見出し画像

Off Flavor入門〜⑳ダイアセチル前編

前回からの続き
前回まで3回続けてカルボン酸を紹介しましたが、今回はダイアセチルです。おそらく最も有名なオフフレーバーではないかと思います。有名なだけあってダイアセチルに関する文献はたくさんあり、この投稿では網羅性のある情報提供はできません。あくまでも入門編として書きたいと思います。
しかしながら、なるべくポイントを絞って書こうとしてもやはりダイアセチルに関して巷に流通している情報は多く、1回の投稿では収まりきらなかったので前後編に分けています。


化合物としての特徴

ダイアセチル

ダイアセチル(Diacetyl)は、ジアセチルとも呼ばれ、IUPAC名は2,3-ブタンジオン(2,3-butanedione)です。英語ではカタカナのダイアセチルに近い読み方をされるので、醸造業界ではダイアセチルと表記する文献が多いですが、化学の慣用名としてはジアセチルのほうが一般的と思われます。
構造としてはアセチル基(CH3CO−)が2つくっついている構造でもあり、ブタンにケトン基(カルボニル基)が2つくっついている構造でもあります。アセチル基が2つなのでジ(2)アセチルと呼ばれ、ケトン基が2つなのでジケトンの1種とされます。
ケトンもアルデヒドと同じように炭素-酸素二重結合を持つカルボニル化合物として反応性が高いです。アセトアルデヒドの投稿で紹介したとおり、酸素に結合する炭素が電子不足になっていて求核攻撃を受けやすいということです。

VDKsとは

VDKs(Vicinal Diketones)という言葉は多くの人が聞いたことがあると思います。ジケトンのうちダイアセチルのように隣り合った炭素がケトン化されているものの総称です。

2,3-pentanedione

ダイアセチルの他には2,3-ペンタジオン(2,3-pentandion)が有名で、ビール業界でVDKsといえばダイアセチルと2,3-ペンタジオンの2つを指します。2,3-ペンタジオンの官能的特徴はダイアセチルとほぼ同じですが、2,3-ペンタジオンのほうがよりはちみつ様のアロマがあると言われています。

臭い

ダイアセチルの典型的な官能的な説明は、ずはりバターです。他には、バタースコッチ、バター味ポップコーン、マーガリン、ヌガーなどと形容されることがありますが、いずれにしてもバターっぽいフレーバーという感じでしょうか。またダイアセチルはマウスフィールにも影響を与えます。ツルツルと口の中を覆われるような感覚があるとされています。ビールの中には一定量含まれますが、官能閾値を超えると不快なフレーバーとして認識されます。

閾値と分析方法

閾値は文献によってかなりばらつきがあります。10ppbから200ppbまでめちゃくちゃ幅広いです。ビアスタイルによって変わってくるのと、人による感度の差が大きいようです。ライトラガーだと20-60ppbと言われ、もっと色が濃くて味わいが深いビールだと60-80ppbとされます。これまで紹介したオフフレーバーと違って単位がppb(パーツ・パー・ビリオン)なので、ほんの少しでも存在すればオフフレーバー化してしまいます。
研究によると約25%の人はダイアセチルに対して生まれつき感度が非常に鈍いそうです。スタイルガイドラインでも、ある種のビアスタイル(ボヘミアスタイル・ピルスナーなど)はダイアセチルを許容することもあります。
このような特徴のため、ダイアセチルの有無やそれをどこまで許容するかはビール関係者の間でも意見が分かれます。ただ近年は醸造技術や定量的な検査が普及したため、ダイアセチルに関しては許容しない方向へ傾きつつあるように思います。その辺りの変遷は「⑮ビアスタイル・ガイドラインの中のオフフレーバー」を参照ください。
分析方法はASBC Beer25、BCOJ 8.16で規定されています。近年はこの中でもヘッドスペース法によるGC分析が定量的な分析としてメジャーになっており、文献ではGCによる分析結果が示されることが多いです。また、簡易的なVDKs Checkとしてサンプルビールを昇温して強制的にVDKs前駆体を酸化させてから官能評価する手法(参考: How To Hack a Beer Diacetyl Test Without Expensive Lab Equipment, Rockstar Brewer Academy)も広く行われています。GC分析にしても簡易的な手法にしても、前駆体をVDKsに強制転換させることに留意が必要です。つまり、これらのテストで測っているのは実際のVDKsではなく、潜在的なVDKsの総量であるということです。BCOJの公定法で定めるダイアセチルの閾値は150ppb、2,3-ペンタジオンは1,000ppb(1ppm)ですが、これも潜在的なVDKsの総量です。

次回へと続く

今回はダイアセチルの前編として、化合物としての特徴について書きました。次回はダイアセチルの生成とコントロール編です。

お読みくださりありがとうございます。この記事を読んで面白かったと思った方、なんだか喉が乾いてビールが飲みたくなった方、よろしけばこちらへどうぞ。

新しいビールの紹介です。Escapism(現実逃避)という名のフレッシュハーブを使ったセゾン、夏にぴったりの一杯をどうぞ。

Escapism

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?