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【掌編】孤独を一匙掬ってごらん
孤独を一匙掬ってごらん。
疎外。欠落。劣後。
今、君が思い浮かべた、そういう類の孤独じゃない。そんな浮力の高い、表層を漂っているやつじゃあ駄目だ。
もっと奥底に沈む、君すらそれと気づいていない、冷ややかな塊。そいつに匙を差し込み、そっと抉って、掬ってごらん。
白が白を纏った挙句、銀色にも映るような。
蜂蜜に似た粘性。酸素のように無味無臭。
うっとりするだろう。
こんなものが眠っていたか、と、身震いするはず。
儚いことだ。意識の表層まで掬い上げたなら、たちまちそれは形を失う。
その原型を保とうと、形容に相応しい言葉を君は探す。しかし、できない。どの単語も、どの文句も、その輪郭を象れない。当たり前だ。言葉の本質は伝達。伝達できないからこその孤独だ。
形のないものは、形を与えた途端、嘘になる。あえて『孤独』と名付けたが、その実こいつに名前はない。『孤独』と言葉にできるうちは、その孤独は孤独足り得ない。
それは君だけのもの。
誰にも伝えることは叶わず、分かち合うことなどできやしない。
形ないものを形ないまま。
冷ややかなものを冷ややかなまま。
伝え、届け、と願うなら。
そうだな。溶かしてしまえばいい。
例えば、物語にも読める文字の羅列に。
例えば、絵画にも映る色彩の濃淡に。
例えば、音楽にも聴こえる音の調べに。
こと芸術というものに、存外そいつはよく溶ける。そもそもが形ないものの伝達への試み。孤独と名のつかぬ孤独を分け合うには、うってつけの依代だ。
覚えがあるか。そうだろう。
心得があるか。重畳だ。
だが、勘違いしてはいけない。
確かにその創造は、君を救うだろう。
成程その創作は、誰かを癒すだろう。
一時でも孤独を分け合った気になれば、そう錯覚するのも無理はない。
しかし、忘れるな。
誰にも伝わらぬはずのそれは、やはり誰にも伝わることはない。せいぜい君が溶け込ませたものが放つ、僅かな冷気を嗅ぎ取れる程度。蜂蜜に似た粘性、酸素のように無味無臭のそれを、そのまま味わうことなどできやしない。
今一度言う、それは君だけのもの。
誰にも伝えることは叶わず、分かち合うことなどできやしない。
それでも、まァ構わない。
存分に綴り、描き、奏でればいい。
いつか君の孤独が誰かに伝わり届く日を願って、だとか。
たとえ僅かでも誰かの傷を癒やし寄り添えたなら、だとか。
そんな高尚なお題目も要らない。
だって、ホラ。
こんなにも楽しい。
掬って、溶かして、何かが生まれ。
喰らって、沁みて、何にも無くなる。
愉快じゃないか。
その愉悦こそ、本質。
孤独を一匙掬ってごらん。
そいつで何かを創ってごらん。
独り佇む世界の果てで、
孤独ですらなくなるまでの、極上の暇つぶし。