見出し画像

ビールと水〜⑨アルカリ度入門

前回からの続き
前回は酸がH+を放出する仕組みを、電子の性質や原子軌道を踏まえて説明しました。今回はアルカリ度に関して。

アルカリ度とは

英語でいうとAlkalinity。一言でいえば酸を中和する能力です。酸によってH+が放出されると、通常は水素イオン濃度が上がりpHが下がるのですが、この放出されたH+を吸収してしまう仕組みがあるとpHが下がりにくくなります。このpHが下がりにくくなる度合いがアルカリ度です。これを緩衝能といいます。例えばアルカリ性の水溶液にはOH-がたくさん存在するので、H+が放出されるとH2Oになります。同じようにH+を吸収するイオンはたくさんあります。二酸化炭素が水に溶け込んでできるHCO3-とCO3 2-もそうです。

緩衝能の仕組み

ビールの世界でアルカリ度といえば、Mアルカリ度=M Alkalinityを指します。これはpH 4.5までの中和に要する強酸量を表します。ちなみにもう一つPアルカリ度という指標もありますが、これはpH8.3までの中和に要する強酸量です。ビールの仕込水はたいていpH8.3未満なので実務でPアルカリ度が考慮されることはありません。
アルカリ度は下記の式で表せます。
M Alkalinity (mEq/L) = ( [OH-] - [H+] ) + [HCO3-] + 2[CO3 2-]

解説すると、OH-の濃度はH+との差分で考えるので「[OH-] - [H+]」となります。CO3 2-はH+を2個受け取ることができる2価の塩基なので「2[CO3 2-]」と2倍します。
工場排水などでリン酸イオンやその他化合物を含むような例外を除いて、自然界では炭酸塩種(HCO3-、CO3 2-)とOH-しか緩衝能に影響しないとされています。

実際ものを言うのはHCO3-

数式をもう一度眺めて見ましょう。
M Alkalinity (mEq/L) = ( [OH-] - [H+] ) + [HCO3-] + 2[CO3 2-]

OH-の濃度が濃い時というのはアルカリ性の時ですよね。ビールの仕込みでほぼ中性の水を使うことを考えると「([OH-] - [H+]) 」は考えなくて良いことになります。次にCO3 2-ですが、下記のグラフをご覧ください。

出典: 腐食センターの資料

pH7付近ではCO3 2-はほとんど存在しません。ということで「2[CO3 2-]」の部分も実務上は考えなくて良いことになります。すなわち実質的なアルカリ度は下記になります。
M Alkalinity (mEq/L) = ( [OH-] - [H+] ) + [HCO3-] + 2[CO3 2-]

上記の式はmEq/L=ミリ当量換算で、モル濃度を電解質の電荷数によって調整してます。(mEqに関しては別の回で解説します)
実際に水質調査でHCO3を測定するとmg/L(ppm)で出てきます。なのでアルカリ度もmEq/Lやmol/Lではなく質量(mg/Lやppm)で表すことが多いです。

CaCO3換算とは

質量で表すアルカリ度は正式にはCaCO3換算します。この換算は硬度(いわゆるアメリカ硬度)の計算で出てくるので、水を扱う人には馴染み深いと思います。硬度の計算ではカルシウムイオンCa 2+とマグネシウムイオンMg 2+の重量をCaCO3のmol濃度に合わせて揃えています。つまり水1 L中のカルシウムとマグネシウムイオンの総量を、モル数で数えて、同じモル数の炭酸カルシウムの質量に換算しています。この換算相手にCaCO3を使う理由は、もともと水の硬度は炭酸カルシウム(CaCO3)が水に融けた出した量だと考えられているからだそうです。CaCO3の分子量がちょうど100というのは偶然かもしれませんが、換算する相手としてはちょうど良いですね。アルカリ度も同じくCaCO3換算するわけですが、価数の違いに注意です。CaCO3(分子量100)は2価の塩基であり、HCO3-(分子量61)は1価の塩基なので、換算式はCaCO3の分子量100を1価に換算した50を使って、下記のとおりとなります。
Alkalinity as CaCO3 = HCO3- (mg/L) x 50/61mg
                                = HCO3- (mg/L) x 0.82

Carbonate System

アルカリ度が高い水はビール業界では厄介者扱いされることが多いですが、アルカリ度は地球環境にとっては大事な役割を持っています。それは、Carbonate Systemという言葉で説明されることが多く、地球上の水のpHを一定に保つ役割を果たしています。何らかの酸が導入されるたびに水のpHが急激に下がったら、生態系にとっては一大事です。Carbonate Systemの緩衝能によってpH変化を緩やかにしています。

Carbonate System

大気から水に溶け出すCO2量はヘンリーの法則により同圧力・同温度では一定となり、平衡しています。水に溶けたCO2もH2CO3やHCO3、CO3といろいろと形を変えますが、それぞれの変化は電離平衡により一定となります。このシステムのお陰で河川などの淡水ではどこでもpHがほぼ中性に保たれ、海水も8.1程度の一定のpHに保たれているということです。
カルシウムイオンCa 2+は、余剰のCO3 2-を固定化する役割を担っています。CO3 2-が多いということはその水溶液はアルカリ性に傾いています。それをカルシウムイオンが取り込んで固定化すると平衡は右に傾き、HCO3-がH+を放出して水溶液自体は酸性に向かいます。HCO3-が減ると、H2CO3が電離してHCO3-が増え、H2CO3が減ると大気中のCO2がもっと水中に溶解してきます。つまり平衡が玉突き状態に右に傾くことでpHが一定に保たれるということです。
逆に水が酸性に傾くと平衡は左に傾き、やはりpHは一定に保たれます。つまり、アルカリ度は「アルカリ方向に持っていく力」という捉え方をするより、pHを一定に保つ平衡の力と捉えたほうが理解しやすいかと思います。

次回へと続く

今回はアルカリ度入門編ということでざっくりとした内容になりました。アルカリ度を理解する前提に平衡の概念があります。そしてビール屋としてはカルシウムがいろいろなものを固定化する働きも抑える必要があります。というわけ次回は化学平衡とカルシウムの働きについて説明し、アルカリ度の理解をさらに深めていきたいと思います。

お読みくださりありがとうございます。この記事を読んで面白かったと思った方、なんだか喉が乾いてビールが飲みたくなった方、よろしけばこちらへどうぞ。

新しいビールの紹介です。大人気のInkhornさんとのコラボ「Off Trail Lightly Toasted」、今回からラベルデザインも変わっています。

Off Trail Lightly Toasted

そして、今年も小菅村の梅で漬けた梅酒を発売しています。道の駅では限定ラベルを販売しています。

こすげの梅(道の駅限定ラベル)


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?