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【創作SS】近衛と吉野(蔵書票シリーズ)

(2017年06月17日、ブログのワンライより再掲)

この台詞で素敵な作品を
「もう一度やり直そう」


盤面を睨む相手を一瞥し、近衛は口角を上げる。
それから見せつけるように自分のクイーンを動かした。
「チェックメイトだ」
吉野はため息をついてから苦笑する。
「弱い敵ばかり選んでいると、弱くなるぞ」
たしかに、吉野はまだ対等な実力とは言いがたい。それでも、彼が忙しくなさそうなときにたびたびつき合わせているおかげで、それなりに退屈しない相手になってきた。
チェスが強い友人ならいくらかはいるが、夕食後に外出するのも億劫でしかし退屈しのぎになにかしようとなると、寮のルームメイトほど適した相手はいない。
「自分の敵を育ててるんだよ」
椅子にもたれ、駒を片づける吉野を眺めながら言ってやると、彼は口元だけで笑ってみせた。
「覚悟はしておけ」
「望むところさ」
仕事一筋の彼は普段から勝負事など興味がなさそうな顔をしているが、そのくそまじめな性格ゆえかなんにでも勉強熱心なところがある。チェスも近衛の相手をするようになってから、入門書から読みなおしているらしい。
「まあ、おれに勝つなんて当分先だろうが……」
「言わせておくよ、今は」
それから二人は盤を片づけ、グラスを洗って、それぞれの寝室へ戻った。

吉野に遠出の仕事がつづいたせいか、近衛の外泊が多かったせいか、二人が再びチェス盤を挟んで座ったのは一ヶ月も後のことだった。
「せっかくついてきた実力も、リセットされていないだろうな」
「さあ」
挑発の言葉にも吉野は肩をすくめただけで、自分の駒を並べている。
明日は図書館も公文書館も休館で、そして外はあいにくの雪だった。夜遊びに出かける気分でもない。暇つぶしの対戦にはもってこいの夜だ。
二時間ほど、盤面を睨んでいただろうか。ワインのボトルが一本空になり、二本目の封を切ったのは覚えている。
「チェックメイト」
近衛は告げられた言葉をすぐには飲み込めず、もう一度キングを見なおした。今は自分の番のはずだ。吉野のキングをそこまで追いつめていたのに……。
「認めろ」
愉快そうに笑って、吉野がグラスをかたむける。
近衛だってもう手がないのはわかっていた。だがすぐに受け入れられる敗北でもない。
「もう一度! 最初からやりなおしだ」
「それはかまわないが……」
吉野は駒の位置を戻しはじめ、そしてちらりと近衛の顔を見る。
「敵を選んでいるから、弱くなるんだよ」
彼の勤勉さを侮っていた。一ヶ月のブランクではない。一ヶ月の猶予期間だったのだ。汽車に乗っている時間、旅先での宿、時間ならいくらでもある。
近衛は背もたれに首をあずけ、顔を押さえて笑った。
「敵を育ててるって言っただろ? やっと不足のない相手ってわけだ」
明日は休み。吉野も夜更かしに文句は言わないだろう。
近衛は椅子に座りなおし、自分の駒を並べはじめた。

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BLよりこの二人のほうが書いてて楽しいって思ってるのは秘密。

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