【#マイピリ】レイブンクロー生、鈍器を振るう。
ハリー・ポッターの作中に出てくる魔法学校ホグワーツには、四つの寮が存在する。
勇敢な者が集うグリフィンドール。
心優しく勤勉な者が集うハッフルパフ。
機知に優れた者が集うレイブンクロー。
狡猾な者が集うスリザリン。
入学する者は初日に組み分け帽子を被り、その素養を見極められ、各寮に配属される。作品に触れ、「自分ならばどの寮を指定されるのか」と夢想された方も多いのではないか。
今回ご紹介するお二人はどうだろう。
ご自身や近しい方々の印象は異なるかもしれないが、白鉛筆がこれまで交流させていただいた限りでは、間違いなくレイブンクローの素養をお持ちであるようにお見受けする。
作品の背後に漂う知性、文章から伺える落ち着いた物腰。交わす言葉の端々からは、ひとつの物事に正面から向き合い思索を繰り返す、そんな誠実さが垣間見え。
なんかこう、頭が良くてしっかりしてそうな感じがすごいする。
2024年6月。『誕生』という堅実かつ壮大なテーマと共にお二人の名前が公表され、「これは間違いない」と安堵した方も多いだろう。
ちょうど前段の5月、スリザリン生が河童をコインランドリーにぶち込むという暴挙に出たことにより、場が荒れていた最中だ。成績優秀、品行方正な優等生の登場を、拍手で迎えた読者は私一人ではないはず。
だが、安穏と油断してはいけない。平穏を期待してはいけない。
優等生で、創作者。
これほど厄介な組み合わせはこの世にない。
さながら分厚い参考書の如く、愚直に賢明に書かれた作品は、人の心を打つ鈍器となる。
奴ら、魔法なんて不確かなものは使わない。
至近距離から、的確に狙ってくるぞ。
後頭部にご注意を。
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● 【ピリカ文庫】エンブリオはただ前を向いて歌う/樹立夏
樹立夏さんの小説を読んでいて面白いのは、理知的な視点で物語が描かれながらも、時にご自身の感情が文字を通して溢れ出ているように感じる場面があることです。
登場人物の声に重なり、樹さんご自身が語っているような感覚。
作者の主体性を感じる作品は一部の読者から倦厭されがちであるところ、樹さんの書かれるものが多くの方々に支持されているのは、きっとその熱意が登場人物を思ってのものであり、純度が高く澄んだものであるからでしょう。
そして何より、緻密な情景描写が素晴らしい。夢の中にあるファンタジーの世界に、遠い異国の知らない土地に、いとも容易く読者を連れて行ってくれます。
今作でもその力量は遺憾無く発揮され、我々は専門用語飛び交う医療研究の場にて、そこにあるべき葛藤と苦悩を実感をもって味わうことができる。心なしか自分も白衣を着た関係者になったかのようであり、さながらそれは、授業の上手な先生の話を聞いていると、頭が良くなったかのように錯覚する体験にも似ています。
この描写力はおそらく、確かな知識に裏付けられているもの。樹さんのことですから、普段から下調べを怠ることもないのでしょう。そんな創作に向かう真摯な姿勢も窺えるこの『エンブリオはただ前を向いて歌う』は、自分が思う『樹立夏』の要素が詰まった、ベストアルバム的作品であるようにも感じます。
あと、タイトルがすごく素敵。『エンブリオ』は知らないと出てこない。悔しい。
樹立夏さん、素敵な作品をありがとうございました。
● タケナワモールワラシ【ピリカ文庫】/吉穂みらい
吉穂みらいさんに対して自分が抱く印象は、「小説を書いている人」です。
「小説により何かを表現しようとしている人」でももちろんあるのですが、「小説」というものを単に表現手段として見ているだけでなく、「小説というフォーマットで描くこと自体も作品の一部としている」という感覚。油絵の表面にキャンバスの布地が浮いて見えるように、小説という下地がしっかりと吉穂さんの中にはあって、その上に物語という絵の具を塗っているような。その下地の存在を感じるほどに、吉穂さんの作品からは「小説」の風格が漂っています。
今作はその風格を一層濃く感じる作品で、リアリティ溢れる描写、その中で不意に現れる『女の子』の見せ方、物語の閉じ方とそれを見送った読後感は、「あぁ、小説を読んだな」という満足を与えてくれる。見栄えのする場面設定や展開から、映像化も可能と思われる内容ではありますが、たとえそうなったとしても「原作の方が好き」と言われるタイプの作品であるような気がします。
このように感じる理由はどこにあるのでしょうか。
恐らくその中核をなしているのは、吉穂さんの文章力だと思います。
多彩な言葉を用いて綴られる情景や心理が、脳内で具現化されるプロセスが心地いい。単純に赤いリンゴの写真を見せられるよりも、吉穂さんの言葉でリンゴの赤さを説明された方が、どこか楽しいと感じるような。多くの場合、奇を衒った表現や、個性のある文体の方がそう思わせるタイプであるところ、正道を行きながらそれをやってのけるあたりに、吉穂さんが実力者であることをしみじみと感じます。
また、吉穂さんと言えば、登場するキャラクターも魅力的。この『タケナワモールワラシ』でも、ワラシちゃんにしっかり心を奪われてしまいました。白鉛筆の中にある吉穂堂では、銀河売りとワラシちゃんがいまだに棲みつき居座っています。
吉穂みらいさん、素敵な作品をありがとうございました。
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最後に。
この『誕生』というテーマはコッシーさん(グリフィンドール生)がお考えになられ、その年開催された文学フリマ東京にて、直接お二人にオファーをされたものです。
実はそのうち、樹立夏さんへのご依頼の場に自分は居合わせ、そっと依頼書をお渡しになる様を、見て見ぬふりでばっちり目撃していました。ピリカ文庫のお題が託される、その瞬間に生で立ち会ったnoterは、他になかなかいらっしゃらないのではないでしょうか。
いや、でもあのコッシーさんの感じだと、吉穂さんに依頼した時にも周りに人がいらっしゃいそうだな。
全然隠す気とか無さそうだったもんな。
アットホームです。ピリカ文庫。
グリフィンドールに10点。
白鉛筆でした。
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この記事は、こちらの企画に参加しています。