性が高い構造になっています。硫黄化合物の一般的な性質に関しては、過去回(メルカプタン、DMSなど)も参照ください。
日光臭は英語ではLightstruck(Light-struck)です。StruckはStrikeの過去分詞形で、Strikeにはご存知のとおり「打撃する」「攻撃する」「当たる」などの意味がありますが、「(光が)降り注ぐ」という意味もあります。
臭い
日光臭の典型的な官能的説明は、スカンキーです。他には硫黄っぽいとか、コーヒーとかトフィーキャンディとか言われますが、やはり圧倒的にスカンキーという表現が多いです。日本に住む我々にはスカンクの臭いと言われてもピンとこないですが、なんというか刺激を伴う悪臭です。
閾値と分析方法
3MBTの官能閾値は5-30pptとされ、大変低い値です。いままで見てきたとおり硫黄化合物の閾値は低い傾向にあります。
分析方法は、訓練された官能評価員による官能評価パネルが推奨されています。GCによる分析も可能と思います。ASBCでは日光臭の研究成果は紹介されていますが、分析方法の規定はなさそうです。
生成とコントロール
生成
3MBTは、ホップのイソα酸が350-500nm(-550nmとする文献もあり)の波長の光を受け開裂し、アミノ酸から発生したSHラジカルと結合することにより生成されます。
光励起は光エネルギーによってHOMOの電子が励起状態になり、上の軌道にぴょんとジャンプすることでそのエネルギーを吸収する反応です。このビラジカル状態は極めて不安定なので、すぐに開裂したり他の分子と結合を形成したりします。イソα酸が350-500nmの光に当たると「3MBTの生成」図の赤い丸で囲った部分がラジカルに開裂します。光励起については過去回「フロンティア軌道理論」参照、ラジカルや開裂については「化学反応の基礎」参照。
続いて、350-500nmの波長の光について。上の図のとおり可視光線の下限のやや外側(紫外線)から薄いブルー(シアン)あたりの波長です。太陽光線はもろにこの波長を含むので、3MBTの生成は旺盛になります。直射日光に30秒ビールを当てると認識可能なレベルの日光臭が発生すると言われています。蛍光灯などの照明の光もこの波長を含む限り3MBTを生成します。
コントロール
日光臭は350-500nmの波長によって発生するので、コントロールの一番は遮光です。瓶と違って缶は遮光性が高いので日光臭をほぼ完全にコントロールできます。瓶やペットボトルに充填する場合もなるべく早くカートンに入れるなどでコントロールできます。製造工程では充填直後にビールが短時間ながら光にさらされることもあると思いますが、なるべく遮光してあげることが大事です。あとはお客様の元での保管環境に大きく左右されるので「とにかく光に当てないで」と注意喚起する必要があります。
さて、日光臭のコントロールにはオカルトチックな言説が2つあるのでついでに紹介します。「茶瓶最強説」と「LEDは大丈夫説」です。茶瓶最強説というのは、緑や青の瓶に比べて茶瓶の遮光性は高いという事実を拡張して、黒瓶より茶瓶のほうが遮光性が高いとする言説です。実際はそんなことはなくて黒瓶のほうが遮光性が高いです。茶瓶は450nmまではほぼ遮光しますが、450〜550nmの光は通してしまいます。黒瓶は全波長を遮光するのでより日光臭対策になります。ただ黒瓶は製造コストが高いので、ビールの容器として使うには適していないということでビール業界では茶瓶が広く使用されているようです。(このへんとかこのへんとか参照)
LEDは大丈夫説は、LEDの照明下では日光臭は発生しない、もしくは発生が少ないという説です。白色のLED照明は青色LEDを黄色の蛍光体に照射して白を発色させる方式が最も多いです。(その他の方式もありますが、以後の説明は基本的にはこの方式を前提にします。)波長を見ると460~500nmが最も高いピークになっています。ここはずばり3MBTの生成に関与する波長なので、LEDでも日光臭はつきます。とはいえ青色LEDには420nm以下の波長がほとんど含まれておらず、蛍光灯よりは日光臭は低減されるとも言われています。ただ、このあたりの検証をしている論文などは見つけられませんでした。
次回へと続く
日光臭、いかがでしたでしょうか。著名なビール研究家であり、私と会社にとっての恩人でもあるゲント大学元教授のデニス氏(Denis De Keukeleire)に「日光臭は茶瓶より黒瓶のほうがよく防げるよー」と教えてもらったことがあり、なんか教科書で習ったことと違うなあと思った記憶があります。このように日光臭のコントロールに関しては誤解されていることが多いと思うでぜひ書きたかったです。根拠となる文献を見つけるのが下手なため不十分なところはありますが、理解の入口になると幸いです。
次回はメタリックです。このメタリックで個別紹介編は最後になります。
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