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Off Flavor入門〜㉔フェノーリック

前回からの続き
前回はサワーエールや自然派志向のビール造りの復権に伴って注目されてきているTHPを紹介しました。トリッキーなオフフレーバーと言えます。
今回もトリッキーと言えばトリッキー、フェノーリックです。

化合物としての特徴

醸造業界におけるフェノール

⑤有機化合物と官能基」の回でアレーン(芳香環)にヒドロキシ基がついたものをフェノールということを紹介しました。狭義のフェノールはアレーンとヒドロキシ基だけで構成されるC6H5OHの分子を指しますが、広義にはフェノール類としてバリエーションも含めたものをフェノールと呼びます。そしてビール業界・醸造業界でフェノールと言えば4VG(4-vinylguaiacol、4-ビニルグアイアコール)と4VP(4-vinylphenol、4-ビニルフェノール)です。特にビールの世界でフェノールとかフェノーリックというとほぼこの2つの化合物のことを指します。

フェノールの位置番号

4VPはフェノールの4位(パラ)にビニル基がついた構造です。4-ビニルフェノールという名前が構造をずばり表しているわけです。ちなみにビニル基はエタンから水素一つをとった置換基です。4VGのほうはビニル基がついているのは同じですが、フェノールの2位(オルト)にメトキシ基(-OCH3)がついているグアイアコールという化合物として命名されているので、4位にビニル基がついた4-ビニルグアイアコールとなります。

フェノールの酸としての性質

フェノールは弱い酸としての性質を持っています。弱酸として知られるカルボン酸よりもさらに弱いですが、ほぼ中性に近い水やアルコールよりは強い酸です。酸としてH+が放出されるのは、酸素原子のsp3混成軌道のうち、非共有電子対の2つの軌道がアレーンのπ共役系に組み込まれることが原因です。このためヒドロキシ基を構成する水素元素は電子を酸素に奪われるのでH+として解離しやすくなります。

臭い

4VGの典型的な官能的説明は、クローブ、スモーキー、カレースパイス、ベーコンです。4VPも比較的似ていますが、4VGに薬っぽい感じが加わると説明されます。
ブレタノマイセス属など野生品種は、4VG、4VP以外にも多様なフェノールを生成するとされ、それらはバンドエイド、納屋、ホースブランケットと形容されます。他にはウイスキーのピート香や燻製香もフェノール類が原因物質です。ウィスキーバレルでエイジングしたビールや燻製麦芽などを使ったビアスタイルで感じられるスモーキーさは様々なフェノール類が複合的に作用しています。

官能閾値と分析方法

4VGと4PVの官能閾値はいずれも100-300ppbとされています。分析方法としては訓練された官能評価員によるパネルが一般的です。ASBCはフェノーリックに関する分析方法を規定はしていないようです。GCやLCによる分析はできるようです。

生成とコントロール

生成

フェノールの生成経路

4VGと4VPの生成経路は、前駆体が脱炭酸(CO2が脱離)することです。4VGの前駆体はフェルラ酸、4VPはp-クマル酸で、それぞれ麦芽や小麦に存在するカルボン酸です。多くの有機化合物と同様にフェルラ酸は麦芽中では高分子化合物の一部として絡めとられていて、麦汁の温度が43-45℃になるとフェルラ酸として分離されます。プロテインレストと似たような温度帯なので、マッシュ中にこの温度でのレストを入れるとフェノールの前駆体が多く供給されることになります。
前駆体からの脱炭酸反応は、主にフェノール酸デカルボキシラーゼ(PAD: Phenolic Acid Decarboxylase)による酵素的反応です。麦汁煮沸中に熱による脱炭酸反応も若干起こりますが、酵素による反応に比べると微々たるものです。PADタンパク質をコーディングする遺伝子をPOF+(Phenolic Off-flavor Positive)といいます。POF+は一部の酵母や細菌などが持っています。有名なところでは、ベルジャン系酵母(セゾンなど)やヴァイツェンに使われる酵母がPOF+とされます。これらのスタイルでは意図的にフェノーリックなアロマを出しており、オフフレーバーではなく特徴香です。逆に上記以外のビアスタイルでフェノーリックが閾値以上存在するとオフフレーバーとされます。

コントロール

前駆体の多寡や熱による脱炭酸反応はありますが、酵素的反応なしに4VGや4PVが閾値以上になることは稀です。したがってコントロールは汚染対策になります。特にPOF+の酵母の交差汚染対策がフェノーリックオフフレーバーのメインのコントロールになります。汚染のコントロールは酢酸酪酸のときに言及したとおりです。

次回へと続く

今回のフェノーリックは、ある種のスタイルでは特徴香となりますが、他のスタイルではオフフレーバーとなるという点でトリッキーでした。次回はかなり有名なオフフレーバーであるDMSです。お楽しみに。

お読みくださりありがとうございます。この記事を読んで面白かったと思った方、なんだか喉が乾いてビールが飲みたくなった方、よろしけばこちらへどうぞ。

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