ビールと水〜⑮現代の神話Sulfate-Chloride Ratio
前回からの続き
前回はビールの味わいに影響する代表的な5つのイオン成分を見てきました。今回はその中でも硫酸イオン(SO4 2-)と塩素イオン(Cl-)の比率であるSulfate-Chloride Ratioについて見ていきたいと思います。
Sulfate-Chloride Ratioとは
読んで字のごとく硫酸イオンと塩素イオンの比率です。ビール中のSO4 2-とCl-のppm=mg/Lの比率をシンプルに1:2(0.5)とか3:1(3.0)というふうに表します。モル数(Mol/mMol)やミリ当量(mEq)ではないので計算はシンプルですね。順番を逆にしてChloride-Sulfate Ratioという場合もありますが、数字が逆になるだけで要は同じです。
前回見てきたように、硫酸イオンと塩素イオンはビールの味わいに影響を与える2大イオン成分です。ビールの水質調整は、硫酸カルシウムと塩化カルシウムを使ったカルシウム添加をすることが多いので、「硫カル・塩カルどっちをどれだけ入れればいいの?」という疑問を持つブルワーも多いはず。そんなときにこのレシオが参考になります。そして、クラフトビール界の2大人気スタイルであるウェストコーストIPA(西海岸発祥で苦くてドライ)とHazy IPA(東海岸発祥でフルボディでトロトロ)の違いを明確にするために、Sulfate-Chloride Ratioが一躍注目を集めました。「ウェストコーストIPAなら3:1くらいがいい」とか、「Hazy IPAは1:4を狙うべき」というのがもっともらしく語られているのです。
どれくらい違うのか
「The New IPA」では2つのテイスティング実験が紹介されています。
Dry Irish Stoutで、異なる2つのレシオ(167:67と55:123)で同じレシピでビールを造り、3点識別法でサンプリングしたところ、18/29のパネラーが違いを認識した
IPAで、異なる2つのレシオ(150:50と50:150)で同じレシピでビールを造り、3点識別法でサンプリングしたところ、14/22のパネラーが違いを認識した
統計学的には有為の数値だそうです。
Sulfate-Chloride Ratioの何が問題なのか
多くの専門家がこの指標の問題点を指摘しています。私の私見も交えて問題点を挙げてみます。
比率だけでは不十分
同じ1:1のSulfate-Chloride Ratioでも、2ppm:2ppmと、200ppm:200ppmではビールの味わいへの影響はかなり変わってきます。比率だけを指標化して水質の良し悪しを判定することはできないのは明白です。Bru’n WaterのMartin Brungard氏は「塩素イオンが25-100ppmの範囲内に収まる時はSulfate-Chloride Ratioは意味ある数字となる」という趣旨のことを言っています。「Water」では「硫酸イオンと塩素イオンの官能閾値は最低50-150ppmくらいの濃度で、それ以下だとこの比率は意味をなさないのでは」と言っています。
麦芽から溶け出すイオン成分を考慮してない
「⑬イオン成分の概論」で触れたとおり、麦芽からも結構な量の塩素イオンが溶け出します。この数値は麦芽と麦芽化してない穀物では大きく違うそうで、フレークドオーツや生小麦を大量に使うレシピでは通常よりも塩素イオンが少なくなります。ということは、そもそもフレークドオーツや小麦を多く使うHazy IPAには塩素イオンをたくさん補充してあげないと適正なマウスフィールを維持できないということになりますね。
このように仕込水の水質調整上のイオン成分濃度は、最終ビールのイオン成分のバランスとは異なります。特に麦芽や使用穀物の構成が違ったり、麦芽の使用量(アルコール度数)が違うとその違いは大きくなります。
結局実測してないじゃん?
Sulfate-Chloride Ratioは最終製品のビールで測っているわけではなく、水質調整を施したときの計算値で出されます。実測せずに計算上の数値だけを見るという意味ではIBUも同様です。IBUが指標として廃れていった理由の一つに結局実測してない計算上だけの数値で信頼性が低いということがあると思いますが、Sulfate-Chloride Ratioも同じような側面があると思います。
(IBUに関しては以前にこんなことを書いたのでご参考にどうぞ)
どれくらいの違いなのか
先に紹介したテイスティング実験では、およそ2/3のパネラーがSulfate-Chloride Ratioの違いを認識しましたが、逆にいうと1/3の人には違いが分からなかったということになります。これって結構微妙な差じゃないでしょうか?違いを判別した2/3の人は実際にどの程度違いを感じたのでしょうか?「全然違う!」と思ったのでしょうか。それとも「うーん微妙な差だけどしいていえばこっちのほうがマウスフィールが豊かかなあ」という感じでしょうか。微妙な違いだった場合は、あまりこの指標を重視しないほうが良いのかもしれないですね。
次回へと続く
今回はSulfate-Chloride Ratioにずばり切り込みました。いろいろと問題がある指標ですが、限定条件を理解していれば便利な面もあります。オールマイティな指標ではないということだけでも理解しておくと良いかもしれないですね。
次回は話題転換、香気成分と水について触れたいと思います。
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