Off Flavor入門〜⑯アセトアルデヒド
前回からの続き
前回までは前提知識編として、感覚器官、電子軌道、有機化学、熱エネルギー、生化学、ビアスタイルガイドラインなどをざっくり眺めてきました。今回から個別紹介編ということで、オフフレーバーを一つ一つ紹介していきます。
初回はアセトアルデヒドです。以前から読んでいただいている方はお分かりかと思いますが、論文のように専門性や新規性のある内容でもなく、醸造技術書のような実務的な内容でもありません。一般知識として科学的な理解が深まるベーシックな内容を意図してますので、お読みになる際はご承知おきください。
化合物としての特徴
アセトアルデヒド(Acetaldehyde)はエタンにアルデヒド基(-CHO)がくっついた構造です。以前の投稿でも触れましたが、炭素-酸素二重結合を持つカルボニル化合物の特徴は、電気陰性度の高い酸素が炭素側から電子を引っ張っていること。これによって酸素側は電子が豊富で求核的になっており、逆に炭素側は電子不足で求電子的になっています。
上の図のとおり、酸素原子のローンペアは今にも原子核を求めて動き出しそうで、炭素原子はδ+に帯電して言わばカルボカチオンに近い状態になっているので求核攻撃を受けやすそうですね。アセトアルデヒドは反応性が高い化合物と言えます。
臭い
典型的なアセトアルデヒドの官能的な説明は、青りんご(グラニースミス)、かぼちゃの果肉/種、未熟なアボガド、ラテックス塗料などです。他の表現としては、「二日酔いの息の臭い」があります。「うわ、酒臭いなあ」と思うあの嫌な臭いです。
高濃度だと未熟な果実臭というよりラテックス塗料的な溶剤臭が前面に感じられるようになります。第2回で触れたように嗅覚には濃度によって感じ方が変わる特性があります。
閾値と分析方法
10-20ppmとする文献や5-15ppmとする文献があります。淡色ラガーでは1-5ppmで感知できるという説もあります。
閾値がppmオーダーということは、比較的高い閾値と言えます。閾値以下で存在するとフルーティなフレーバーの下支えになると言われています。
定められている分析方法としては、官能評価による判定とガスクロマトグラフィーによる分析があります。ガスクロ分析はASBC Beer-48 methodとして規定されているヘッドスペース法で、アルデヒドの他アルコールやエステル類に使える分析手法です。
生成とコントロール
生成
アセトアルデヒドの生成には2つの経路が考えられます。一つはアルコール発酵のときにピルビン酸が脱炭酸して生成される経路、もう一つはエタノールの酸化です。
上の図はこの第12回で登場したアルコール発酵のプロセスです。嫌気条件においてピルビン酸が脱炭酸されてアセトアルデヒドが生成されます。その後、通常はアルコールデヒドゲナーゼ(酵素)とNADH/NAD+(補酵素)によってアセトアルデヒドが還元されることでエタノールが生成されます。この還元反応が何らかの理由で阻害されるとアセトアルデヒドが大量にビールに残存してしまいます。この還元反応が起こらないとつまりNADHが酸化されないです。すると解糖系のステップ6のグリセルアルデヒド-3-リン酸から1,3-ビスホスホグリセリン酸を生成する反応が前に進まずストップしてしまいます。したがってアセトアルデヒドが大量に生成されている状態では発酵が中途半端になっている場合が多く、その場合には未熟臭とともに残糖感が残る甘ったるいフレーバーを伴います。
アセトアルデヒドのもう一つの生成経路はエタノールの酸化ですが、これは通常はあまり起こらない、もしくは起こっても無視できるレベルと考えていいでしょう。官能閾値も高いですからね。
第1級アルコールが酸化すると、アルデヒドを生じ最終的にはカルボン酸が生成されます。すなわちエタノールの場合だと、アセトアルデヒドが生成され最終的には酢酸になるということです。これは人間がエタノールを代謝するときの反応経路であり、生体内では酢酸はアセチルCoAに変換してクエン酸回路を回すのに使います。エタノールを酸化するには生物なら酵素を使いますが、有機化学ではジョーンズ酸化、PCC酸化、スワーン酸化というようなやり方で金属やスルホキシドを酸化剤として使い、特定の溶媒の中で反応させることで酸化反応を起こします。この生成経路はビールが通常状態で存在するだけではあまり起こらない反応のようです。まあ置いておくだけでお酒が端からアルデヒドとか酢酸に変わってしまうことはないですよね。
ただし、イソバレルアルデヒドなどの他のアルデヒド類はアセトアルデヒドよりかなり低い官能閾値を持っており、これらはわずかでも生成されるとオフフレーバーになってしまいます。エタノールの酸化は起こっても無視できるレベルだとしても高級アルコールの酸化はわずかでも起こるとオフフレーバーになるということです。
コントロール
生成過程を理解すればアセトアルデヒドのコントロールはほぼ分かったようなものですよね。つまり健全に発酵させれば良いわけです。
教科書的には、健康な酵母を適切な量ピッチする、十分な酵母の栄養(アミノ酸、亜鉛など)を確保する、発酵初期に適切な量のエアレーションをする、というようなことが推奨されています。また避けるべきことは、発酵が終わってないのに酵母を抜く/温度を下げる、高温での熟成とされています。ちなみに、発酵中に圧力が高くなりすぎると酵母の健康が損なわれて結果的にアセトアルデヒドの残存が多くなるとも言われます。
次回へと続く
今回のアセトアルデヒド、いかがだったでしょうか。あまり実務には役に立たないかもしれませんが、科学的な興味に応えられたら嬉しいです。
さて、次回は酢酸です。オフフレーバーとしてはマイナーですが。
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新しいビールの紹介です。ベリーや野生さくらんぼを使ったバレルエイジドサワーです。酢酸は一般的なビールのオフフレーバーとしてはマイナーですが、バレル系のビールには重要フレーバーになりますね。
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