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Off Flavor入門〜㉕DMS

前回からの続き
前回はヴァイツェンやベルジャンスタイルでは特徴香となっているフェノーリックについてでした。今回はかなり有名なオフフレーバーであるDMSです。


化合物としての特徴

DMS

DMS(Dimethyl Sulfide、ジメチルスルフィド)は、2つのメチル基の間に硫黄原子が入った形をしています。スルフィドというのは、エーテルの酸素を硫黄で置き換えた構造をしており、チオエーテルとも言われます。「⑥官能基の続き」でも取り上げました。

DMS 静電ポテンシャルマップ

メルカプタンの回でも説明しましたが、硫黄は電気陰性度がそれほど高くないですが、第三周期の元素であるため原子半径が大きく、分極率が高いです。そのため電子を引き寄せる力があり、分子全体で見ても極性分子です。というわけでDMSは水に溶けやすい性質を持っています。

硫黄化合物の結合における性質

原子価(カッコ内が価電子)

第三周期であることのもう一つの特徴的な性質を紹介します。化学で良く耳にする「結合の手の数」の比喩があります。オクテット則を基準にして不対電子の数(原子価)がいくつかあるかで、結合を作る数が決まるというものです。炭素なら4つ結合を作り、酸素なら2つです。これは1族から18族という周期表の縦のラインで共通しており、硫黄は酸素と同じ16族なので結合の手は2本のはずです。

DMS DMSO 6フッ化硫黄

ところが、硫黄は4つや6つの結合数の分子を作ることもあります。このように原子価殻(最外殻)に8つを超えるの電子を持つ結合を有するものを超原子価化合物といいます。超原子価は第三周期以降の元素に見られる特徴的な結合で、珍しいものではありません。ぱっと見は配位結合に近いですが、分子がイオン化していないので、配位結合というわけではないです。そもそも配位結合なら4本の手が限界で、6本の手はないはずです。
超原子価化合物は3中心4電子結合というモデルで説明されることが多いです。実はオクテット則とも矛盾していません。このモデルの詳細は割愛しますが、硫黄原子が様々なパターンで結合するということはDMSの生成やコントロールを考えるうえで役に立つと思います。

臭い

DMSの典型的な官能的説明は、クリームコーン、煮込んだキャベツ、野菜っぽい、トマトジュース、トマトソース、煮込んだブロッコリー、緑の豆類、麦芽っぽい、麦汁っぽい、海藻、磯の香り、などなどです。DMS=クリームコーンと覚えている人が多いと思いますが、実際には野菜っぽさ、トマトっぽさ麦汁っぽさなど様々な臭気を含みます。高濃度だと海藻や磯の香りを感じることが多いです。

閾値と分析方法

官能閾値は25-50ppbとかなり低いです。チオールもそうですが、硫黄化合物の官能閾値は低い傾向があります。閾値以下で存在するDMSはビールの複雑なフレーバーを構成する要素になり、どちらかというと歓迎される存在です。
分析方法は官能評価パネルによるもののほか、ASBC Beer-44で規定されるGS(ヘッドスペース法)によるものがあります。
DMSは一部の淡色系のスタイルでは許容されているし、閾値以下であればビールの味わいの奥行きを形成するものなので、官能評価でも意見が分かれやすいオフフレーバーだと思います。

生成とコントロール

生成

DMSの生成経路

DMSの生成経路は2パターンです。前駆体であるSMM(S-メチルメチオニン)が熱分解されてそのままDMSになるパターンと、SMMが一旦DMSO(ジメチルスルホキシド)に分解された後に発酵中にDMSに還元されるパターンです。いずれの経路も麦芽中に含まれるSMMが熱で分解されることが原因となっています。SMM自体はメチオニンというアミノ酸にメチル基がついた構造で、それ自体に匂いはありますがビールへの影響は軽微です。SMMの熱分解は麦芽の乾燥中や麦汁仕込時(マッシュ、ロイター、ボイル、ワールプールなどの全工程)にどんどん起こります。
SMMが熱分解されて生じたDMSは煮沸で飛ばすことができます。DMSの沸点は37℃と非常に低いです。一方でDMSOは沸点が189℃と高いので煮沸で飛ばすことができません。このDMSOは麦汁に溶存してそのまま発酵タンクに移行し、それが発酵時に酵素的反応(DMSOリダクターゼ)によりDMSを生じる経路になります。この酵素的反応は酵母の種類によって活性度合いが違いますが、研究によるとDMSOの25%程度がDMSに還元されるようです。酵母以外でも野生酵母やバクテリアもこの反応を起こすことが知られており、特に麦汁変敗細菌であるObesumbacterium Proteus(オベサムバクテリウム・プロテアスって読むのかな?)はDMSの産生を活発にするようです。
DMSOからDMSへの酵素的還元反応は、酵素反応なので当然温度やpHの影響を受けます。ラガーの発酵環境(10℃、pH5.5)は、エール(20℃、pH5.1)よりDMSを多く産出するとされており、これがラガーにDMSが目立つ要因の一つとなっています。(出典: Milk the Funk
また、麦芽中のSMM自体は低い温度で焙燥されたほうが多く残ると言われています。したがって、いわゆるピルスナーモルトと言われる単色麦芽のほうがDMSの産生リスクが高くなります。またSMM量は麦芽の窒素量に関連すると言われてます。ヨーロッパ産に比べると高窒素な北米産麦芽はSMM量が多そうです。

コントロール

DMSのコントロールについては多くの文献で様々な言及があり、他のオフフレーバーに比べると日本語のものも比較的多いです。詳細はそれらの資料に譲りたいと思います。
以下、とても大雑把なコントロールの例です。

  • 適切な麦芽の選択

  • 十分な時間の煮沸、煮沸中の効率的な蒸散

  • 煮沸後のホットスタンドの時間の短縮

  • 麦冷時間の短縮

  • 麦汁変敗菌や野生酵母のコンタミ防止

次回へと続く

DMSは生成やコントロールのことを書こうと思えばもっと膨らませることもできます。ダイアセチル編のように2回に分けることも考えましたが、あまりにも手順的な話になってしまうとこのシリーズの趣旨と離れるので、ぎゅっと圧縮しました。
次回はイソ吉草酸です。こちらもかなり有名なオフフレーバーです。お楽しみに。

お読みくださりありがとうございます。この記事を読んで面白かったと思った方、なんだか喉が乾いてビールが飲みたくなった方、よろしけばこちらへどうぞ。

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