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ビールと水〜⑧酸がH+を放出するメカニズム

前回からの続き
前回は酸解離定数pKaを使って、酸の強さについて考察しました。今回はそもそもなぜ酸がH+を放出するのか、そのメカニズムに触れたいと思います。本来は原子軌道や電子配置は量子力学的に考えないといけないのですが、今回は量子力学の話は割愛してます。毎回「ざっくり」ですみませんmm

酸解離のメカニズム

そもそもなぜH+が解離するのか

乳酸の酸解離

このシリーズでは何度も登場している乳酸がH+を放出する図です。必ずAの位置の水素イオンが解離します。BやCの位置ではありません。また、そもそも共有結合の結合力はとても強いはずです。それが水にぶちまけただけで、pH7付近ならほぼ100%解離するのはなぜでしょうか。それには電気陰性度と電子の性質が関係しています。

電子の性質

電気陰性度は以前の投稿で触れたので、今回は電子の基本的な性質をおさえておきましょう。

  • 電子は自由に動き回りたい

  • 電子はエネルギーの低い軌道から順番に入っていく

  • 電子は縄張りを重視する(他の電子対と同じ軌道にいられない)

  • スピンが違えば、同じ軌道に2つの電子が入れる

  • てゆうかむしろ電子はほんとは対(ペア)になりたい

  • 電子はマイナスに荷電しており、プラスと引き合う

基本性質としてはざっくり言えばこんな感じでしょうか。「自由に動き回りたいけどペアになりたい」とか一見矛盾した傾向がありますが、こういう人は結構いるので、擬人化して考えると理解しやすいかも。(電子の性質を正確に知るには構成原理、パウリの排他律、フントの規則などを調べてみてください。)

原子軌道

原子核の周りに電子が存在する状態を原子軌道といいます。軌道は波動関数で表せますが、今回はそのへんは割愛してます。
原則として、原子はプラスとマイナスの電荷が釣り合って、かつ同程度のエネルギーの軌道がすべて電子対(ペア)で埋まると安定状態になります。

HeとNeの電子配置

1s、2s、2pというのが電子が入る軌道です。上に行くほど高エネルギーになります。貴ガス(旧名: 希ガス)と呼ばれるヘリウムやネオンは安定状態になる条件を原子単体で満たしています。丸で囲っている数字は電子が入っていく順番を表します。プラスの電荷を持つ陽子とマイナスの電子の数が一致し、ヘリウムなら1s軌道が、ネオンなら2s・2p軌道がペアで埋まっているので安定です。

炭素と酸素の電子配置

一方、炭素や酸素は、電荷は釣り合っていますが、2p軌道に空きがあるのでこのままでは安定しません。なので、電子はペアになるために他の原子と電子を共有しようとします。その結果できるのが共有結合です。

混成軌道

③水は変わり者(水の形と水素結合)」で下記のような正四面体のモデルを提示しました。

VSEPR法による分子の構造モデル

これを原子軌道上の電子配置で表すと下の図になります。

水分子の電子配置とσ結合

2s軌道(1つ)と2p軌道(3つ)のエネルギー準位が同じになって、混成軌道を作ります。この場合はs軌道が1つとp軌道が3つなのでsp3混成軌道と呼ばれます。sp3混成軌道の4つの軌道のうち、2つの軌道でに水素原子からの電子を共有して、共有結合しています。この結合はσ結合と呼ばれます。ちなみに、水分子は結合後は、すべての軌道をペアで満たした安定した状態になっています。

カルボン酸はなぜH+を放出するのか

乳酸のカルボシキ基

冒頭の乳酸の図に戻ります。上の図の左側の赤で囲ったCOOHの構造はカルボキシ基と呼ばれ、乳酸や酢酸を含むカルボン酸に共通する構造です。このカルボキシ基の炭素と酸素の二重結合は下記のようなイメージになっています。

炭素と酸素の二重結合イメージ1

炭素と酸素はsp2混成軌道によってまずσ結合で結ばれます。炭素と酸素はもう1対の電子を共有するのですが、すでにσ結合が1つ存在するので、その軌道を避ける領域で結合するしかありません。電子は縄張りを重視するからです。そんなわけでπ結合ができます。

炭素と酸素の二重結合イメージ2

この結合はこんな感じのイメージ図が書かれることもあります。π結合のほうが広い範囲に電子が存在し、より動きやすい状態にあります。すると何が起こるか。「③水は変わり者(水の形と水素結合)」の回でやった酸素(3.44)と炭素(2.55)の電気陰性度の差を思い出してください。酸素のほうが電子を引っ張る力が強いので、π結合で共有している電子を酸素が自分の側に完全に引っ張り込む現象が起こります。
これ以降の動きを下の図で見ていきましょう。

カルボン酸がH+放出する流れ

酸素原子がπ結合の電子対を自分の側に引っ張り込むと、酸素原子がマイナスに、炭素原子がプラスに荷電します。マイナスとプラスでどちらも不安定なのですが、安定度が違います。酸素原子は軌道はすべて埋まっていますが、炭素原子は軌道が埋まっておらず、より不安定な状態です。そこで下の酸素原子から電子対を引っ張ってきて、新たなπ結合を作ります。下の酸素原子は余ったH+を放出します。ここでなぜH+が放出されるのかというと、水に極性があるからです。水の極性のお陰でH+の引き受け手がいるということですね。水の極性に関しては「②水は変わり者(水の基本性質)」で見てきたとおりです。
なおこの図では元々所属していた原子の色で電子を色分けしていますが、電子はジプシーのごとく自由なやつなので、実際には移動した電子は元の所属先など関係なく軌道上に分布しています。

非局在化電子とは

H+が放出された後のカルボン酸イオンでは、下記の図の左側のように二重結合の位置が入れ替わります。

カルボン酸イオンの共鳴

もっというと重なり合った状態である右の図のようになります。電子は「自由に動き回りたい」という基本性質により、点線の場所に広く分布し、酸素原子に交互についていたマイナスの荷電は、分子全体にかかるものとなります。このような構造を共鳴といい、共鳴によって電子が広く分布することを非局在化といいます。
水は極性溶媒なので、イオンは安定して存在できます。なので酸解離した後も水の中で安定してカルボン酸イオンが存在することができます。
ちなみにこの仕組みはカルボン酸だけでなく、リン酸や炭酸にも共通するものがあります。形をみると一目瞭然、酸素との二重結合の隣にヒドロキシ基(-OH)があるカルボン酸と同じ構造になっています。

リン酸と炭酸

リン酸の場合は、リンの電気陰性度が2.19と炭素(2.55)よりさらに低いので、電子が酸素側に引っ張られる傾向がより強くなります。

次回へと続く

今回は酸がH+を放出するメカニズムについてでした。いかがでしたでしょうか。量子力学や原子軌道についてもっと丁寧に説明したかったですが、丁寧にやると分量が大変なことになってしまうし、私にはそんなに正確な知識はないのでいつもどおり「ざっくり」の話で恐縮です。次回はアルカリ度の話をしようと思います。

お読みくださりありがとうございます。この記事を読んで面白かったと思った方、なんだか喉が乾いてビールが飲みたくなった方、よろしけばこちらへどうぞ。

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