岩村田北保育園物語
1981年7月、中耳炎治療のため小諸市南町の佐々木医院まで定期的に通院していた。
当時佐久市内には耳鼻科がなかった為、隣町までわざわざ通っていた。
朝、家から歩いて国道141号線沿いの小林クリーニング店の向かいにある長土呂のバス停へと向かう。
当時の路線バスは、2ストディーゼルエンジンだった為、独特な音と真っ黒な排ガス、そして強烈な匂いが印象的だった。
バスの内装の床は木製で真っ黒なニスが塗られていて、車内はタールのような独特な匂いが漂っていた。
その日も通勤時間帯だった為か、会社勤めの男性が多く車内は満員だった。
いくつもの停留所を通過し、信越本線小諸駅手前の南町のバス停で下車する。
小諸市は”坂の町”というだけあって、細い坂道がまるで迷路のように町中に張り巡らされている。
母に連れられて、細い坂道を足早に佐々木医院へと向かう。
到着すると院内はいつも待合室が満席であり、設置されたテレビを診察待ちの患者がつまらなそうに見つめている。
診察が終わり窓口で薬を受け取って、再び帰りのバスに乗る為に南町バス停へ向かう。
当時の小諸駅付近は新しいインフラ工事や県外から進出してきた大型ショッピングモールの建設がたて続けに行われており、小諸市駅前はとても賑やかだった。
その一方、古くからの商店街や住宅地は戦前の風景が未だにたくさん残っており、木造瓦屋根と、その漆喰の壁には蔦の葉で覆われた家並みが広がっていた。
再びバスに乗り、当時通っていた岩村田北保育園に向かう。
およそ40分バスに揺られ、龍雲寺という岩村田商店街のバス停で下車し、夏の強い日差しの中歩いて保育園まで向かう。
その途中自販機でつぶつぶオレンジジュースを買ってもらうのが日課だった。
保育園近所の円満寺というお寺は大木がたくさん茂っており、その木陰のベンチでジュースを飲んだ。
保育園からは園児たちが夕涼み会で踊る、盆踊りを練習する音楽が聞こえていた。
つぶつぶオレンジジュースを飲みながら束の間の休憩を終えると、ここから普段通りの保育園生活がはじまる。