Off Flavor入門〜⑰酢酸
前回からの続き
前回はアセトアルデヒドでしたが、今回はアセトアルデヒドが酸化されることで生成する酢酸についてです。前回と合わせて読まれることをお勧めします。
化合物としての特徴
酢酸(Acetic Acid)はビールに含まれる有機酸の中でも代表的なものの一つです。一般にはお酢の主成分として、むせるような酸味があるフレーバーとして知られています。
酸性を示す有機化合物の総称を有機酸といい、有機酸の多くはカルボン酸です。カルボン酸の中でも炭化水素鎖にカルボキシ基が一つついたものを脂肪酸といいます。酢酸は有機酸であり、カルボン酸であり、脂肪酸でもあります。ただ、脂肪酸というと通常はもう少し炭素数が多いものを指すことが多いので、一般的には酢酸を脂肪酸として扱うことは少ないかもしれません。(カルボン酸については第6回を参照)
カルボン酸は水溶液中でH+を放出する酸としての性質が強いです。カルボン酸がH+を放出する仕組みは以前のビールと水シリーズ第8回を参照ください。前回のアセトアルデヒドのときに説明した、電気陰性度の高い酸素が炭素側から電子を引っ張っぱる現象が要因となっています。
酢酸をはじめとするカルボン酸は水溶液中ではカルボン酸イオンとしても存在します。カルボン酸イオンは共鳴構造によって安定して存在することができます。上の図でオレンジで囲った構造はどれもカルボン酸イオンです。COO結合はどちらか一方が二重結合でもう一方が単結合というわけではなく、COO全体に電子が非局在化した共鳴構造になっているということです。
どれくらいの割合が酢酸イオンとして存在するかはpHによって変わります。酢酸のpKaは4.8なので、水溶液のpHが4.8のときに半数が酢酸イオンになります。ビールのpHは4.5以下のことが多いので酢酸:酢酸イオンの存在率は2:1などのようにイオンのほうが比率が低いと考えられます。(pKaについてはビールと水シリーズ第7回参照)
酢酸はアルコールと脱水縮合することでエステルになります。このようなカルボン酸とアルコールの反応をエステル化といいます。酢酸による代表的なエステルは、酢酸エチル(シンナー、除光液)、酢酸アミル(バナナ様)、酢酸イソアミル(バナナ様)などです。
臭い
典型的な酢酸の官能的な説明は、お酢、刺激的な鋭い酸味です。揮発性が高いので濃度が高いとむせることもあります。乳酸やクエン酸は酢酸に比べると爽やかでマイルドな酸味とされますので、酸味同士で対比すると分かりやすいかもしれません。
閾値と分析方法
官能閾値は文献によって大きな差があり、71ppmとする文献、60-120ppmとするもの、175というものもあります。いずれにしてもppmオーダーなので高めです。実際ビールには少なからず酢酸が存在しており、味わいの下支えをしているとされています。またある種のサワーエールは酢酸のフレーバーを許容し、そのスタイルの特徴として存在しても良いとしています。代表的なものはランビックやフランダースレッドエールです。
分析方法としては官能評価が一般的です。ASBCで規定されているBeer 8. Total Acidity、BCOJの8.24有機酸などの規定分析法はありますが、有機酸量の測定はできても酢酸単体の定量化はできないので、もっぱらLC(と場合によってはGC)を使う分析がメインと思います。
ちなみに2020年の全国地ビール品質審査会では、酢酸の分析値の平均は、エールで52.3ppm、ラガーで140.7ppm、ヴァイツェンで234.1ppmだそうです。先に紹介した官能閾値に比べると実際のビールには閾値を超えるものが多くあるということになります。特にヴァイツェンは突出して高いですがお酢のフレーバーを感じるかなあ。なんだか腑に落ちないですが、一旦受け止めて説明を進めます。
生成とコントロール
生成
エタノールの自動酸化によるアセトアルデヒド→酢酸への反応もありますが、これは微々たるもの。原材料の大麦由来のもの、通常のビール酵母の発酵によるものの他、汚染による生成経路がメインです。とりわけオフフレーバー化する場合は汚染によることがほとんどです。酢酸を生成する汚染菌としては酢酸菌科のアセトバクター属、グルコノバクター属などがありますが、これら好気性の酢酸菌はとてもレアな菌なのでバレルエイジングなどの特殊な環境を除けばビールの製造現場での汚染は稀です。実際の現場では通性嫌気性でヘテロ型のラクトバチルス属(乳酸菌)による汚染が多いのではないかと思います。ここでいう通性嫌気性というのは、酸素がない状態ではもっぱら乳酸発酵し酸素があると乳酸以外のもの(エタノールとか酢酸)も生成すること、ヘテロ型というのは乳酸の他にエタノールや酢酸を生成することを意味します。乳酸菌の他、ブレタノマイセス属やジゴサッカロマイセス属などの野生酵母系も酢酸を一定量生成します。
ちなみに乳酸菌に汚染された場合は、酢酸とともにダイアセチルを生成することが多く、汚染ビールはバターっぽくて酸っぱいフレーバーになりがちです。Siebelのセンサリーキットには「Contamination」というのがあり、これはダイアセチルと酢酸の混合フレーバーになっています。
反応としては上記のような経路になります。人間がエタノールを分解するときも同じ反応経路ですが、汚染による場合は汚染菌が酵素を使って反応させます。自動酸化の場合は酵素なしの反応ですが、前回のアセトアルデヒドの時も触れましたが、酵素なしの反応は稀だと思います。
コントロール
コントロールとしてはずばり汚染を防ぐことになります。また酸素の混入をできる限り防ぐこともコントロールになります。一般的な衛生管理、つまり容器やパーツの洗浄殺菌、と一般的な酸素の混入防止策が対策となります。
また、ビールの提供現場での汚染も見逃せません。ビールラインやタップなどドラフトシステムの洗浄の徹底も大事です。
なんか一般論すぎてすみません。
次回へと続く
酢酸は、オフフレーバーとしてはマイナーですが、酵母の発酵や汚染と密接に関わりがあるので重要なオフフレーバーだと思います。個人的には閾値と実際のビールの酢酸濃度の関係がしっくりこないですが、オフフレーバーはバランスの中で考えるものだということで自分を納得させています。
さて、次回は酪酸です。少しネタバレすると酪酸はカルボン酸です。このシリーズを読んでいる方ならカルボン酸と聞いただけでいろんな特徴が思い浮かぶのでは?
お読みくださりありがとうございます。この記事を読んで面白かったと思った方、なんだか喉が乾いてビールが飲みたくなった方、よろしけばこちらへどうぞ。
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