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ビールと水〜⑳水質とビアスタイル

前回からの続き
前回まではコロイドとビールの濁りについて3回に分けて触れました。ヘイジーなビアスタイルが流行っている現代にはとても注目されるテーマだったと思います。さて、今回からは水質とビアスタイルの話です。

水質とビアスタイル

すでにこのシリーズの読者ならお気づきだと思いますが、水質とビアスタイルには密接な関係があります。近代に化学的な知見が蓄積される以前は、カルシウム塩の導入による積極的な水質調整は行われなかったので、その土地にあったビアスタイルというのが存在していました。
本シリーズ第1回に登場した表をもう一度見てみましょう。

水質比較 ピルゼン〜バートンのデータはWaterより

ビアスタイルに一番影響するのが残アルカリ度(Redisual Alkalinity=RA)です。この値が低ければ淡色ビール、高ければ濃色ビールを造ったときにマッシュpHや発酵前麦汁pH、最終ビールのpHが適切な値を取りやすくなります。

残アルカリ度と麦芽の関係のイメージ図

残アルカリ度は元々のアルカリ度(HCO3-濃度)とカルシウムイオン、マグネシウムイオンで求められます(詳しくはこちら)。そして「⑫麦芽の話」で言及したとおり麦芽の酸度はベースモルト、キルンドモルト、ローストモルトによって異なりますが、基本的には色が濃くなるとメラノイジンなどの酸性物質が増えてpHが下がりやすくなります。したがって残アルカリ度が高い水質では濃色ビールが造りやすくなります。
ダブリン、ロンドンなどは濃色ビールが有名なのは、その水質による影響が大きそうです。逆にバートンやピルゼン(プルゼニ)は残アルカリ度が低いので淡色ビールに向いた水質です。ペールエールやピルスナーの銘醸地というのは水質上も裏付けがあります。
ところが、この水質レポートには大きな罠があります。

水質レポートの罠

結論からいうと巷に出回っている水質レポートはそのまま鵜呑みにできません。当たり前と言えば当たり前の話なのですが、2つの観点から説明していきます。

同じ地域の水質は全部同じか

同じ地域だからと言って、取水場所や水源の違いで水質が大きく異なることがあります。人類が利用する水は、地表水、自由地下水、被圧地下水、雨水など様々です。

水源による水の分類

日本の水道水の7割は地表水で、残りの3割は伏流水などの自由地下水と言われています。これらは圧力を受けていないので、無機化合物の溶け込みが少なく、硬度もアルカリ度も低いことが多いです。一方で硬い岩盤に挟まれた帯水層の水は被圧地下水と呼ばれ、高硬度でアルカリ度も高いです。
また時代が進むにつれて汚染されたり技術が進歩したりという理由で、利用できる水も変わってきています。例えば、現在のバートン水は伝統的なIPAが盛んに造られていた頃の水質とはずいぶん違うそうです。生活排水による汚染やビール醸造用に過剰に取水したため浅井戸が利用できなくなり、以前よりかなり深い場所から取水せざるを得なくなりました。昔に比べると石膏(≒硫酸カルシウム)成分が3倍以上、炭酸カルシウムは半分くらいだというデータもあります。

水質レポートは平均値?

冒頭の表によるとウィーンは残アルカリ度がマイナス80となっています。なんか違和感ありますよね。そこでウィーンの水質データからミリ当量(mEq/L)を求めて、陽イオンと陰イオンを足したものが下記になります。なおpHは7.4程度と推定し、HCO3-の数値を調整しています

ウィーンの水質データのイオンバランス

ご覧の通り、陽イオンと陰イオンの値に大きな差が出てしまいました。考えられる原因は、表中の6つのイオン成分以外に陰イオンのイオン成分が多量に存在するか、もしくはこの表のイオン成分自体が実際の水のデータじゃないということです。この場合は他のイオン成分が多量に存在する可能性は考えずらいので、このデータは実際の水のデータじゃないと考えるのが自然です。
実際の水のデータじゃないとはどういうことか。例えば市内の複数の水データからイオン成分毎に平均値や代表値を取ってまとめるとこういう値になるのかもしれません。
書籍「Water」では専門家によって実際の水質に近い状態に補正されたデータが紹介されていました。

水質データの補正

つまり水質とは

これらの話をまとめると、同じ地域だからといって同じ水質が得られるとは限らないということになります。水道水と言っても地域内に複数の取水場所があることがあります。時代とともに水質が変わることもありえます。

補正前と補正後の各都市のRAの比較

補正前と補正後の各都市の残アルカリ度の値を図にまとめて見ると一目瞭然。ダブリン以外はけっこう違いますね。この教訓からブルワーが意識しなければならないことは下記の2つだと思います。

  • 実際に使っている水の水質データを取る(同じ地域の代表的なデータではダメ)

  • 決まった頻度で水質データを取る(水質は変化する可能性がある)

次回へと続く

今回は水質とビアスタイルというテーマで、次回はIPA・ペールエールの隆盛とバートンの水についてのお話をしたいと思います。ビールと水のシリーズもいよいよ佳境です。

お読みくださりありがとうございます。この記事を読んで面白かったと思った方、なんだか喉が乾いてビールが飲みたくなった方、よろしけばこちらへどうぞ。

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