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歴史から考えるクラフトビール〜③キリスト教とビール

前回からの続き
前回は古代ゲルマン人のビールが現代ビールとの連続性があり、数あるビール起源の系統の中で特に注目に値するという内容でした。今回はゲルマン人のビールが後に世界に広がるきっかけになったキリスト教との関係に注目します。

古代から中世へ

前回紹介したローマの歴史家タキトゥスの記述にあるように、ローマ時代にはビールは下等な酒と見られており、あまり普及していませんでした。ビールを嗜むゲルマン人が蛮族として蔑まれて(同時に恐れられて)いたからです。この傾向はその後の歴史の動きによって大転換します。
ローマ帝国の支配力は徐々に弱体化し、395年に東西に分裂、476年にはゲルマン人の傭兵隊長オドアケルによって最後の皇帝が廃位され西ローマ帝国が滅亡しました。ローマの支配力が弱まったこの時代はゲルマン人の諸国家の時代でした。西ゴート人、東ゴート人、ヴァンダル人、フランク人、ランゴバルド人、ブリテン島(イギリス)に渡ったアングル人・サクソン人・ジュート人がそれぞれの国家を建設し、群雄割拠、栄枯盛衰を繰り広げます。これらのゲルマン人の諸系統の中でその後の西洋史の主役になるのはフランク人です。

ゲルマン人とキリスト教

世界史を学んだ人ならメロヴィング朝とかカロリング朝とかいう名前は聞いたことがあると思います。このフランク王国の初期の2つの王朝の時代にキリスト教とゲルマン人の関係性に大きな変化があり、それが結果的にビールの発展に大きな影響を与えます。
まず496年にメロヴィング朝のクローヴィス1世がアタナシウス派へ改宗を行います。フランク人をはじめとするゲルマン諸部族には広くキリスト教が普及していましたが、実はその信仰はローマ・カトリック教会から見ると異端にあたるアリウス派がほとんどでした。カトリック教会では三位一体説(神・イエス・聖霊はそれぞれ別なペルソナをもつが実体としては一体という考え)が信仰の中核であり、イエスの神性を否定するアリウス派は認められない存在だったのです。クローヴィスがカトリック教会の正当派であるアタナシウス派へ改宗したことによって、フランク王国(フランク人)とキリスト教の関係が強固なものになりました。その後カロリング朝のピピンがラヴェンナ地方とその周辺をローマ教皇に寄進し、後の教皇領としてカトリック教会の財政基盤になります。さらに800年には、カロリング朝のカール大帝が、ローマ教皇レオ3世から「ローマ帝国皇帝」の帝冠を与えられました。世俗的権力があるものの権威が足りないカール大帝と、宗教的権威はあるものの世俗権力の後ろ盾が欲しかった教皇のニーズが合致し、これ以後の西ヨーロッパは教皇権力を背景にした統治が伝統になります。
ちなみにカール大帝はビール好きとして知られています。195cmの長身でビールを豪快に飲んだそうです。そんなカール大帝が征服先の各地に修道院を作り、そこでビール造りをさせたことでビールの普及は加速します。

キリスト教のゲルマン化とビール

一連の動きはキリスト教のゲルマン化を進めました。その典型例はクリスマスです。イエスが生まれた中東やキリスト教を国教化したローマ帝国は温暖な地域なので、今の私たちがイメージする雪のクリスマスやサンタクロースとは本来相容れないものです。現代のクリスマスのイメージは、ゲルマン人が歴史の主役になりキリスト教布教の原動力になってから作り上げられたものなのです。つまり、キリスト教自体がゲルマン人の文化を受容する形で変容したということです。
そしてビールも例外ではありません。ローマ帝国時代に蔑まれていたビールが、各地の修道院で造られるようになります。元々ワインは旧約聖書にも多く登場し、新約聖書では「キリストの血」として象徴的に描かれています。したがって、ワインが修道院で造られるのは歴史的に考えて不思議はありません。それに対して、ビールがドイツやスイスの修道院で造られるのはまさにキリスト教のゲルマン化の一環です。キリストは「パンは私の体である」と言ったとされますが、ビールは「液体のパン」ということで宗教上の意味を持たされたそうです。

修道院ビール

中世のビールを知るうえで修道院ビールは最も重要な存在です。中世にはバイエルン(現在のドイツの一地方)だけで300の修道院醸造所があったそうです。ヨーロッパ全土となると相当な数にのぼると思われます。
修道院とはカトリック教会というシステムにおいて、「中の人」が共同生活を行う場です。神父さんがいて一般の信者が礼拝にくる教会とは違い専門機関的な位置づけです。修道院の組織を修道会といい、ベネディクト会、シトー会、イエズス会などが有名です。その役割は会派によって様々で、祈祷と労働に専念する会派や布教や教育に携わる会派があります。
歴史的に有名な修道院ビールとしてはヴァイエンシュテファン修道院やザンクト・ガレン修道院などがあります。ヴァイエンシュテファンは現在ではミュンヘン工科大学に受け継がれ、現存する世界最古の醸造所として知られています。また、ルペルツベルク女子修道院のヒルデガルトは一般には神秘家や博物学者として認知されていますが、ビール業界ではもっぱらホップの効能を明らかにした「ホップの祖」として知られています。
当時の修道院の周りでは大麦などの穀物、グルートに使う薬草、ホップを栽培し、研究がされていました。現代ビールでは原材料の栽培と醸造が分断していますが、この時代は一体化しています。「酒造りは農業」とよく言われますが、歴史的にはビールも決して例外ではなかったのです。
現代における修道院ビールといえば、シメイやオルヴァルなどのベルギービールの造り手であるトラピスト修道院だと思います。こちらは厳律シトー会という修道会派です。

次回へと続く

今回はキリスト教とビールという大きめのテーマで、ゲルマン人とカトリック教の関係を紹介しました。実は、この後の宗教改革やピューリタンなどプロテスタントが台頭する時代にもキリスト教とビールの蜜月関係は続きます。ただ、アメリカの禁酒法など不幸な「事件」もあり、キリスト教とビールの関係は単純な相補関係ではないようですが。
次回は時計の針を一気に進めて近代ビールの萌芽というテーマで書きたいと思います。

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お読みくださりありがとうございます。この記事を読んで面白かったと思った方、なんだか喉が乾いてビールが飲みたくなった方、よろしけばこちらへどうぞ。

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