
デザインをするとき、「独創的」より重要なこと
「砂川パークホテル」リニューアルプロジェクトのサインやロゴなどのデザインを担当しているのが、UMA/design farmの代表であるデザイナーの原田祐馬さんです。「こんなデザイナーさんは日本にいない」。SHIRO会長の今井浩恵は今回のプロジェクトで初めて一緒に仕事をした原田さんの印象をそう語ります。デザインをするにあたって原田さんが大事にしていることとはなにか。二人の対談を前後編でお届けします。
原田祐馬
UMA/design farm代表。たんぽぽの家の播磨靖夫理事長から「領域を横断してプロジェクトを横串にし、ガラガラぽんするデザイナー」と言われたことがきっかけでその意識を持ち活動を続けています。フィールドワークを大切にし日本中を移動する。愛犬の名前はわかめ。
デザインのはるか手前から一緒に考える
──砂川パークホテルのリニューアルプロジェクトに関して、原田さんはどのように関わられているのですか?
原田:具体的な制作はこれからですが、ロゴやサイン、パンフレットなどのコミュニケーションツールのデザインを手がけることになる予定です。
とはいえ、僕にお声掛けいただいたということは、もうちょっと領域を横断的に、「目に見えないデザイン」についても一緒にやるのだと理解しています。
今井:原田さんにお仕事をお願いするのは、このパークホテルのプロジェクトが初めてですが、周りのいろいろな人から「原田祐馬」という名前をよく聞いていました。
パークホテルこそそういうデザイナーさんが必要ですし、ぜひ一緒に仕事をしてみたいなと思って、お忙しいのを承知の上でお願いしました。
出番は後半でも、前半から本気でジョイン
──UMAさんは、ロゴやトイレのサインなどをデザインする時、どのように進めていくのですか。
原田:僕らが最も重要だと考えているのは、デザインをするプロセスです。「色や形などに関して、どのようなプロセスを踏んで決めるか」で、アウトプットは大きく変わってくると思っています。
最初はリサーチから始めます。デスクトップリサーチをした後にフィールドワークに入るのが、僕らがデザインするときの基本的なプロセスです。
たとえば、パークホテルの場合は、「その土地でどういう風景をつくりたいか」がすごく大事だと考えています。
パークホテルは、「こういう施設が欲しい」という地域の人たちの願いから生まれているので、愛着がある人たちがたくさんいるはずです。リノベーションされた時に「この色や素材って、もしかして自分が見ていた風景の一部かも」といったことを思い出せるようにしたほうが、新たな愛着につながる。
そこで、愛着がある人たちがこれまでに見てきた色や素材を把握するために、現地で周辺環境の色をリサーチしています。
今井:まだ建築前ですが、すでに、「パークホテルのサインの色はこういう自然の色でやったらどうですか?なぜならば、周辺にはこういう色目の木やレンガがあるからです」といった提案をいただいています。
目で見てわかるデザインが必要になるのは、プロジェクトのかなり後半。でも、原田さんはオープンの2年も前から本気でジョインしているのです。「原田さんは忙しいはずだし、日程調整も大変だろうから、まだ考えなくて良くない?」というシーンもいっぱいあるのですが、「いや、必要です」といって参加してくれるのですよね。
建築工事が始まる前に、ここまで存在価値を出してくるデザイナーさんは絶対いません。
原田:他のデザイナーがやっているかやっていないかはわかりませんが、僕らはそういうことが好きだし、大事なことだと思っています。
見た目だけ良くするのは、僕らじゃなくてもできることです。僕らはサインやロゴなどアウトプットを決めておきつつ、そのプロセスも一緒に関わりながら楽しく広げていきたいという人たちと仕事がしたいのです。だから、今回僕らは楽しい仕事としてやっています。
今井:今では、デザイン以外のことでも、原田さんからの視点が欲しいと期待しちゃうぐらい。デザイナーという枠組みを超えていますね。
原田:「デザイナーじゃないのでは?」といろんな人に言われます(笑)。
でも、本当はそこまで関わるのがデザイナーの役割だと僕は思うので、「デザイナーとはこういう仕事をする人です」というのを頑張って言い続けようと考えています。
なぜ「僕」ではなく「僕ら」なのか
──「自分の独創的なアイデアによるデザインを見せたい」というような欲求を抱くことはありませんか。
原田:それは、ないですね。デザインしたものにはデザイナーの名前はつかないことがほとんどですし、良いデザインは生活に馴染んでいって、誰がデザインしたかなんてわからなくなるもの。
だから、独創的なものよりも馴染むもののほうが重要だなと思っています。
今井:独創的なデザインというより、使い心地が良く、多くの人に頻度高く使われるデザインの方が重要だということですか。
原田:はい。それに、独創的なものは、本当は0→1じゃなくて、1からスタート、もしくは100からスタートして生まれていると思うのです。プレゼンテーションをすると、みんな「0→1」みたいな説明の仕方をすると思うのですが、僕はそうじゃないような気がしています。
今井:独創的なものも、誰かのアイデアの積み重ね。それまでに紡がれてきたデザイン界の歴史があって、その上に成り立っている、と。
原田:そうです。僕らはデザインを「僕らだけ」でつくっているとは思っていません。誰がデザインしたのか、と聞かれたらお答えしますが、それでも「僕」ではなく、「僕ら」です。
今回のホテルのプロジェクトでいうと、僕らの「ら」にはチーム全体はもちろん、地域の人も入っているし、ホテルを利用する人たちも含まれています。
だから、僕らは、つくっているものを「作品」と呼んだことがありません。基本的にすべて「プロジェクト」と呼んでいます。自分たちのためのものではなくて、誰かのためのものをつくっているとから。
「作品」という視点よりも、プロジェクトをどうつくって、それがどう続いていくかの方が大事と常に考えています。
今井:すごいなー。「自分がつくったもの」みたいな顕示欲がまったくない。
原田:完成すると「みんなのものになっていく」という意識のほうが大きいですね。繰り返しになりますが、僕らはプロセスそのものがデザインをつくる上で一番大事だと考えています。
プロセスには独自性があり、その独自性の中で生まれてきたアウトプットは、僕らでしかつくれないものだと思います。結果とスタート地点だけを見るのではなく、“あいだ”をちゃんと見ていくことが僕らの一番の特徴だと感じています。
今井:これも、あいだのハナシですね。
独学で始めて、多方面に広がる
──こういう考えに至った背景が気になるのですが、原田さんはこれまでどんなキャリアを歩んできたのですか?
原田:グラフィックデザインは独学です。大学の建築学科を卒業した後、しばらくはアーティストの方のアシスタントをして、ア
ーティストの方と一緒に展覧会づくりをしていました。
その後に、「展覧会の記録集をつくって出版したい」と思って、展覧会に関わっていた仲間で企画書をつくって、お金を集め、出版社に売り込んでデザインもしました。そのブックデザインが、初めてのグラフィックデザインでした。
今井:お金を集めるというのは今のクラファンみたいな?
原田:リアルクラファンみたいな感じで、いろんな人を訪ね歩いて、本の買取先を探し、自分で予算を集めてきました。こうした経験があるので、「お金を集めないと、つくりたいものはつくれない」ということはキャリアのスタートから思っていましたね。
そうして仕事をしているうちに、「このブックデザインいいですね。他のもお願いします」みたいな形で仕事が広がりました。最初は美術館関係の仕事が多かったです。
今井:そこからどうやって空間や建築の仕事に?
原田:もともと建築学科出身なので、建築系の友人が多くいました。それで徐々に同世代の人たちがステップアップして、公共のプロポーザルやコンペに出す時に、「一緒に考えてほ
しい」と頼まれ、壁打ち役をしていたのです。
たとえば、図書館の建築の形をみんなで議論して提案したら、それが通って、「サインやロゴもつくらないといけない」ということで参加するようになりました。さらに、その図書館を見た方から違う相談が来る、といった具合に広がっていきました。
今井:今、すごい量の案件を抱えていると思うのだけど、「やっていられないな」と思うことはないの?
原田:そういうプロジェクトはありません。むしろ、どうしても関わった方がいいだろうなと思うプロジェクトはあります。
僕らは一つ関わると長くて、誰かとちょこちょこコミュニケーションを取り続けているプロジェクトが大半です。10年ぐらい関わっているプロジェクトもあります。
クリエイティブ自給率を上げる
──具体的には、これまでにどんなプロジェクトを手がけてきたのですか?
原田:たとえば、福祉に関わる仕事は長くやっています。奈良の「たんぽぽの家」という、障害のある方の生活のサポートやアート活動、仕事づくりをしている福祉施設とは非常に長く仕事をしていて、今も何か新しいプロジェクトが起きると、壁打ち的なご連絡をいただきます。広報物をつくることもあれば、講師のような形で関わることもあります。
あとは、県ともいろいろなお仕事をしています。そのひとつが佐賀県で、行政のデザイン制作をしていて、行政の方たちの壁打ち役をしています。
たとえば「県民の健康増進」といったテーマがあった時に、いろんな課の人たちが予算を立ててバラバラに物事を考えるより、資金をまとめてみんなで一緒につくったほうが効率的なので、複数の課を横串に刺すサポートをしています。
今井:デザイナーに壁打ち役をお願いすることってなかなかないですよね。皆、原田さんのことをどう思っているんだろう?
原田:「便利なやつ」じゃないですか?
今井:「最後はデザインまでできる」みたいな。
原田:「もれなくデザインもちゃんとやってくれる」みたいな。
ただ、行政の仕事に関しては、相談を受けた案件は僕らが受けられないので、地元のクリエイターの方たちに出せるようなスキームを構築しようとしています。
たとえば佐賀県のクリエイティブ仕事の8~9割は県外の方たちが手がけているので、「もう少し地域のデザイナーが育っていくような状況づくりをしないといけないですよね」という話をして、「クリエイティブ自給率」を上げていくことを提案しました。
具体的には、県が主催するデザインアワードを3年がかりで県庁職員の皆さんと立ち上げました。そこで県のデザイナーたちがどんなものをつくっているか、どういう気持ちを持ってみんなチャレンジしているか、ということをアワードとして紹介することをスタートしました。
「うろうろすること」の重要性
──UMAさんは阪神百貨店のショッパー(買い物袋)のデザインもされていますね。これは、どのように深掘りして最終的なデザインに落とし込んでいったのですか?
原田:やりたかったことは、すごくシンプルです。
阪神百貨店のショッパーのモチーフである「四つ葉のクローバー」をアップデートすること。四つ葉のクローバーをいうモチーフは変えずに、ビジュアルを変えることで、梅田の橋の上や電車の中で、四つ葉のクローバーを見た人は「ホッとする」「ニコッとする」ようなデザインを目指しました。
もうひとつ、僕の中にあった裏テーマが、「どうすれば、現場にいる女性の方たちが納得感を持てるか」でした。というのも、百貨店は、何かを決める側に男性がすごく多い社会だということを、デザインをするプロセスの中で痛感したのです。
そこで、なるべく現場に近い人たちにデザインをアンケート的に見せて、合意プロセスをつくりました。それができたことは、僕の中では重要なポイントでした。
トップダウンで決まったとしても、そういう過程を踏んで、「いろんな人が見た、考えた、感じた」みたいなストーリーをちゃんと残すことがすごく大事です。共感してくれた百貨店や関係者にも感謝です。
今井:「僕ら」の話もありましたけど、私たちもちゃんと関わったという想いを残すことは、すごく大事なことですよね。だって、実際に使うのは女性が多いし、百貨店の売り場に立っている人も女性がほとんどなので。
かいつまんで話してくれましたけど、このショッパーに対しても、想いや考え、プロセス、ストーリーが語れるのだろうなと思いました。「その街に、四つ葉のクローバーが溢れるシーンをつくりたかった」までに至るプロセスが想像を絶するぐらいの長さがあるのだろうなと。
ショッパーに限らず、UMAがデザインしているものは全部そういう背景がありそうだから、全部知りたくなりました。そこには、ものづくりのヒントがたくさんあると思います。今日からみんなが真似したら、社会は幸せであふれるんじゃないかな。
原田:僕らの方法は、鮮やかじゃないんですよね。なんか、うろうろしているというか。
でも、その「うろうろ」が、最終的なアウトプットに行き着くのに重要なことをはらんでいる気がするのです。「うろうろ」は誰でも真似できると思っているので、そういうつくり方のモデルになれればと思っています。
(編集サポート:泉秀一、杉山直隆、バナーデザイン:3KG 佐々木信)